第294話 これが剣聖のやり方
俺がいまもブライズだったらどうしていたか。決まっている。大声を上げ大通りに飛び出し、敵をあえて呼び寄せ片っ端から叩き斬っていただろう。
このようなちまちました戦いは好きではない。ああ、好きではないとも。
「……」
二人目――。
今度は痩せぎすでやや身長の低い男だ。ナイフは背中側にある腰の鞘の中だ。こういう体型の手合いは、意識の虚を狙って一撃離脱を旨とする暗殺者というものに向いている。
再び俺が行こうとすると、リオナが俺の肩に手を置いて止めた。
「……?」
「……」
自身を指さし、次に痩せぎすの小男を指さす。
どうやら自分でやるらしい。
少し迷ったが、ここで揉めている間にやつの仲間が現れないとも限らん。いざとなれば俺が派手に討って出て、敵を引き付けてやれば――いや、エレミーの肉体では返り討ちは難しいか。引き連れて逃げるにしても、この足の遅さでは追いつかれてしまう。
などとぐだぐだ考えているうちに、リオナはさっさと行ってしまった。
「――っ!?」
糞、あいつめ! ええい、こうなってはもう任せるしかない!
ハラハラする。
気配を完全に消したリオナが背後から暗殺者へと忍び寄り、どこから持ってきたのか細縄を一瞬で首へと回し掛けた。背後から頸部に沿わせるように、両手を交叉させながら喉下を巻き取って。やつが気づいたときにはもう遅い。
リオナは背中合わせとなって腰を曲げる。
「~~っ!?」
ひゅっと喉奥から空気の漏れる音がわずかにした。だが、それだけだ。
一瞬で首を吊り上げられ、全身を反らされてしまった男は声を上げることさえできず、虚しく足をバタつかせた。しかし吊り上げられてしまっているため、足で地面を打ち鳴らすことさえできない。さらに武器となるナイフは背中と背中の間だ。抜くこともできないだろう。
「~~っ~~~~っ!」
「……」
こうなってしまっては力で勝っていようとも、そう簡単に逃れられるものではない。たとえ相手が非力な女であってもだ。落ち着いて足を振り上げれば逃れられるかもしれないが、縄が完全に首に食い込んでしまった状態では自らの頸骨を壊してしまう。
やがて路地裏の闇の中へと引き込まれる頃には、小男はすでに泡を噴いて全身をだらりと伸ばしていた。
しばらく絞め上げたのち、リオナがそっと男を下ろす。
一抹の不安が過ぎった。
「おい。死んでないか、これ?」
「たぶん大丈夫だよ。どこまでやれば死ぬかはよく知ってるから。――見てて」
リオナが男の顔面を踏みつけると、男の頬が微かな反応を示した。
「ね?」
「いやその確かめ方よ……。新たな性癖の扉が開いたらどうするんだ」
「別にいいじゃん。嬉しいこと増えるんだから幸せなことだよ」
「そう……か?」
しかし「どこまでやれば死ぬかはよく知っている」か。
わかってる。こんな時代だ。仕方のないこともある。深くは考えないでおこう。
「それにエルたんのやり方だと、なかなか気絶ちない人がいるからね」
「そうかあ?」
ブライズだった頃は大体一撃で落ちていたぞ。
リオナが苦笑する。
「それに殺しちゃいけないんでしょ? 打ち所が悪かったら、ね?」
確かに。そのまま二度と戻ってこんやつも結構いた。
「それはお互い様だ。おまえのやり方だって絞めすぎるかもしれんだろ」
「そう? あたしは絞める方が調節は簡単だと思うんだけどなぁ?」
魚の捌き方みたいな言い方だな。まあいい。とりあえず後処理だ。
例によって神経毒を流し込んでから縛りつけ、今度は先ほど中身を出してしまった生ゴミの、倒れたままの箱の中へと詰め込んで蓋をしておいた。
だが順調なのはここまでだった。二人目を気絶させて以降、状況は早くも一変していたんだ。やつらが各個撃破されていることに気づいたらしい。その後は二人一組で動き出した。
こうなると路地裏に潜んでいてももう先がない。ここらへんに俺たちが潜んでいることがバレた以上、早く移動した方がいいだろう。
だが、どこへ……。
リオナがぴくりと猫のように反応した。この反応には何度も救われてきたからわかる。どうやら敵が近づいてきたようだ。
リオナが無言で屋根の上を指さす。
俺がうなずくとすぐに彼女は民家の窓枠に片足を掛けるように飛び乗り、勢いよく蹴って向かいの家屋の雨樋をつかみ、屋根へとよじ登った。
見事だ。ほとんど音がない。
だが俺には無理だ。背が低すぎる。
屋根に上がったリオナは一瞬で制服のタイを引き抜くと、それを屋根から垂らした。俺は窓枠に飛び乗って蹴り、タイを両手でつかむ。
制服同様、金属糸で編まれたタイだ。簡単には千切れない。
だが。
「――ッ」
よじ登るために壁に足をつけた瞬間、ザっと音が鳴ってしまった。足が滑ったんだ。
「~~っ!」
リオナが俺の手をつかんで引き上げる。
だが、暗闇を覗き込めばわかる。音を聞かれた。四方から路地裏を走ってこちらに向かってきている。
糞! 助けにきた俺が足手まといになってどうする!
だがリオナは俺の背中をトンと叩くと、いつもの笑顔で囁くように言った
「飛び移るよ~。ついて来られる?」
「あたりまえだっ」
「じゃあついてきて」
リオナが屋根の上を軽やかに駆け出し、近くの民家の屋根へと飛び移った。
まるで猫のような身のこなしだ。足音はおろか着地音すらほとんどしない。
俺はそれに続く。助走をつけて、跳躍。
「ふんぬ――ッ」
空中を駆けるようにワチャワチャと足を動かす。
ぬああぁぁぁぁ、俺の短い足よ、届けぇぇ――!
かろうじて。かろうじてだ。屋根の端につま先をつき、前へと転がりながらもどうにか無事に飛び移ることができた。
多少の音を鳴らしてしまったが、幸いにも今度は気づかれなかったようだ。
胸を撫で下ろして次の屋根へとリオナが駆け出そうとした瞬間だった。
「――っ」
キィという蝶番の音がして、俺たちが着地した家屋のドアが開いたんだ。
出てきたのは住人の男性だった。のんきに頭を掻きながら、俺たちのいる屋根を見上げている。
「うん? 猫か……?」
馬鹿が――ッ!
瞬間、暗殺者たちの動きが変わった。路地裏から飛び出てきた暗殺者のひとりが、住人の男と鉢合わせする。男が飛び跳ねて驚愕した。
「うわっ!? な、なななんだ、あんたたちは!?」
「――ッ!!」
まずい――!
暗殺者たちの行動はあくまでも隠密だ。その素顔を見られてしまったとなれば当然――スティレットを抜剣し、住人の男へと高速で迫る。
殺る気か――!
俺は考える間もなく抜刀しながら屋根から飛び降り、住人の男へと意識を取られていた暗殺者の頸部を脇差しの峰で撲ち下ろしながら着地した。
ドン、と鈍い音が響く――。
声もなくその場に崩れ落ちる暗殺者に、抜き身の刀を持つ俺を見て、男の声が上擦った悲鳴のような声を発した。
「ひっ、ひぃ! こ、今度は何なんだ!? こ、子供!?」
「やかましい! 黙って家に入れ! 早く!」
鈍い男の腹を背中で家屋の中へと押し込み、すぐさま扉を蹴って閉ざす。中から鍵の掛かる音がした。
姿を眩ませねば――。
だがそう考えたときにはもう、左右の路地から俺を挟み込む形で暗殺者たちが姿を現していた。
やつらは嗤う俺を見るや否や、スティレットを抜剣する。
そう。俺は嗤っていた。口元には笑みが浮いてしまっていた。
――チマチマした戦いは性に合わん!
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