第29話 地下迷宮の敵性種族・結末
話数表記がずれていたので修正しました。
これは、思っていた以上に。
俺へと振り下ろされた棍棒を、ヴォイドがブンディ・ダガーの手甲で弾く。弾かれたゴブリンの頭部を、ミクがレイピアで刺し貫き、そちらに気を取られた他のゴブリンを、オウジンが斬って捨てる。
いや、いやいやいや。
「この阿呆ども！ 俺を守っている場合かっ！」
確かに剣聖ブライズのときの肉体ではなくなって、俺は貧弱チビのエレミアになってしまった。顔つきも男だか女だかわからん美形だ。だが学生ごときに守られるほど落ちぶれてはいない。それも下級も下級の魔物から。
グラディウスで迫り来るゴブリンを斬り払おうとした瞬間――。
「おお……っ！」
ヴォイドに襟首を掴まれて後方へと投げられる。
「ぐぇ……っ！ ――ぐ、おい、邪魔をするなヴォイド！」
ヴォイドはそのゴブリンの棍棒を足裏で蹴って止めると、頭頂部からブンディ・ダガーの刃を突き下ろした。
強引にそれを引き抜いて、次のゴブリンの振り下ろしを防ぐ。
「ハッ、ガキは黙って守られてろや」
そのゴブリンのこめかみを、ミクのレイピアが再び貫いた。
「てめえ、さっきから勝手に俺の獲物を盗んじゃねえよ、オルンカイム！」
「え～……。余計なお世話だったぁ？ でもこれ、ヴォイドのためじゃなくてエルたんのためだもぉ～ん！」
ヴォイドが舌打ちをして、別のゴブリンを手甲で薙ぎ払う。そんなことをしている間にも、オウジンは黙々とゴブリンを沈めていく。
足運びが独特だ。身を低くして地面を親指で擦りながら距離を測り、ほとんど斬り結ぶことなく一刀のもとに斬って捨てる。一連の動作には一切のよどみがなく、流水のように静かだが、極めて速い。
何という流派だろうか。東国にはこんな剣術があるのか。ブライズとは正反対の剣術だ。
「いまだ――」
俺は三人が作り出す安全域から抜けて、ゴブリンの足を斬って転ばせる。その死体を飛び越えて、次のやつの頭部へとグラディウスの刃を叩き込んだ。
「ははっ、ようやく自由になれたぞ……！」
思う存分、剣が振れる。前世ぶりにだ。
アガってきたぁ！
が。
「あっ、おいてめ！ 勝手に動いてんじゃねえよ！」
ヴォイドが慌てて追ってくる。
並み居るゴブリンどもを藁束のように押しのけ、叩きつけ、斬り捨てて。そのヴォイドが造った道を、ミクはちゃっかり通ってスキップでも踏むかのように近づいて。
「エルたん、危ないよぉ！」
勘弁してくれ。
俺は逃げる。ゴブリンをすり抜けて。
「もう俺のことは放っておけ！ ゴブリンなどにやられはせん！」
「ガキがナマ抜かしてんじゃねえ！ 危ねえから守られてろ！」
「絶対だめ！ あたしの手の届くところにいて！」
ケンカばっかしてるくせに意見はぴったり。
倦怠期の夫婦か！
「……冗談ではない……」
前世ぶりにきた剣を存分に振れる、またとない機会だぞ。勘弁してくれ。エレミアの肉体でできることとできないことを試しておきたいだけなんだ。
特にヴォイドだ。まるで王宮内にいた王族護衛専門の近衛騎士団みたいだ。見た目は不良の分際で。
「おらどけぇ、邪魔だ！」
ゴブリンを棒きれのようにつかんで武器のごとく振り回し、他の個体へと叩きつけている。
俺はヴォイドとミクから逃げ回りながら、ゴブリンを次々と仕留めていく。喉を裂き、足の腱を断ち、心臓を貫いていく。
概ね、エレミアの肉体は想定通りだ。ゴブリンクラスの非力な小物でも、刃同士をかち合わせれば力任せに押し切ることはできそうにない。
だがこういった戦いは初めてではない。
剣聖ブライズは体躯に恵まれていたとはいえ人間だった。竜族はもちろん、上位魔族のサイクロプスや魔人、さらには中位魔族のオーガにだって純粋な力では敵わなかった。
しかしブライズはそういったやつらと斬り結び、何度も屠ってきた。
力任せではなく、技巧を組み合わせた獣のような型無しの剣術でだ。肉を削ぎ、骨を断ち、動きを鈍らせたところで命を叩く。
武具は筋力を凌駕する。だから女でも剣を持てば、屈強な男を追い払うことができる。
「っしゃ、捕まえ――」
「おわあ!?」
伸ばされたヴォイドの手から逃れるように身を翻し、ゴブリンの群に潜り込んでグラディウスを振るう。肉を裂き、骨を断つ。今度はそれらを跳躍で飛び越えて迫ってきたミクから逃げて、後方のゴブリンを斬って捨てる。
「俺を追うなっ！ 馬鹿！ 敵に集中しろ！」
ゴブリンの薙ぎ払いを屈んで躱し、その足首を斬り飛ばす。倒れ切る前にグラディウスを振り上げ、首を斬る。その死体を蹴散らすように突撃してきたゴブリンの胸部に、グラディウスの先端を突き刺す。
だがすぐには絶命せず、やつは己の胸を穿ったグラディウスの刃をつかみ、牙を剥いた。胸の刃を抜くどころか自ら埋め込むように前進してくる。俺の喉を食い破ろうとしてだ。
「エルたん！」
「言わんこっちゃねえ！ 武器捨てて後退しろノイ坊！」
必要ない。
俺は眼前のゴブリンを睨む。
「魔物ながら、意気やよし。だが――」
俺は左手で短剣スティレットを抜いて、その柔らかい喉を裂く。
「――その程度で俺は殺れん」
パン、と小さく爆ぜる音がして、血飛沫が噴出したが、そのときにはすでに身を翻し、別のゴブリンを刻んでいた。場が落ち着いてから死体を踏みつけてグラディウスを引き抜き、スティレットを鞘に納める。
そうしてあらためて、愉快な仲間たちへと顔を向けた。
「見ての通りだ。俺のことをいちいち心配する必要はないぞ。各自、存分にやれ」
ヴォイドもミクもあんぐりと口を開けていた。
だがゴブリンが襲いかかると、再び対処し始める。
「ほう」
こいつらも、若さの割にやたらと慣れている。
東方国家からの留学生であるオウジンの過去は知らんが、ヴォイドやミクも正騎士と同等程度か、それ以上に頼れそうだ。機転が利く。それだけで騎士どもよりよほど使える。
少々、性格的な癖は強いが。
片やスラム上がりの喧嘩慣れ、片や猛将仕込みの令嬢。
前世、ブライズのように強引に戦線を切り開いて走るヴォイドに、めざとく隙を見つけては針の穴を通すように正確な剣術で急所を貫くミク。
特におもしろいのはオウジンだ。
独特の足運びから繰り出されるオウジンの斬撃は、非力なエレミアとなった俺が理想とする剣術に近しい。ゆらり、ゆらり、舞い落ちる木の葉のように捉えどころがなく無軌道、かと思えば正確且つ鋭い刃が飛んでくる。
先ほど拠点でオウジンがゴブリンの群に苦戦したのは、クラスメイトらを守るために群を強引に突き抜けようとして、足運びが単純になってしまっていたからだったのだろう。
いまはヴォイドと背中を合わせずとも、凄まじい勢いで死体を積み上げている。
これならば。
「ゴブリンは敵ではないな」
つぶやく。
ゴブリン程度の魔物がいくら出現しようが、四人ならば対処は可能だ。
それから程なくして、俺たちは大半のゴブリンの始末を終えていた。
また半数ほど逃げ出したが、さすがにもう襲ってくることはないだろう。
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