第295話 だんだん楽しくなってきた
誤字報告いつもありがとうございます。
助かります。
鍵の掛かったドアを背負った俺の左右から、暗殺者たちがやってくる。右から五名、左から五名だ。これで全部だと思いたいところだ。
完全に挟まれてしまった。逃走経路はない。
刃を返すか。いや、リオナの前ではダメだ。
ええい、骨の折れる。だがこの期に及んで俺を助けようなどと、屋根の上から降りてこなかったことだけは評価してやらねばなるまい。
やつらは俺と俺の足下に転がっている仲間を交互に見て、口を開く。
「……子供……だと……?」
「油断するな。すでに抜いている」
状況的に言い訳で逃れることはできそうにない。
俺は刀を抜刀していて、その足下では暗殺者がひとり転がっている。他に人間はいない。どう見ても俺の仕業としか思えないだろう。
まあ、実際にやったんだが。
「何者であれ関係ない。年齢も性別もだ。任務が優先だ。姿を見た者は殺せ」
静かにそうつぶやいた暗殺者が俺へと歩を進めてきた。
相手は子供。足下で仲間が転がってこそいるが、大方油断していたところを背後からやられたのだろう。おそらくそんなふうに考えて、何ら警戒もなく。
だから――。
俺は自ら最速行動でやつの足下へと潜り込み、脇差しの峰を地面近くから脛の側面を掬い上げるようにして叩き上げていた。
先手必勝。ドッと金属と骨がぶつかり合う鈍い音が響き渡り、暗殺者の天地が逆転する。
「~~ッ!?」
そのまま側頭部を地面に打ちつけたやつは、痛みに悲鳴をあげる間もなく意識を失った。
やつらが驚愕に目を見開く――頃にはもう、俺は四名に減った右方の集団へと迫っている。
「な――っ!? こいつ!?」
「がああぁぁぁ!」
戦闘体勢など未だ整ってはいない暗殺者たちだったが、下半身から滑り込みながら足を狙った俺の刃を反射的にスティレットで防いだあたり、有象無象ではないことだけはわかった。
そのまま地面を滑って股ぐらをかいくぐり、俺は包囲網の背後へと脱出する。
「逃がすな!」
やつらはすぐに動いた。
走る俺の背後から、九名の暗殺者たちが迫る。暗闇に黒服。数え間違わないように気をつけねばならない。
追いつかれる――!
瞬間、俺は踵を返して家屋と家屋の隙間、人間がひとりかろうじて通れる通路へと身をねじ込んだ。同じく入ってきた暗殺者のひとりが、逆手に持ったスティレットを俺の背中へと突き下ろす。
「死ね」
「――っ」
粗方予想していた俺は瞬間的に加速してそれを躱し、急激に振り返りながら追ってくる暗殺者へと切っ先を突き出した。走ってきた慣性に逆らえず、やつは身を反らせてそれを躱す。
「く……っ」
故意に殺すつもりはない。切っ先はデコイだ。身を反らせて避けるしかない高さに突き出してやった。だから。
暗殺者の顔面がちょうど脇差しの峰の下にくる。
対照的な顔。嗤う俺と、息を呑む暗殺者。
「おらぁ!」
「~~っ!?」
俺は脇差しの峰を思い切り、その鼻面へと叩き下ろした。したたかに顔面を撲たれたやつは、さらに後頭部を地面にぶつけて、ぐったりと動きを止める。
残り――八名!
だがうまく運んだのはここまでだ。追ってきていない。家屋と家屋の隙間に飛び込んできたのはひとりだけだ。
路地裏から何かが飛来する音だけがした。
「く――っ!?」
とっさに脇差しの刃を寝かせて首許を隠すと、そこに真っ黒に塗り潰されたいくつかの投擲用のナイフがあたって地面に転がる。
月光すら反射しない、闇に溶ける色をしたナイフ。暗殺者が好んで使う暗器だ。
ブライズの戦場での経験がなければ、こちらが仕留められていた。空を切る音で位置をつかむ。あの頃は雑多な戦場で背後から撃たれた矢ですらつかんでいたからな。
だが防いでやったぞ。
「あれを防ぐのか!? あのガキ何者だ!?」
「声を落とせ。しかしベルツハインを追ってとんでもない子供に出くわしたものだ」
「王国騎士団の暗部か? それともまさか、この国にも施設のようなものがあるのか?」
施設――!
リオナを暗殺者に仕立て上げた共和国の組織のことか。
王国にあるものかッ、そのようなくだらん組織がッ!!
「――ッ」
一瞬目覚めかけた殺意を抑えて、俺は身を翻した。
怒りに身を任せれば命を失う。暗器を投擲した以上、家屋の隙間に留まるのはもはや自殺行為だ。
背中を向け再び逃走する。やつらが身をねじ込んできたが、もう留まる時間はない。後方から飛来する暗器を振り返りもせずに打ち落とし、俺は家屋の隙間から飛び出した――直後、地面を這うように前転する。
銀閃――!
髪を数本持っていかれた。やはり回り込まれていたようだ。
「なぜいまの一撃が避けられる!?」
経験だ! 貴様らごときとは年季が違うんだよ、糞ガキが!
続けざまに振るわれた別のやつのスティレットをステップで躱しながら、俺は先ほど拾っておいた暗器を投げる。大腿部に命中だ。
「ぐあ……っ」
俺を追おうとしていたそいつは頭から石畳に派手に転がって、流血する大腿部を両手で押さえながら悶え始めた。気絶こそしていないが、動きが封じられればそれでいい。
残り七名――!
とはいえ人数は推定だ。自身が確認できた数に過ぎない。
再びやつらに背を向けて走り出す。
こうしていると前世を思い出す。何度、共和国の暗殺者によって命を狙われたことか。
あの頃のようにスムーズに張り倒していくことはできないが、なかなかどうして、こういう戦い方も嫌いではない。
「く、くくっ」
……正直、少し楽しい。
このようなことを迂闊にリリに聞かれたら、さすがに叱られるのだろうな。ああ、そう。そうとも。前世のように。
不本意ながらブライズはよく叱られたものだった。仕方がないだろう。やつらが狙ってくるのだから。俺のせいではない。何度そう言っても、リリは俺を叱った。
やれ、夜に飲み歩くのはやめて、だとか、日頃の行いが、だとか。
「ふはは……っと」
自身の口を塞ぐ。
楽しんでばかりもいられん。リオナはうまく逃げ果せただろうか。
そんなことを考えながら角を曲がった瞬間、俺は屈み込んでいた暗殺者に足下をすくわれて頭から石畳に転がった。
「しま――っ!?」
一切気配がなかった。さすがに肝が冷えた。
慌てて両足を振って立ち上がり、やつを振り返ると、やつは俺に蹴られたせいで仰向けになって泡を噴いていた。
「……?」
いや、いや、違う。
よく見れば首に絞められたような赤い痕跡がある。
「リオナか……」
あいつめ、呆れた女だ。さっさと助けを呼びに行けばいいものを。
姿を見なくなったと思ったら、この俺を囮にして、ひとりずつ減らしていっているらしい。スティレットも奪っていったのか、気絶している男は武装すらしていない。
――残り……六名……?
こうなってくると人数はもはや不明だな。数えるのはやめだ。
ああ、糞。楽しみを奪いおって。あいつめ。なかなかやる。
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