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第341話 いずれ剣聖になる者(第三十五章 完)




 走る巡回騎士ラッカに連れられ、俺は西壁要塞を目指していた。ラッカは角が近づくたびに背中を壁にあて、必ず覗いてから俺を手招きする。

 慎重過ぎるその行動に、俺は尋ねてみた。


「そんなに頻繁にホムンクルス被害が出ているのか?」

「巡回騎士が鎧と血と髪だけになって発見されることはもう珍しくない。ああ、信じられないかもしれないけど、ホムンクルスって魔物は人を喰うんだ。人間そっくりの見た目をしているのにな」


 知ってるぅ……。


「住民を疎開させたのは、陥落の危機にある他にもそういう理由がある。民に紛れられては俺たちも対処できない」

「それでは疎開中の民に危険はないのか?」

「そこは問題ない。陛下が十年前に取り入れた戸籍制度を利用して、東門を出る際にひとりひとり目視で検査をしたからな」


 領主が民全員を把握できるということか。港湾観光都市エルヴァのように、ガライアがスラムを抱えてなくてよかった。ヴォイドもそうだが、スラムは出生不明者だらけだから。


「その際に出生不明者は弾かれホムンクルスが三体発見されたが、幸い()()被害が出る前には処理できたようだ」

「騎士には?」

「……しようのないこともある。それが俺たちの仕事だ」


 昨日東門で会ったあの国境騎士たちか。道理で警戒されるわけだ。しかしあの人数でホムンクルス三体を処理するとは、なかなかどうして大したもの。


「つまりいまこの街に残っているのは、避難せんことをあえて選んだ少人数の民と――」

「ホムンクルスということになる。数は不明だ。戦場に出るなら気をつけろ。比率は街中より遥かに多いぞ。見分けの付け方だが、やつらは赤目だ。結膜ではなく瞳の部分が赤いと思え」


 そうではないやつもいるが、いまはまあ置いといてもいいだろう。

 なぜなら、()()()()()()()()()()()()

 先ほどから近づいてきている。いつから尾行られていたのかはわからん。やつらの気配察知は俺よりは上のようだ。

 一体だな。


「慎重に進む理由がわかったろ。焦るなよ、エレミア。おまえは俺が必ず西壁要塞まで連れていくから」


 そう言って再び走り出そうとしたラッカの前に出て、俺は彼の鎧を片手で押さえた。一瞬俺に目を向けたラッカだったが、すぐに気づいたようだ。

 背後から超高速で迫る小さな影に。嘲るように歯を剥いて、長く伸ばした爪をたて、薄闇の中に赤い瞳の軌跡を残しながら。

 服を着ているな。セフェクよりは知性が高い。おそらくケメトタイプだ。

 ラッカが振り返って確認するなり背中から槍を取り回し、俺に向かって叫んだ。


「走れ、エレミア! 西壁要塞の明かりを目指せ! ――すまんメルフ、約束は守れそうにない……っ」


 言われずとも走るさ。

 ただし、東の方へだ。高速で俺たちに迫り来る、ホムンクルスがいる方へ。

 俺は踏み出した。


「なっ!? エレ――」


 低く、低く。小柄なホムンクルスよりもなお低く。超高速で迫るやつに超高速で踏み込む。意外な行動だったのだろう。赤目が驚愕に見開かれた。

 俺の頭部を目がけて左手の爪が振り下ろされる――頃にはもう、俺はすれ違い様に岩斬りでやつの胴体を一閃し、その背後の地面を両足で滑っていた。

 パン、と血袋が弾ける音が鳴り響き、硬質化された肌が火花を散らしながら地面を擦る。


 ――ァ……ァァ……ァ……。


 俺は刀を振って血を払い、鞘へと収めた。

 しばらくは上体のみを引き摺って藻掻いていたホムンクルスだったが、血液が流れきるとすぐに動かなくなり、その熱を消す。

 振り返ると、ラッカが先ほどのホムンクルス以上に見開いた目で俺を凝視していた。目玉が転がり落ちそうで不安になる表情だ。


「この程度ならば問題はないぞ。引き続き西壁まで案内を頼む」

「お、お……う? おま……え、何者……だ……?」

「猟兵だと言ったろう。ああ~――」


 少し迷い、握り締めた拳から親指だけを立てて自身の胸にあてる。

 そうして笑みを浮かべ、朗々と言ってやった。


「いずれ〝剣聖〟になる者だ」

「……………………剣……聖……」


 固まった。固まったのち、しばらく。

 仕方なく、俺から口を開く。


「行かんなら勝手に向かうぞ。危険だから、ちゃんとついてこいよ」


 俺が西方向へと歩き出すと、ラッカは苦笑しながら追ってきた。


「でかい口を叩くもんだ。……でも、きっとなれるよ、おまえなら。剣聖に」

「あたりまえだ。言っておくが、俺が本気を出すともっと強いぞ」

「ふふ、ははは、だろうなあ。何だかおまえは閣下や戦姫殿と同じ人種のような気がしてきたよ」


 並んでいたからな。かつてはその列に。

 アテュラと同じ完全体でなければ、もはやホムンクルスは俺の敵ではない。


 しばらく歩き、俺たちはガライア西壁要塞へと到着した。

 また門衛と一悶着あるかと思ったのだが、ラッカの説明で簡単に通してくれた。それどころか装備の点検をしていた国境騎士たちが一斉に視線を俺に向け、肩や頭に触れながら歓迎してくれたんだ。


「ようこそ、王国が誇る無敗の西壁要塞へ」

「よく来たな。ともにガライアを守ろう」

「なあなあ、ホムンクルスを討ったって本当か?」


 どいつもこいつも馴れ馴れしく、そして楽しげだ。

 中には酒瓶を差し出すやつまでいる。


「よぉ、飲むか? 閣下の部屋からくすねてきたとっておきだぞぉ!」

「さすがに飲めんわ! というか貴様も戦いの前に飲むんじゃあない! あと、マルドのジジイにぶん殴られても知らんぞ!」

「ありゃりゃ、子供に叱られちまったよ」

「それよか閣下をジジイ呼ばわりって……!」


 周囲がどっと笑った。

 中でも嬉しかった言葉はこれだ。


「おまえ、レアン騎士学校一組三班のエレミア・ノイだろ。知ってるぜ。おまえらの噂は、こんなところまで流れてきてる。ホムンクルスは討っちまうわ、大鉱床は発見しちまうわ、暗殺部隊は追い返すわと、昨年から学生らしからぬ働きだったらしいな」

「それなら俺も聞いたことがある。狂犬と侍と暗殺者とマスコットの四人だろ。よくそんなんばかり揃ったよなあ」


 おい!?


「誰がマスコットだ!」


 またもや全員が笑った。

 くそう……。この無用にプリチーな姿が憎い……。


 それはさておき、一組三班の噂なら、ガライアどころか飛び越えて共和国までいっちまってたからなあ。だが、あの鉱床の発見が今回開戦の引き金になってしまった感はある。まあ、理由(あれ)がなくとも、共和国とは遠からず開戦していたのだろうが。

 気を取り直して、俺は彼らに尋ねる。


「……その狂犬は壮健か?」

「おお。野郎ならまだ生きてるぜ。戦場じゃ戦姫殿のあとをくっついて回ってるよ。他のやつらじゃ細かい連携を取ろうにも、戦姫殿の速さに置いてかれちまうんだよな」

「ならいい。あとで会いにいく」


 ヴォイドは無事か。よかった。ようやくあいつの度肝をぶっこ抜いてやれる。

 ふと気づくと、ラッカがますます俺を驚いた目で見ていた。


「お、おまえ、そんなすごいやつだったのか……。道理でホムンクルスを一撃で仕留めるわけだよ」

「まあ……」


 国境騎士が俺の背中を叩いた。


「戦姫殿の教えがいいのだろうなァ。あ~んな美人に教えられちゃあ、そりゃあいいとこ見せたくて強くもなるってもんよ。ンなっ?」

「バァ~カ、そんな理由で為せることかよ」

「まじめか!」


 また周囲がどっと笑った。

 や、そんな理由で転生まで為してしまったのが俺なのだが……。何やら恥ずかしくなってきたぞ……。

 群がるやつらをラッカが片手で押しのけた。


「ほらほら、いい加減エレミアに道を開けろ。閣下に引き合わせる。……言っとくけど、エレミアを見つけたのは俺とメルフの手柄だからな。閣下の酒は俺たちがいただきだっ」


 またみなが爆笑する。

 戦時中とは思えんよい雰囲気だ。いや、戦時中だからか。全員が士気を下げまいとして明るく振る舞っているのがわかる。

 ブライズ一派が毎度のように宴会をしていたのと同じなんだ。これが活力になる。みなが生きる理由にもなる。


 ここ、好きだな。

 ああ、また守りたいものが増えちまった。


楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。

今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

次話から(おそらく)最終章です。

彼らの行く末を最後まで見届けていただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
エレミー、そしてその他全ての登場人物に愛着がわき過ぎて、終わりが近づいているのがもの凄く寂しい。だけれども、永遠に続く物語ではなく、終わりがあるからこそ、その中で伝えられるものがあるような、そんな物語…
マルドの配下も、ブライズ一派迄とは言わないまでも、素敵な集団ですね! マスコットをなめるなよ!ってところを見せつけてやりましょうw
続きが読みたい! けど終わるのは悲しい!
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