第282話 地獄の定例イベント
ゼロサムオンライン様にて、コミカライズ版『転生してショタ王子になった剣聖はかつての弟子には絶対にバレたくないっ』の第3話が公開されました。
詳細は本日の活動報告にあります。
あれから何度かリリと剣を合わせる機会は得たが、勝利どころか切っ先で触れることすら叶わず、不甲斐なさを噛みしめる。一年の初め頃、間諜疑惑を掛けられたリオナを庇ってリリと剣を交えたときが、最も善戦できたと言える。
まあ、あのときは様々な偶然と場の勢いが重なって、あいつの尻に一撃を入れられただけなのだが。
校舎から見える窓の外では、静かに雪が降っている。レアンの街景色は雪化粧というやつだ。
そのせいか、放課後であるにもかかわらず、グラウンドにも中庭にも学生たちの姿はない。もっとも、学生の姿が見えないのはそれだけが原因ではないだろう。
冬の終わりとともにやってくる、学年末試験とかいう厄介なイベントのせいだ。
「あ、ここ間違ってるわよ」
「ぬ?」
「解き方はこう……」
昨日はリオナに教わっていたが、今日はバイトが忙しいらしく、セネカに変わった。
俺たち以外、誰もいない教室だ。
前回の試験ではオウジンが教室の隅の席で語学の勉強に耽っていたが、約一年間をガリア王国で過ごした結果、言葉はもちろん字まですっかり馴染んだようだ。
生活はぽんこつの分際で、地頭はいいからな。言語が完璧になったいまでは、他の学生らと同じく、教科書を開くだけで大体のことは理解できるらしい。
「ほら、また同じ間違いしてる」
「ふぬぐッ!?」
指先が俺の頬をつく。
「こら、顔が怖くなってる。一旦、深呼吸」
「ぬっっっ……ふぅ~ン……」
「何その深呼吸。変なの」
隣の席の椅子を俺の席に近づけて座るセネカが、苦笑いをして机に肘をついた。
「きついでしょうけど、一緒に進学しようよ。また新入生と一緒に一年生をするのは嫌でしょ」
「それよりも、おまえたちが俺のひとつ上の先輩になるのが腹立たしい。そのようなことになってみろっ。俺はどんなツラして部活に出ればいいんだっ。俺を置いて進級するなど、絶対に許さんぞっ!!」
「あっはっは! 考えてることが、かわいすぎでしょ」
「笑うなあ!」
憤る俺の頭に、セネカの手がポンとのせられる。
「あんたはまだ十歳なんだから仕方ないよ」
「ふん」
「それでも、わたしは一緒に進級したいと思ってるけどね」
少し照れたようにそう言うと、セネカは唐突に俺の机に突っ伏した。
「……ひとりぼっちは嫌だから」
「ああ? みんないるだろ。一組を家族だと思えばいい」
俺がかつてブライズ一派をそう呼んだようにな。
「そうだね。でも、みんなには、いつか帰る家があるから」
「あ~……」
セネカは実家と両親を捨てて、この王立レアン騎士学校に入学したのだった。
「それはやっぱりエレミアもなんだよね」
「あー……」
「何その返事? 別に帰るところがないからって、押しかけ女房しようとか考えてないわよ。そ、そりゃあさ、させてくれるなら行くけど」
何やら両手の人差し指を合わせながら、恥ずかしそうに言っている。
「ん~……」
そもそも俺には騎士団入りするつもりがない。だとするならば、やはり卒業後は一旦王都にある王城に帰る必要が出てくる。
だがそうなると、おそらくキルプスやアリナ王妃は、もう一度俺が家を出るときは長兄レオナールの戴冠と、俺自身が承ける公爵位の叙爵の日になると考えるはずだ。
いらないんだよなあ、その爵位。しかもその日がいつになるかすらわからん。
「まあエレミアの場合、卒業してもまだ十三歳だから、け、け、結婚とかはできないんでしょうけど」
いっそイルガに倣って騎士団入りするか。
いや、さすがにキルプスやアリナ王妃がそれを許してくれるとは思えない。しかし国の跡取りならば上に無能がふたりもいるというのに子煩悩なことだ。三男の俺のことなどもう放っておいてほしい。
セネカが突然真っ赤になって、わちゃわちゃと手を振った。
「ああ、言われなくたってわかってるわよ!? 弁えてるつもり! だってまだ付き合ってないもんね!」
だとするならば、やはり自ら行方不明となって猟兵から始めるのが無難か。
いや、待てよ?
ヴォイドが猟兵に戻るならば、最初からふたりで傭兵団を組織するのもアリかもしれん。オウジンが故郷での目的を果たしてモニカのために再びガリアの地に戻るのであれば、やつを入団させることもできるではないか。
だがオウジンを強引に取り込むよりも、ヴォイドに傭兵団をさせる方が難しそうか。
「そ、そんな先のこと……わかんないよねっ!」
「うむ……。色々考えてはいるのだが、こたえが出ない」
「そんなに真面目に考えてくれていたんだ……」
「んあ? あ! ああ、真面目に考えているぞ」
まずい。余計なことを考えていて、真面目に問題を解いていなかった。セネカ自身の勉強を疎かにさせてまで付き合ってもらっているのに、これでは申し訳が立たん。
無意識に羽根ペンを止めていたせいで、ペン先のインクが大きな染みになっていた。俺は慌てて羽根ペンを動かし始める。
将来を考えるよりも、問題を解く方がまだ簡単だ。
「すまんな、セネカ。ここから先は記憶するだけだ。もう自分の勉強に戻ってもらっても構わん。今度こそイルガに勝つのだろう?」
「わたし、もともと座学はハゲより上よ。実技で詰められただけで」
「それほど差がないならなおさらだ。油断をすればまた負けるぞ」
前回の総合順位はイルガが四位でセネカが六位だった。俺から見りゃ雲上人だ。
「それもそうね。じゃ、わたしは先に帰ろっかな」
「おう。ありがとな」
何やら開始前よりもすごく機嫌がよさそうだ。セネカにしては珍しく、にこにこと微笑んでいる。
鼻歌でも聞こえてきそうな雰囲気でセネカが去りかけたとき、俺はふと思い出した。
「待て、セネカ。そういえば、あれからリオナとは話したのか?」
セネカが俺に告白したことを、リオナに自ら話したときのことだ。
瞬間、セネカの顔から微笑みが消失する。別に意気消沈したというわけではない。まるで彼女が自分の意志であえて表情を消したように俺には見えた。
どうやら隠し事のようだ。そして、その想像通り。
「ええ。教えられる内容なら教えるって約束だったわね」
「ああ」
「ごめん、言えないことだった。それと追求はしない方がいい。リオナにも、えっと……イトゥカ教官にもよ」
リリ。そこまで波及するか。確かにリリに尋ねても教えてはくれなかった。
だがこの三名が俺にとって何らかの損害をもたらすとは考えられない。きっとそういう類の内容ではないのだろう。だとするならば、俺と関わったことで起こりうる、彼女ら自身の問題か。
……確かに踏み込めんな。
「わかった。だが困ったことがあったらすぐに言え。微力ながら力は貸すつもりだ」
「うん。大丈夫よ」
それだけを告げると、セネカは手を振って教室から廊下へと去っていった。
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