第30話 上層への階段(第3章 完)
布で刃の血糊を拭って、鞘へとグラディウスを納める。
全員が武器を収めた後、俺たちは顔を見合わせた。
俺は真っ先に、背の高いヴォイドを睨み上げる。
「だから心配など無用だと言ったろう。二度と俺をガキ扱いするなよ、ヴォイド?」
ヴォイドが後頭部を掻きながら顔をしかめた。
「まあ確かにな。つーかエレミア、おまえどこであんな戦い方を学んだんだぁ?」
とっつぁん坊ややノイ坊から、ようやっとエレミアに変わった。
多少は認められたようだ。
「ブライズの文献を読んだ。ただの真似事に過ぎん」
半分は嘘だ。ブライズは文献など残さない。世の賢者連中が勝手に分析し、書物化させたものならば多数存在するが、残念ながら内容的にはでたらめだ。
型無し。獣の剣術。
その日、その瞬間、相手によっても、俺の剣は形を変える。そんなものを記録に残せるわけがないのだから。
「マジかよ。おまえ、その年齢でそれは天才じゃねえの。実戦は初だったんだろ?」
「ああ」
これは嘘ではない。
エレミアとしての実戦は初だ。ブライズ時代には数えきれないほど戦ってきたが。
オウジンが感心したようにうなずく。
「僕の剣術と通ずるものがある。だからこそ、ブライズの流れを汲むイトゥカ教官のいるレアン騎士学校に留学したのだが、まさか学生の中にも再現性を持った人物がいたなんて驚いたよ。それもまだ十歳とは」
「ああ、そうだ。オウジン、おまえの流派は何だ?」
「興味があるのか。僕は空振一刀流だ。島国の剣術だから知らないかな」
いや、聞いたことがあるな。確かこちらで言うところの剣聖にあたる、剣鬼と呼ばれる存在を生み出したとされる、東方の剣客集団だ。
「おもしろいな。今度ぜひ稽古相手になってくれ。おまえの剣術を取り込みたい」
「それは……もちろんいいけど」
何の脈絡もなく、唐突にミクが俺の頭部に腕を回して胸へと引き寄せた。
「おわっ!?」
「だめぇ。エルたんはあたしのなんだから盗らないでっ。べ~っ」
未発達の胸の谷間にきっちりとはまった後頭部をどうにか引き剥がそうとするも、純粋な力ではミクにすら勝てない。
「おい、やめろ! 俺は誰のものでもない!」
オウジンが苦笑いを浮かべた。人差し指で頬を掻いている。
「あ、ああ。いや、もちろんそんなつもりはないのだが。お互いに剣術に興味を持っただけだよ」
おい、ミクの悪ふざけなんかに、何をまじめに応えているんだ。
程度が過ぎるぞ、オウジン。
だがミクはもはや聞いてもいない。
「小さくて可愛くて強いなんて、もっサイコー! 卒業したら連れて帰りたぁ~い!」
「いい加減放せっ!!」
じたばたしていると、ヴォイドが俺の首根っこをつかんでミクから救ってくれた。
扱いは雑だが正直助かる。
「あ、ちょ――何すんのさ、毎回毎回。…………あ! ヴォイドって……もしかして男色? それも少年好き!? あたしとエルたんの仲に嫉妬して!?」
嬉しそうな顔して何を言い出しやがる。
え? 違うよな? ヴォイド? ヴォイドォ?
「アホか。俺ぁ年上の女にしか興味がねえ。それよか嫌がってんだろうがよ。余計に嫌われんぜ」
「む……。何さ、不良の分際で正論ばっかり言っちゃってさ!」
別にいいだろ、正論なんだから。
「カッ、てめえみたいなやつにゃ言うだけ無駄か。――おい、エレミア。オルンカイムにゃ気ぃつけろっつったはずだぜ」
本人の前でそれを言うのか。こいつらほんとにどういう関係なんだ。
ミクが目を剥く。
「へえ? そんなことこそこそ言われてたんだぁ? 陰口なんて、見た目に反して女々しいんだねぇ?」
「ハッ、これでもう陰じゃなくなったろ?」
睨み合う。
ヴォイドはさておき、今度はミクまで目が真剣になっている。これは初めてのことかもしれない。
口調や表情こそ変わらないが、ミクの声が少し低くなった。
「あんたがあたしの何を知ってるのぉ? ぜひ聞かせてほしいなあ?」
「さてなァ。小娘に興味はねえ……が――」
マズいな。ダンジョン深くに落ちたこの状況で仲間割れは。
俺がいちいち小娘の稚拙な誘惑を拒絶しなければ、本来起こらない諍いかもしれない。ヴォイドは見かけに依らずの正義漢だ。
「あ――」
そう思って口を開きかけたとき、オウジンが鞘に納めたままの刀をふたりの間に割って入れた。
「もうよそう。いまの僕らに仲間割れをしている余裕はないはずだ」
ヴォイドが首に手をあてて舌打ちをしながら視線を逸らし、ミクもまた憮然とした表情でオウジンにうなずく。
「それに、ほら」
オウジンの刀がゴブリンたちのやってきた方角へと向けられる。
そこには上層へと続く階段があった。行き止まりにあったのではなく、階段の向こう側にはまだ通路が続いている。相変わらず広さは不明だ。
おそらくゴブリンどもの居住区はあちらにあるのだろう。
何にせよ、オウジンの言う通りだ。俺たちは上層への階段を発見できた。いまはケガをしているイルガのために先を急ぐべきだ。
「一旦、みんなのもとに引き返そう。全員で移動するんだ」
「オウジンの意見に賛成だ」
俺がそう言うと、ヴォイドとミクもうなずいてくれた。
「チッ、しゃあねえな」
「あいあ~い」
先に歩き出した彼らの背中を眺めて、俺は思う。
戦力的には必要十分だが、それ以前になんだかヒヤヒヤするな。このパーティは。
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