表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/362

第31話 四層へ




 拠点を階上へと移す。

 重傷を負ったイルガ・フレージスは、長柄武器のハルバードを二本並べ、数名分の制服で平行に縛って作った即席の担架に乗せて運んだ。

 その間もクラスメイトのフィクス・オウガスが彼に治療魔術をかけ続けていたが、やはり小康状態を保つだけで精一杯のようだ。

 おそらく内臓まで傷が及んでいるのだろう。


 フレージス家は王都中央の有力貴族、それも侯爵家だ。カリキュラムの事故が原因で跡継ぎを喪ったりしたら、レアン騎士学校そのものの存続に響いてくるかもしれない。それだけの影響力がある大貴族だ。

 それは大いに困る。俺は剣の途を辿りたくて、自由に剣を振るうためだけに、入学をしたのだから。

 ゆえにイルガには生きていてもらわねばならない。


 上層への階段前、無数のゴブリンらの死体が転がる通路を抜ける際、何やら一悶着があるかと思いきや、彼らは足を止めることもなく黙々と進んでくれた。

 後に知ったことだが、どうやら拠点を再び襲撃したゴブリンの一味がいたようだ。俺たち三班抜きで対処できたことによって、ある程度の自信を取り戻せたようだ。

 疲労は見えるが、それ以上に全員の顔つきが変わっていた。特に目だ。


 奇しくもゴブリン襲撃による危機が、高等部一年一組の全員を戦士の目へと変えた。精神の成長だ。もっとも肉体の成長が追いついていない以上、手放しに喜べる状況ではない。その状態の最たる失敗こそが、一層でのイルガの先走り事故なのだから。

 精神、特に勇気には知識と実力が伴わなければならない。


 上層階へとヴォイドとオウジンを先頭にして、慎重に上がっていく。

 次に一班と二班が続き、怪我人のイルガと治療者であるフィクス、その後に四班と五班が続いて、殿が俺とミクだ。


 俺たちは後方に気をやりながら、クラスメイトに続いて階段を上がっていく。幸いにも階段は一部が崩れているのみで、上層階への入り口が塞がっているということもない。少々細くはあるが、どうやら先頭はどうにか階段を上がりきったようだ。

 俺は闇に包まれた階段を振り返ってミクに尋ねる。


「追撃の気配はあるか?」

「なぁ~んであたしに聞くのん?」

「あまり認めたくはないが、おまえは武芸者のオウジンや俺より気配の察知に優れてる。まるで鼻の利く犬みたいだ」


 剣聖と呼ばれた男だぞ、俺は。

 大抵の敵が自身の領域に入れば、たとえ深く眠っていても察知できる。危機感知にもそれなりの自信があった。前世では何度もその能力に救われてきた。

 今世では肉体性能こそ落ちたものの、気配を探る技術は記憶に刻まれている。つまりこの能力は、全盛期から一切衰えていないはずなんだ。

 なのにこのミク・オルンカイムは、俺よりも遙かに広い範囲で敵を感知した。すでに二度もだ。もはやまぐれとは言いがたい。

 ミクが苦笑いを浮かべた。


「エルたん、それ女の子への褒め言葉じゃなぁ~い」

「ぅ……すまん。犬は……その、可愛らしいと思ってな。……いや、ああ、俺はあまり女性を褒め慣れていない。だがおまえのそれは天賦(ギフト)なのだろうと思う」

「あははっ、本気で拗ねてるわけじゃないよぉ? ごめ~んねっ」


 頭をくしゃくしゃに撫でられる。

 今回は我慢だ。俺が悪い。


「大丈夫。後ろからは追ってきてない」

「そうか」

「ありゃ、振り払わないね。これはチャンス。ちゅーしてい?」

「だめに決まっているだろう!」

「お願ぁ~い。頬じゃなくって唇で我慢するから」

「正気くらいは保て!?」


 俺はミクの手を両手でつかんで下ろした。


「あぁん、冷たい」


 殿の俺たちも、長い階段を上がりきる。

 一層ごとの天井がそこそこ高い。今回も見上げれば、割と上方に天井があった。この層も人工のダンジョンだ。壁も床も綺麗に削られている。

 階段を上がりきったところで、全員が立ち止まっていた。階段の幅は狭かったが、フロアはそこそこの広さがあるようだ。


「天井が高いな」

「うんー。たぶん、だとしたらこの上が三層くらいだね。それ以上の高さから落ちたら、砂山の斜面でも助からなかったはずだし」

「……ああ」


 鋭いな。同じことを考えていたようだ。

 ならばゴールは近い。カリキュラムと呼ぶには、一年先のことを初日で終えてしまった気分だ。それでも、戦場に実戦投入されるよりは遙かにマシだろう。

 ヒトがヒトを殺さなければならないあの地獄よりは。ずっと。


 なぜか俺は、リリの子供時代を思い出していた。

 リリ・イトゥカがいまのクラスメイトたちと同じ年齢のときには、すでに戦場で共和国軍の騎士を相手に両手を血に染めていた。

 ブライズが、当時まだ子供だったリリを大人にしてしまったんだ。そうしなければ、生き延びられないと判断したからではあったが、それは本当に正しかったのだろうか。


「……何をいまさら……」

「ん? どったの?」

「何でもない」


 少し昔のことを思い出していただけだ。

 そう言おうとしてやめた。前世の説明など求められても困るだけだ。


楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。

今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 62話からこんにちは。 過去に戻って感想書くのは横紙破りと承知しつつも、色々書いた手前端的に。 最高の展開でした。抑圧してストレスかかってる状況からの解放=カタルシス。 たしかに人を選び…
[一言] 53話から舞い戻りー。 なるほど理解した。ミクさんこれでOKだわ。 こうなってくるとギリギリイライラが絶妙なテクニックに見えてくる。 物語がいい感じに転がってきてるので、リタイアせず読んで良…
[気になる点] 今更こんな序盤の感想述べるのもどうかと思うんですが、ここまで読んできてミクさんのキャラがツラい。我慢の限界をギリギリ攻めてくる感じ。 おねショタでもいいんですが何というかおねショタの文…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ