第323話 未来のことを語ろう(第33章 完)
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俺たちは広場で最後の休息を取りながら、手早く食事を済ませた。全員が食べ終えたのを確認してから、セネカが口を開く。
「じゃあ、予定どおりここからは二手に分かれる。エレミア、イルガ、ベルナルド、モニカが突入班で、わたしとリオナ、フィクス、レティスは待機班よ」
これには出発前から散々迷った。テスカポリトカを討つことだけに目的を絞れば、当然全員で突入した方が成功する可能性は上がる。
以前は戦えなかったフィクスは、いまや立派な戦力だ。セネカだって一年前とは雲泥の差で、正騎士に負けないだけの力をつけているし、何より機転が利く。意思統一もしやすい。
レティスは戦力として数えるには心許ないが、ひとり九層に残すくらいなら連れてきた方が安全だろう。むろん、仲良しこよしでパーティを組んだわけではないのだから、そもそも使えんと判断したなら、地上に残してくるべきだろうと、俺はいまでも思っている。
だが、今回の戦いに関して言えば、問題になってくるのはホムンクルスをも遥かに凌ぐテスカポリトカの速さだ。それに対応できることが、テスカポリトカの前に立つための前提条件なんだ。でなければ、何もできないままに殺されるだけだ。
オウジンが学校を去ったあと、俺はやつから学び取った空振一刀流の剣をすべてをモニカに伝えた。むろん、明鏡止水に至るまでのコツもだ。元来糞真面目な彼女は、オウジンに近づくためにひたすら刀を振るだけではなく、己の精神をも研ぎ澄ませていった。
それで彼女が明鏡止水にまで至れたかは、正直に言えばここへ来るまではわからなかった。俺自身も彼女にばかりかまけてはいられなかったからだ。だがモニカは、グールの奇襲に誰よりも早く的確な対処を見せた。あれが可能であれば、テスカポリトカの攻撃も捌くことができるはずだ。
そして辺境育ちのベルナルドは、異常なまでに目がいい。闇の中だろうが高速で動く物体だろうが、大抵のものは捉えている。その上でそれに対処できるだけの力も、この一年間で備えてきた。ヴォイドは己の後釜をイルガに定めたが、それは精神的、立場的なものであって、戦力的にはベルナルドがやつに最も近いと俺は思っている。
さらに驚くべきことに、幼少期をベルナルドとともに辺境で過ごしたイルガにもまた、その隠されていた眼力があった。これまでは恐怖や焦燥が邪魔をしていただけだ。このふたりは揃って俺に、雨の形は線ではない、と言ったんだ。アテュラと同じくな。
そして俺もまた。
アテュラに雨の形を教わったあの日から、俺は素速く動くものを見続けた。一年を遥かに超える期間、雨が降れば毎日のように窓から外を見続けた。剣を振るのも忘れて、川の流れを見ていたこともある。
雨の形状が下半分を潰された円に変わるまで。
ひたすら外眼筋を鍛えるうち、わずかにサビちゃんの剣を上回った。いまなら確信を持って言える。セフェクやケメトといったホムンクルスであれば、もはや俺の敵ではない。
この一点においてのみ、エレミアはブライズを凌駕したと自信を持って言える。
ついに超えたぞ。前世を。ほんの一部とはいえ。
そこまで考えて、ふと思った。
リリの鋭さもまた、明鏡止水で感じるだけではなく、辺境育ちのおかげで見えていたのかもしれない、と。
まあ、近いうち本人に聞けばいいことだ。テスカポリトカを討つことができれば、明日にでもガレリアへと発つつもりなのだから。リリやヴォイドの驚く顔が、いまから少し楽しみだ。
だがしかし、そんな俺でもテスカポリトカに勝てる保証はない。あれはそれほどの強さを持った敵だ。
「あの~」
その声に全員の視線が向けられた。リオナだ。
「やっぱりあたしも突入班じゃだめ?」
「だめだ」
セネカに代わり、俺が首を左右に振る。
わかっている。リオナの気配読みが明鏡止水どころか人類には到達不能なレベルにあることくらいは。さらに言えば、ベルナルドを凌駕する目を持っている可能性もある。こいつなら放っておいても、大抵の攻撃は避けるだろう。
それどころか、ヘタをすればテスカポリトカの追撃を撒くくらいのこともできるかもしれんし、自らの気配を消して虚を突くことだってできる。実際に前回の戦いでは、アテュラを除けばやつの命に肉薄したのはリオナだけだ。
それでも。
「言ったはずだぞ、リオナ。フィクスの護衛は絶対に必要だ。こいつが倒れたら、テスカポリトカを倒せたとしても八層あたりで瘴気症を発症し、全滅する恐れがある」
「でも、セネカやレティスだって、グールならもう敵じゃないでしょう? フィクスくん自身もかなり優れた魔術師だし、九層なら光晶石のおかげで魔力切れも起こさないんだよね?」
フィクスが遠慮がちに天井を指さしてつぶやく。
「うん。一応ね。魔素の供給源はいくらでもあるから」
「それでもだめだ。グールの奇襲に対応できるやつをひとり残さねばならん。理解しろ。そして万が一俺たちの気配が消えた場合には、迷わず撤退しろ」
リオナが眉間に皺を寄せて視線を下げた。
「でも……」
「後方におまえがいてくれるだけで憂いが消える。なんの遠慮もなく戦いに集中できる」
前世では未熟だったリリに対して心にもない言葉として発していたが、今世では割と本気だ。この少女は頼れる。
しばらく考える素振りを見せていたリオナだったが、苦笑いでため息をついた。
「ま、エルたんはいくらあたしがごねたって、どうせ譲ってくれんでしょー」
「その通りだ。俺のことがよぉ~くわかっているではない――か!?」
視線を外したつもりはなかった。
偶然だとは思うが、瞬きをした直後にはもうリオナは俺の眼前に立っていて、その顔を見上げた瞬間にはもう、両腕で抱きしめられていた。
不覚、油断した。
「行ってらっさぁ~い――の前の、成分補給ぅ! んん~美味!」
「やめろ、ただでさえ勝てるかわからん相手に挑むというのに、いま成分を吸われたら力が出なくなるだろうがっ」
わちゃわちゃ暴れていると、リオナの頭部に鞘ごと剣がコンと落とされた。
「アダ」
「やーめーなーさーい」
リオナが頭を押さえた瞬間、両手が伸びてきて、背後に引き寄せられる。
セネカだ。リオナから引き剥がしてくれた。
「助かっ――おい!」
ところがそのセネカもまた背後から腕を回し、俺にしがみついた。そうして鼻先を俺の後頭部につけて臭いを嗅ぐ。
「おまっ、え――まで、何をしているんだッ!? やめろ変態ッ!?」
「これで最後かもしんないなら、わたしもリオナを見習って素直になることにしたわ」
「ああ!?」
今度は頬を両手で挟み込まれ、視線を固定される。
セネカの方ではなく、リオナや、他のみんなの方にだ。
「よく見て。みんなの顔を。わかってる、エレミア? みんなあんただから一緒に来たの。自分たちよりも、アテュラやあんたよりもずっと強いバケモノを、あんたのために命をかけて倒しに来たのよ。ほんとはみんな、震えるくらい怖いのに」
全員が苦笑していた。
セネカはもう一度強調する。
「でも、わたしたちを頼ってくれたのがエレミアだから。それを、あんな顔させといていいの?」
「……」
「感謝の言葉がほしいわけじゃない。愛されていることを自覚しなさい。自分の命が軽くないことを自覚して。その上でエレミアの言葉をちょうだい。わたしや、みんなに」
頬を挟んでいたセネカの両手が離れた。
そういうことか。ああ、確かにな。らしくなかった。もし前世の俺がいまの俺を見ていたら、さぞや情けないと嘆いたことだろう。小娘に教わるとは。
自由になった俺は彼女を一度だけ振り返る。
「これが最後かもしれんだと? 一組のリーダーたるものが、何を腑抜けたことを抜かしている!」
「……どの口が言うのよ」
それから反対側にいるみなの方を向いた。
両腕を組み、胸を張って、俺は堂々と声を張る。
「貴様らも、大して知恵もない頭でごちゃごちゃといらん心配をするな。大丈夫だ。たかだか魔物一匹だろう。いつものようにすぐに勝って戻る」
瞬間、全員に笑みが浮かんだ。
俺にとっては、まるで花畑の花が一斉に開いたような気分だ。
「晩飯は宴会だ。そうだな、全員で戦場亭へ行こう。とんでもなくうまいぞ。――いいか、リオナ?」
「秘密だったのに、しゃあないねっ。あ、古の戦場亭はわたしのバ先なんだ。すっごい料理人がいるのっ。あたしのお師匠みたいなー?」
いつもの調子でイルガが戯ける。
「ほう、それは実に楽しみだ。我がフレージス家の厨房とどちらが優秀か、この舌の肥えた俺が味比べをしてやろう。まあ所詮は庶民、勝敗は見えているだろうがな」
「ふぅ~ん、自信を失っても知んないよぉ? なにせ若い頃には王家に招かれて腕を振るったこともある人だかんねー?」
ほう、初耳だ。俺が生まれる前だろうか。
「くっ、それほどなのか!? ……さ、さっきのはナシだ。宴会に勝負など無粋。優雅さに欠けるというもの」
笑いが巻き起こった。
「いいわね。何を食べようかしら?」
セネカのつぶやきに、フィクスが目を閉じて空を見上げる。
「ああ、もういまから楽しみだよ……。早く帰りたい……」
モニカが微笑みながら尋ねてきた。
「エレミアは行ったことあるの?」
「ああ。白身魚のムニエルが絶品だったぞ」
レティスは懐からチーフを出して、ベルナルドへと向かって背伸びをしている。
「ベルリン、ヨダレヨダレ」
「む、すまん」
肩の力の抜けた、いい雰囲気だ。これでいい。これが俺たち一組だ。
こうして俺はリオナ、セネカ、フィクスにレティスと分かれ、イルガ、ベルナルド、モニカとともにテスカポリトカの塔へと足を踏み入れていった。
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