第301話 防げ得ぬ災禍
ここまでのお付き合い、ありがとうございます。
物語はいよいよ終盤に差し掛かってきました。
最後までお付き合いいただけますと幸いです。
※諸々修正しました。
ラセル率いる暗殺者の一派がレアンで起こした先日の一件について、俺たちはまだ何もわかってはいなかった。なまじ、ラセルとリオナの間に施設という繋がりがあったことが、例の一件に関わっていた全員の目を曇らせてしまっていたんだ。
それが明るみとなったのは、新入生を迎えるための長い休暇が終わろうとしている頃のことだ。帰郷していた学生たちが戻り、王立レアン騎士学校は少しずつ普段の活気を取り戻しつつあった。
その日はベッドで目を覚ましたときにはもう、リリの姿はなかった。
俺はストレッチをこなしてから食堂に向かう。普段はリリが昨夜のパンの残りと作りたてのスープを用意してくれているのだが、今日はなかったからだ。
入学試験を無事に終え、教官連中は片付けにでも忙しいのだろう。そう思っていた。
食堂前では、帰郷から戻ったイルガと、そしてセネカが何かを話していた。イルガが険しい表情をしている。セネカは戸惑ったような顔だ。
イルガは俺に気づくと、手招きをした。
「エレミア」
「なんだ? ついに分け目が分裂したか?」
「分け目どころか国境が割れるかもしれない。例の話は聞いたか?」
珍しく表情が険しい。いや、強張っている、か。
俺は眉間に皺を寄せて尋ねる。
「何をだ?」
「暗殺者の件に決まっているだろう」
「ああ、その件なら聞いたも何も……あ~……」
当事者だ。そう言いかけて口をつぐむ。
どこまで話せばいいかを考えていた。ヘタに語れば騎士団に迷惑をかけてしまう。だがもともと秘密の共有が多い一組ならば、いっそすべて話してしまった方が今後の対処がしやすいかもしれない。二度も三度も暗殺者たちが送り込まれるとも思えないが。
そんなことを考えているうちに先に口を開いたのは、俺ではなくイルガの方からだった。
「やられたな。かなりマズいことになっているぞ」
「む? あれ以来レアンは平和だぞ? というか、あの件は調査騎士団によって箝口令が敷かれたはず。なぜ王都に戻っていたはずのおまえが知っているんだ?」
「ちょっと待ってくれ!? レアンだって? ここにも暗殺者が来ていたのか!?」
待て。待て待て待て。
ここにもだと?
「ああ。やつらなら三班で対処した。十数名はいたが、大半を取り逃した。二名はいま騎士団で尋問を受けているはずだ」
「な――っ!? た、対処って……! い、いや、キミたちならいまに始まったことではないか。そんなことよりも、彼らの目的は達成されてしまったのか!?」
セネカが慌てた様子で会話に割り込んだ。
「あんた、声大きい! ふたりとも、ちょっとこっち!!」
セネカに背中を押されて、俺とイルガは休校中で人の少ない本校舎へと入った。ここなら食堂前よりは遠慮なく話せる。
俺はあらためてイルガに尋ねた。
「やつらの目的というと、ベルツハイン家の生き残りの奪還か? それならもちろん防いだぞ。そこらへんを捜せば歩いているのではないか? ああ、バイトかもしれんが」
むろん、リオナのことだ。ラセルが言ったのだ。ベルツハインを奪還しにきた、と。
今度はイルガが眉間に皺を寄せる。
「リオナくん? 違う、違うぞ。彼らの目的は領主の暗殺だ」
ケメトの貴族街での凶行を思い出し、俺は首を左右に振った。
「まさか。レアンの領主は変わりないぞ。例の一件で常駐する護衛騎士も増えたし、今後もホムンクルスが現れん限りは問題ないはずだ」
「そうか……」
イルガが顔をしかめたまま、額に手をあてた。
俺は尋ねる。
「どうした、イルガ? 共和国のちょっかいなどいまに始まったことではない。市政への隠蔽工作も調査騎士たちがやっている。問題ないはずだ」
黙り込んだイルガに代わって、セネカが口を開いた。
「……防げなかった都市がある」
「何を?」
「領主の暗殺よ」
言葉が脳に染み込んだ瞬間、ぞわり、と背筋が凍った。
悪い夢でも見ているかのように、自身の周囲がぼんやりと揺らぐ。あまりに現実味がなく、全身を真綿に包まれてしまったかのようにだ。
「暗殺は同時多発的に行われた。いくつかの都市でそれが成功してしまったのよ」
「馬鹿な! そのような話は――!」
いや、それこそ箝口令か!
「だが待て! 開戦目的にしてもそのようなことをしては国際社会から孤立する。いくら共和国でも――」
「光晶石の鉱床」
セネカが重いため息をつく。
「む?」
「わたしたちが発見した光晶石の鉱床さえ奪うことができれば、孤立はしないのよ。絶対に」
「なぜだ?」
「現状の産出国は北方に位置するトランド帝国だけ。それも決して規模が大きいとは言えない」
一度言葉を切って、セネカは続けた。
「少し難しい話をするけれど、いい?」
「子供扱いは不要だ」
「そう。じゃあ。王国と帝国は友好条約を結んでいるから気づきにくいと思うんだけど、その他の国は王国ほど光晶石の恩恵を受けられていないの。いまも国民の扱う光は、油と火だけという国は少なくない。もちろん軍や魔物避けに使われる街灯なんかには使えていると思うけどね」
イルガがうなずく。
「その通り。そしてその市場を世界的に独占できれば、共和国の国際的な立場はより堅固なものになるだろう」
「そういうことか!」
王国を見捨ててでも、共和国と交易を持ちたがる国などいくらでもあるということだ。
それが予想できていたからこそ、キルプスは鉱床の存在を国家機密にした。いや、いや。ラセルが知っていた時点でもう手遅れだったのだろうが。
人は本能で闇を恐れ、光を欲する生き物だ。
俺は喉が詰まりそうになりながら、静かにつぶやいた。
「奪うことを前提に仕掛けてくるつもりか……。これまでのような小競り合いでは済まんぞ……」
「もう仕掛けられたのよ。そして防げなかった。おそらく――」
セネカは言葉を切り、何度目かのため息をつきながら首を左右に振る。
もはや開戦は時間の問題だ。
俺たちが発見したあの鉱床が、共和国の背中を後押ししてしまった。最悪の事態だ。
「騎士学校はどうなる?」
「高等部だけは従騎士相当だから後方配置だと思うけど、戦場に出ることになるかもしれないわね。実際に配置されるのは予備隊のまた予備隊としてだから、まだ当分先の話になるはずよ。たぶん、入試を終えても合格者の中から辞退者が多く出るんじゃないかしら」
イルガが両腕を広げて肩をすくめた。
「もちろん俺たちの中から退学届を出す者も少なくはないはずだ。誰だって本気で戦争になんて行きたくはないだろうからな。それに鉱床が目的ならば、いずれこのレアンこそが主戦場となる」
「そう……か。……おまえたちはどうするんだ?」
イルガとセネカが目を見合わせ、同時に顔を歪めて苦笑する。
「バカね。それをわたしたちに聞く? 愚問だと思う」
「エレミアは俺たちの事情をよく知っているだろう。それよりキミはどうするんだ?」
「あ?」
「一応高等部だが、エレミアはまだ十一歳だ。過去を振り返っても十一歳の騎士など存在しない。言うまでもなく従騎士でもだ。悪いことは言わない。ここで引き返した方がいい」
十歳前後の傭兵や猟兵なら知っているし、ブライズはもっとガキの頃に戦場に捨てられていた。戦うために出たのも十歳だ。
それに比べればエレミーは恵まれている。一歳も上なのだから。
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