第331話 魔法剣士の小細工
刀と剣がぶつかり合い、金属音と火花を散らす。
剣を振るうには決して十分ではない広さの理事長室を縦横無尽に駆け巡り、命を削り合う。
「がああ!」
「おおお!」
汗の玉が眼前を真横に流れていく。刀と剣をぶつけ合い、頭部で爆ぜた炎をかいくぐる。暴風が背を灼き、金属糸で編まれた制服が熱を持ち肌を灼いた。
それがどうした! この程度の熱量、己が裡で燃え盛る炎に比べれば――!
最短距離を最速で駆けて刀を振るう。低く、鋭く。だがアルムホルトは薙ぎ払われた刃に対して右足の裏をあてる。
ギィンと音が鳴り響き、両腕が痺れた。
「鉄板入りか――!」
「左様でございます、殿下」
次から次へと――っ!
「魔術に暗器に鉄板靴とはなっ」
「仮にも戦場へ向かおうとする者が、よもやこれを卑怯とは言いますまいな」
アルムホルトの剣速が増した。紙一重で顎を引くと、額を削られかけて前髪が数本切れて飛んだ。いや、わずかに額を掠めたか。
「いいや、楽しませてくれるではないか! アルムホルトォォ!」
「ほざきおるわ、戦も知らぬ小童がァ!」
互いに打ち合い、弾け合う。
視界の中央に母上が入っても、俺たちはもはや止まらなかった。カップを唇にあてて静かに傾けた王妃の直上で、ふたつの刃がぶつかり合う。
それでも母上は眉一つ動かさない。ソーサーを左手に、カップを右手に持ったままだ。この護衛に信頼を置いていることがよくわかる。
アルムホルトが一瞬たりとも俺から目線を外すことなく、楽しげにつぶやく。
「これは失礼、王妃殿下」
「……かまいません。叩き伏せてください」
「承知いたしました」
言うや否やアルムホルトが跳躍した。
「おお!」
よもや主である王妃の頭上を飛び越えてくるとは、想定外――ではなかった。なぜなら俺もまた、同じように跳躍していたからだ。
「はっはーっ!」
頭上で剣をぶつけ合い、互いに身をよじりながら母上を踏まぬよう着地する。
俺はソファの背もたれに、アルムホルトはテーブル上のティーポットを踏み砕いてだ。その威風堂々たる立ち姿に、俺は自身同様の獣を見る。
だから興奮冷めやらぬ表情で叫んだ。
「まるで老狼だな、アルムホルト! 貴様もまた獣だ!」
「剣聖殿と並べられるとは、実に恐悦至極!」
どちらともなく入り口方向に走り、互いに剣を叩きつける。
「ですが私に言わせれば――!」
力では劣るが、おそらく速度でも技でも俺が上だ。だが身を揺らして翻弄し、あと一歩のところまで追い詰めたところで――。
「~~っ」
空間のわずかな歪み。陽炎のように。
舌打ちをしながら転がる。炎系の魔術がくる前兆だ。
直後に空間が爆ぜ、直撃こそ避けたものの、俺の小さな身体は爆風によって吹っ飛ばされた。
「これを避けられる殿下の方こそ獣ですな。もはやヒトとは思えませぬ」
ダメージはないが、これが実に厄介だ。なかなか決めきれん。
「それは褒め言葉かあ?」
「王族としては失格。むしろ貶しておりまする」
だろうな。
「ですが剣士としては――」
断続的に陽炎が立ち上った。俺は反射的に歪みのない方へと転がる。
おそらくそれを狙っていたのだろう。待ってましたとばかりに斬り込んできたアルムホルトの剣を刃で受け流し、返す刀でやつの胴を薙ぐ。半身を引いて避けられたが、切っ先が掠めた。アルムホルトの洋服の脇腹が破れ、一筋の赤い線が入る。
だがアルムホルトの戦意を挫くには至らない。
「――実に素晴らしい。もはや並の剣士や騎士では、到底、殿下には敵わぬでしょうな」
追い詰めて発動されるときと、追い詰められたふりをして魔術で仕留めにかかってくるときの二種類がある。この違いがわからん。そしてその発動が異様に早い。
詠唱でもあればわかりやすいのだが、おそらくフィクス同様、どこかに古代文字を刻んで無詠唱で発動するようにしているはずだ。
その古代文字を削れば、魔術は封じられる。
「貴様はどうだ?」
「ほざくなと言うたぞ、小童。――おぬしごときとは年季が違うッ!!」
年季ね――。
互いに距離を詰め、渾身の力で打ち合う。
轟音が鳴り響き、俺の刀がついに悲鳴をあげた。軋み、欠ける。フアネーレ商会の特注品なのだが、こうも打ち合ってしまっては。
そこに気を取られた瞬間、アルムホルトが左手を広げて持ち上げた。直後、俺の頭部を陽炎が包み込む。慌てて顔を逸らせながら後退すると先ほどまで立っていた場所が爆発し、爆風に煽られて吹っ飛んだ俺は背中を壁に強くぶつけてしまった。
「ぐ……っ」
息が詰まる。
顔を上げた瞬間、アルムホルトの切っ先が視界に入った。
「ぬおっ!?」
首を傾けて躱し、転がるようにしてどうにか距離を取る。だが切っ先が壁に突き刺さってくれたおかげで、逃れる時間ができた。
互いに構え直す。
古代文字をどうにかせねば勝てん。フィクスのように剣か。だが白刃に文字などない。
服など布では刻み込めん。内側に刺繍などはおそらくだめだ。古代文字が表出しておらずとも魔術が発動するなら、フィクスが刃に刻むはずがないからだ。それこそ鞘にでも刻んでおけば済む。けれども、アルムホルトの体表にそれらしき文字はない。
「――!」
いや、アルムホルトが魔術を使う際には、いつも左手を持ち上げている。
もしや――。
掌にはない。だとするならば、その瞬間だけ表出する場所がある。
「考えている余裕がおありか!」
飛びかかって斬り込んできたアルムホルトの薙ぎ払いを屈んで躱した直後、俺は老狼が隙を晒すようにあえて開いた脇腹ではなく――。
左の掌が上がる。剣の柄から手を放して。
「そこだッ!」
眼前に出現した陽炎にあえて踏み込み、俺は刀の切っ先を突き出す。アルムホルトにではなく、アルムホルトが使用していた剣の柄を狙ってだ。
「む――!?」
切っ先が柄を引っ掻いてガードにあたる。途端に俺を包んでいた陽炎が消失した。
古代文字は柄に小さく刻まれていたんだ。剣を振るとき、やつはそれを左手で隠していた。ゆえに魔術発動の際には左手を上げるしかなかったということだろう。
アルムホルトの表情に動揺が走った瞬間、俺の刃はすでにやつの頸部にあてられていた。
「勝負ありだ」
「む、ぅ」
しばらくそうして。
やつは大きなため息をつくと同時に、諦めたように己の剣を鞘へと収めたのだった。
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