第34話 地下迷宮の敵性種族2・奈落
何度か角を曲がったとき、先頭のオウジンが両手を広げて俺たちを止めた。ミクがその後頭部に鼻面をぶつけて呻く。
「う~……! リョウカちゃん、いきなり止まらないでよぉ……!」
「すまない。そろそろ危険地帯だったから。進む前に少し先の足下を見てくれ」
オウジンが腰の魔導灯を外して掲げる。
ヴォイドが目を見開く。俺もミクもだ。
「ハッ、そういうことかよ」
「なるほどな」
大穴だ。十歩ほど先。
一層のあのバケモノが拳で貫いて造った、下層へと続く大穴があったんだ。近づいて覗き込めば、砂山の頭頂部がかろうじて見えた。俺たちが先ほど斜面に落ちた砂山だ。
「最初の拠点か。考えたな」
「何が原因で僕らを追尾できているのかはわからないけれど、下層であれば戻ってくるのにも時間がかかるはずだし、うまくすれば見失ってくれるかもしれない」
ヴォイドが大穴を覗き込んでつぶやく。
「ゴブリンの死骸が山ほどあるぜ。スライムにとっちゃごちそうだ。あんだけ餌がありゃあ、当分の間戻ってこねえだろうよ」
「ああ。ここに至るまでのルートに少し手間取ってしまったが、うまくたどり着けてよかった。方角しかわからなかったから」
オウジンの言葉に、ヴォイドが顔をしかめた。
「おめえ、すげえな。犬の帰巣本能かよ」
「はは、せめて渡り鳥と言ってくれ。ま、褒め言葉として受け取っておくよ」
なんだかんだ、相性の良さそうなふたりだ。
ミクが振り返る。
「きたよ。きたきた、あのヘンタイスライム」
オウジンが先に歩き出した。
「こっちだ。みんな、崩落に気をつけてくれ。踏み外したら下層に逆戻りだ」
「ククク、階段も塞いじまったからな。落ちる間抜けは置いてくしかねえ」
「おい不良、あたし見ながら言うなー? 落ちるときはあんたの足をつかんでやるかんね?」
俺たちは大穴を迂回して対岸に立つ。
程なくして、やつが追いついてきた。例の薄汚い色をした糞デカスライムだ。
ミクが大穴に身を乗り出すように、やつを注視する。
「落ちるかな?」
俺はその背中を片手でつかんだ。
穴の縁から下層へと、砕けたフロアの瓦礫がパラパラと落ちている。
「魔物とはいえ、そこまで馬鹿ではないだろう。それよりあまり身を乗り出すな、ミク。もろくなった縁が崩れる」
「あん。あたしの心配してくれるのん? あたし、エルたんとなら地の底に落ちてもいいよ?」
ミクが振り返った。
あまりに真剣な表情をしていたから、俺も真剣に返す。
「ひとりで逝ってくれ」
「エルたん、好き。結婚しよ?」
「……おまえ、俺の話を聞いていたか?」
「だって冷たいこと言いながらも、あたしの服つかんでくれてるんだもん。もう、そゆとこだぞ?」
突然抱きついてきたミクに、オウジンが小声でつぶやく。
「キミたち、もう少し緊張感を持ってくれ。失敗は許されない」
「えっへっへ。ごめぇ~ん」
「キミたち? そこに俺も含まれてるのか……」
とんだとばっちりだ。
予想通り、スライムは大穴の縁に沿うように迂回して、こちらに近づいてくる。自然に落ちそうにはない。おそらく剣で突き落とそうとしても、刃はすり抜けるだけだろう。
オウジンが忌々しそうに吐き捨てた。
「ダメか……!」
「糞。面倒なやつだ」
毒づいた俺の頭に手を置いて、ヴォイドが立ち上がる。そうして這い寄るスライムの方へと歩き出した。
「ヴォイド?」
「まあ見てな。あのバケモンみてえにフロアごと貫いて落とすような芸当はできねえけどよ――!」
スライムまで残り数歩のところには、積み重なった瓦礫の山がある。ほとんどが自然の岩だ。例のバケモノがフロアを貫いた際に落ちてきた、上層の瓦礫だ。
その山にヴォイドが両腕を回した。そうして腰を落とし、足でフロアを踏みしめるように掻く。
「ぐるああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
大量に積み重なった瓦礫の山がわずかに崩れる。
ようやくわかった。あいつが何をしようとしているかをだ。
「馬鹿な。瓦礫で轢いて下層に落とすつもりか」
「ええ……?」
ミクが顔をしかめた。誰だってそういう顔になる。
あり得ない。一体どれほどの膂力が必要だと思っているのか。俺がまだブライズだったならば同じ方法を選べたかもしれないが、ヴォイドはまだ一介の学生だ。
オウジンがつぶやいて飛び出した。
「ひとりじゃ無理だ! エレミア、オルンカイムさん、ヴォイドに手を貸そう!」
「了解した」
「ええ……?」
だが、そのときだった。
「おおおおおおおおおっ!!」
動く。動いた。ずず、と音を立てて。瓦礫の山が。
オウジンも俺も、まだ瓦礫に触れてすらなかったのにだ。
信じられん。
ヴォイドは瓦礫の山を迫るスライムへと押しつける。スライムは瓦礫の隙間に染み込みながら、ヴォイドへと粘液を伸ばした。だが、その粘液がヴォイドの肉体に纏わり付くよりも早く。
「地の底まで落ちろやッ!!」
ヴォイドは瓦礫の山ごと、スライムを大穴の中へと落とした。下層の砂山で、岩石の落ちる重い音と同時に、ビシャリ、という大きな水音が鳴った。
「……」
「……」
「……」
やりやがったよ。なんてやつだ。これでまだ十代半ばなのだから、驚きを通り越して呆れ果てる他ない。
ヴォイドが振り返って、砂まみれの両手を払う。
「ヘッ、ざっとこんなもんだ。……あ? どうかしたかよ?」
俺も含めて三名全員。
ただただ阿呆面を晒しながら、筋肉馬鹿を見ていた。
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