第315話 かつて敗れし者たちは
コミカライズ版の第1巻が発売されました。
よければ一度手に取っていただければ幸いです。
レアンダンジョン第一層にある大穴にかけた縄ばしごで、いつものように五層まで一気に下る。湿った空気も静寂も、もはや慣れたものだ。むしろ心地よさすら感じられる。
最初に下り、警戒に当たっていたイルガが振り返った。
「みんな下りたか?」
互いを見回して、全員が同時にうなずく。
ずいぶんと数を減らした。わずか八名。これがいまの一組全員だ。少し寂しいと感じるのは、それだけ俺がこの一組に帰属意識を持っているからなのだろう。ブライズ一派のように。
「揃っている」
ベルナルドが低い声でそう言うと、セネカがうなずき、すぐに指示を出す。
「じゃあ隊列を組んで。イルガとエレミアが先頭。次にわたしとリオナが続いて、レティスとフィクス、殿はベルナルドとモニカよ」
「あはっ、いつも通りだなっ」
レティスが両手を腰にあてて苦笑すると、リオナも同じような表情で笑った。
「人数が減っちゃったかんねぇ」
「いつも通りなら、もう指示を出す必要もないんじゃないかな? マージスさんの負担も減るし」
フィクスがそんなことをつぶやくものだから、俺は首を左右に振った。
「いや、不測の事態に備える意味でも必要だ。パーティ全体の決断を早める訓練になる」
ピンときてなさそうな表情だな。魔術分野では天才の分際でこの阿呆め。
仕方がない、教えてやろう。
「たとえばだ。いまこの瞬間にホムンクルスかそれに似たレベルの魔物や魔獣からの襲撃があったらどうする」
「ボクは逃げるかな。なるべく早く縄ばしごを上って。肉弾戦では足手まといにしかならないし」
「あたしもー」
レティスがフィクスに続く。
だがセネカは、ひとつ結びを作りながらつぶやいた。
「それはだめ。フィクスには最初に縄ばしごを燃やしてもらうから。ホムンクルス級の敵性生物をダンジョンの外に近づけるような真似だけはさせられない。撤退するにしても、追跡はされないように考える必要があるわ」
ベルナルドが両腕を組んで呻るように言う。
「ここで、仕留めておくべきでは? レアンに残る騎士団の戦力では、少々手に余る。おそらく、すでに、同人数であれば俺たち一組の方が強い。無論、ディンディア隊のような例外も、あるにはあるが」
サビちゃんが指揮を執る巡回騎士の小隊だ。
これまではレアン郊外に出現した魔物は外征騎士が討伐を行っていたのだが、開戦と同時にその役割も巡回騎士に移った。そのため巡回騎士は編成を見直し、その際に剣技と人徳に優れたサビちゃんが、三年目でありながらも小隊長に抜擢されたのだ。
魔物退治に共和国から侵入していた諜報員の捕縛など、ディンディア隊の活躍は度々耳に入る。
「俺もベルに賛成だな。モニカくんはどうだ?」
イルガが視線をモニカへと流した。
「わたしも……。でも、どちらかと言えば、かも。勝率が五分なら、セフェクのときのようにパーティを分断してでも外に報せる役割の人を選ばないとだから……指揮なしではとっさには難しいと思う」
「それが正解だ。――そうだな、セネカ?」
俺がそう言うと、セネカがうなずく。
「うん。たった八名だけど、みんな意見はバラバラ。意思統一ができなければパーティを組む意味がなくなってしまう。だからわかりきったことでも指示は出すようにする。……わたしの練習だと思って、付き合って?」
冗談めかしてセネカが相好を崩すと、全員が笑った。
いい雰囲気だ。
こうしている間にも、リオナはダンジョンの先、闇を見つめている。
「リオナ、敵影は?」
「ないよ~。近くにはいない。てか、たぶん今日も避けられてるねぇ」
ここはゴブリンの巣となっているものの、俺たちが出入りを始めたこの二年間でその数はずいぶんと減ったように思える。ほとんど遭遇しなくなっているんだ。
以前は食糧を求めてダンジョン外に溢れた個体を騎士団が処理していたが、開戦時となったいまでは民間の狩猟者ギルドなどにその役割を任せているらしい。つまりは、その程度の被害で済んでいる、ということだ。
ダンジョン内の景色は変わらない。だが、ゴブリンに限らず、俺たちに襲いかかる魔物はずいぶんと減ってきたように思う。実際このひと月ばかり、ゴブリンもオーガも俺たちの前には姿を見せなかった。決して賢くはない種族だが、おそらく俺たちの臭いだけは覚えたのだろう。
魔物はさておき、さらに知能の低い魔獣やスライムともなれば、そうもいかんが。
リオナが悪戯な笑みで俺の頭に手を置いた。
「こんなにちっこくて可愛いのに、エルたんのことを天敵だと思ってんのかもね~。おお、よしよし」
「ちっこくない。これでもだいぶ大きくなったからな。あと男の頭を気軽に撫でるな」
適当に手を払い除けようとすると、その手をつかまれる。
「む?」
「うふふ……」
さらに頭にのせた方の手に圧力をかけ、体重をかけてグイグイと地面に押さえつけてきた。
「おい……なんのつもりだ……?」
「それで打ち止めでも、わたしは全然いいんだよぉ? むしろその方が好きだし、そうなれ~っ」
後半は本音が隠せてない!
「やめろ! 縮んでたまるか! まだにょきにょき育つわ! ぐぁぁ、縮む……!」
セネカがビシィと俺たちを指さした。
「こらそこっ、イチャイチャするなっ。――じゃなくて!」
咳払いをひとつして。
「そろそろ隊列を組んで進むわよ。目標はあのテスカポリトカなのよ。気を引き締めなさい」
「はぁ~い」
そうだそうだ。
まったく、こいつはいつまで経ってもガキ好きのガキ女だ。
「特にエレミア。あんたは一度コテンパンにやられてんだからね」
「なんで俺まで叱られねばならんのだ……」
ゴブリンやスライムの居住区である五層からオーガの居住区となる六層へと下り、地底湖のある七層へ。ここで発見した魔獣エリアは今回はスルーだ。
ちなみにこのエリア、驚くべきことに九層と同じく緑のある生物生息空間だった。当然のように光晶石の鉱床も存在している。まったくもって、馬鹿げた規模のダンジョンだ。唖然とする。
八層へと下り、アテュラの住処を横目に進む。どうやら留守のようだ。扉という名のどでかい岩石で、入り口が閉ざされている。中にいるときはいつも開けっぱなしだ。中からは閉めようがないからだろうが……セキュリティの存在意義よ。
そうして俺たちはおよそ一年ぶりに、レアンダンジョンの最奥――かつてテスカポリトカという名のたった一体の魔獣に敗れ、瀕死となって撤退を余儀なくされた、瘴気漂う第九層の入り口へと、再び立ったのだった。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




