第28話 地下迷宮の敵性種族・襲撃
しばらく進むと道が三方向に分かれた。
オウジンが左を指さす。
「左は僕がすでに調べた。壁に手をついてここに戻ってくるまで歩き続けたけど、上層に続く階段はなかったよ」
「下層に向かうなら右だ。いまんとこ用はねえだろうけどよ。上層への階段はなかったぜ」
ヴォイドが親指を右に倒してそう言った。
まったく、呆れたやつらだ。素人の学生の分際で、単身でこんなところまでくるやつがあるか。命知らずめ。それだけ己の武に自信があるのだろうが、あのバケモノと鉢合わせたらどうするつもりだったのか。
ややあって考え直す。
いや、あのバケモノが彷徨いているからこそか。単身でなら撒くことができるかもしれないし、そうでなくとも犠牲は最小限で済む。
俺でもそうするな。学生の分際で。
そんなことを考えていると、ミクがいつもの調子でつぶやいた。
「んじゃ、真ん中だねぇ」
「ああ」
「階段、ほんとにあるのかなぁ。ねえねえ、エルたんはどう思う?」
十歳に意見を求めるのか。
いや、俺を気遣っているつもりなのだろう。
「あるに決まっている。人工ダンジョンとはそういうものだ。何者かが何かに利用するために造った施設である限り、必ず地上に戻る道は存在する」
言いながら真っ先に俺が歩き出すと、オウジンとヴォイドが慌てて俺の前に出た。どうやらこいつらも俺のことも庇護対象に見ているらしい。
まあ、エレミアの肉体ではわからなくもないが、剣聖としては嘆きたくなる。
正直なところ、このふたりの戦闘能力といまの俺の戦闘能力は、さほど変わらない。経験には差があるだろうが。
「そうなん?」
「ああ。ま、崩れてたり埋まっていたりする可能性はあるが」
「え~、やーだー……。それって自力脱出は絶望的じゃぁ~ん」
まるっきり緊張感のない声だ。
ミク・オルンカイムは度胸が据わっているのか阿呆の類なのかがわからない。
「その場合は地上から助けがくるのを祈れ」
「祈るって、誰に?」
一瞬リリの顔が浮かんだが、口には出さなかった。
弟子に頼る師があるか。
「神にだ」
「いるー?」
ガリアント王国に国教はない。
神を信じたいやつらはそれぞれ好き勝手な神を崇めているし、国民のおよそ七割は無宗教だ。父であり国王でもあるキルプスが、あえてそうしているのだ。
ひとつの宗教に偏れば、必ず争いが生じてしまうからなのだとか。だからオウルディンガム家は神に祈らない。
ちなみに前世でのブライズも神は信じていなかった。信奉すべきは剣と力のみだ。
「知るか。だが他にやることもない――」
ミクが唐突に俺の口を塞いだ。
「ストップ」
オウジンとヴォイドが立ち止まり、振り返った。だが、疑問を声には出さない。
ミクは猫目を限界まで広げて、闇の先を見つめている。魔導灯の光の届かぬ闇の先をだ。
「おい、ミク。気配はないぞ」
オウジンが俺に同調するようにうなずいた。ヴォイドも肩をすくめている。やはりミク以外は察知できていないようだ。
俺の口を、彼女は再び手で塞ぐ。
「ちょっと離れてるけど、いる。隠れてる。魔導灯の範囲外だね。でも、隠れてるってことは、あのバケモノじゃないよね。たぶんだけど」
それは確かにそうだ。
やつに隠れる理由はない。だとすれば。
「そもそもほんとにいるのか?」
「……いるよぉ。見てて」
ミクが足下の小石を拾って、前方へと投げた。
それが弧を描くように地面に落ちた瞬間、壁の隙間や地面の瓦礫から、いくつもの小さな影が飛び出した。
「ほら、ね?」
魔導灯の明かりの範囲外だ。
だが、かろうじてわかる。
「~~っ!?」
小石の落ちたあたりに石の棍棒を振り下ろし、空振ったことで首を傾げている。やつらは俺たちの姿を見つけると、すぐに光の範囲内まで走ってきて牙を剥いた。威嚇だ。
「なんだ、ゴブリンか」
俺は無意識にため息をついていた。
「なんか残念そう? あいつの方がよかった?」
「さてな。いや、そうでもないか。いまの俺にあのバケモノを殺せるとは思えん」
ブライズだった頃なら、いくらでも方法はあったのだろうが。
俺たちは一斉に抜剣する。
ミクが後方を振り返った。
「あ。後ろからもきた」
そういうことか。先ほどの四つ角だ。逃走したゴブリンどもの一部が、左右に続く道に身を潜めていたんだ。俺たちを待ち構えるために。
いや、ここに誘い込むために、か。
いずれにしても退路は断たれた。少し迂闊だった。だが、ほんの少しだけだ。庇護対象がいない状態でゴブリンが相手となれば、正直なところ危機感すら湧いてこない。
ヴォイドが首を左右に倒して鳴らした。
「クク、待ち伏せに挟撃かよ。エテ公どもが、ない知恵を振り絞りやがって」
わらわらと湧いてくる。先ほど拠点広場で半数近くまで減らしてやったはずなのに、すっかり元の数に戻ってしまっている。
後方のゴブリンらの多くはケガを負っているが、前方のやつらは無傷だ。前方三十体、後方二十数体といったところか。後方のやつらは特に殺気立っている。仲間を殺されたせいか、あるいはケガを負わされたせいか。
何にせよだ。
考える間もなく、ゴブリンたちは俺たち三班へと襲いかかってきた。
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