第280話 役に立つアドバイスをくれ
ヴォイドが修練場の壁際へと移動した。隣で両膝を折って座るオウジンとは対照的に、両手を後頭部で組んで壁にもたれ、行儀悪く片足を伸ばす。
オウジンがぽつりとつぶやいた。
「キミやエレミアは発想が自由でいいな。僕じゃあんな戦い方は思いもつかない」
「真面目すぎんだよ。もっと遊んどけ」
「そうかもな。だが――」
オウジンが言葉を切り、ヴォイドが継ぐ。
「心理戦にゃ引っかからねえねえし質量攻撃はあっさり流す。機転も俺以上だ。剣聖一派ってのは、いったいどういう集団だったんだか」
「剣士としての修行だけじゃなかったんだろうな」
先ほどのようなような離れ業を実行できるのは、リリ自身とカーツだけだろう。まあ、かつての俺ならソードラックごと強引に叩き斬っていただろうが。ちなみに〝王壁〟マルドならば避けもせず嬉々として突き進んだだろう。あの爺にとっちゃあの程度の質量は舞い散る木の葉だ。
リリが俺を急かした。
「エレミア。あまり時間がないわ。教官会議が始まってしまう」
声が少し弾んでいるな。隠しきれない楽しさがリリから滲み出ている気がする。
「すまん。考え事をしていた」
「それで、あなたはどんな奇策を練っているの?」
俺は倒れたソードラックの周辺に散らばっていた木剣を拾う。短い木剣だ。それこそショートソードや脇差しはもちろん、グラディウスよりもさらに。ナイフと短剣の間くらいのものを探し、二振り手に取る。
右手は順手に、左手は逆手に持って、何度か振った。
思った通りだ。これくらいの長さならば腕に負担もあまりかからない。当然だが、筋力がだいぶついてきている。
リリが怪訝な表情をした。
「……それは何を想定しているのかしら?」
「見ての通り対人だ。奇策もない。真っ向勝負をする。いまの俺がどれだけ動けるのかを正確につかんでおきたいからな」
「わたしは魔物やホムンクルスを相手にしたカリキュラムの途中で死んでしまわないようにと思って、修練相手を引き受けたのだけれど。ホムンクルスは人型とは限らないわ。それに対人は――……」
言葉が切れた。
リリがもどかしそうに顔をしかめて足下に視線を移し、口を閉ざす。
そうして顔を上げた。苦笑いで。
「いまのはナシ。聞かなかったことにして。身につまされるわ」
オウジンもヴォイドも怪訝な表情をしている。
そりゃ意味がわからんだろう。特にガキの頃から戦場を駆けてきたヴォイドには。
だが俺にはわかった。俺を人殺しにはしたくはないのだろう。ブライズがかつてリリに対しそう願っていたように。
「何が相手でも、誰が相手でも、対応できるようにならなければいけないわね。そして、選ぶのはエレミア自身」
「ああ」
「始めましょう。合図は必要?」
「いらん」
すでに血は熱く滾っている。オウジンやヴォイドの善戦にあてられた。
俺は二振りの木剣を構え、膝を軽く曲げる。
こちらから仕掛ける――つもりだったのだが、次の瞬間にはもう、俺の木剣はリリの鉄骨を交叉して受け止めていた。肩が外れそうな衝撃に、あえて低く跳躍する。叩きつけられた力を全身ごと後方に流すんだ。
後方に吹っ飛んだ俺を目がけて、リリが直線で追ってきた。彼女を目がけて右手の木剣を突き出すと、リリも同様に鉄骨を突き出す。当然、得物の長さが違いすぎる。
「~~ッ」
俺は首を倒してそれを躱す。皮一枚、鉄骨に削られながらだ。
すぐさま転がって鉄骨から距離を取るも、すでに彼女は上空から、俺が膝を立てた位置へと鉄骨を振り下ろしていた。
そいつを両方の木剣で挟み込んで受け止める。
「んぎッ!?」
「ふふ、せっかく伸びた背が縮むわよ~」
「やかましい!」
意地の悪い……! そんな娘に育てた覚えはないぞ……!
徐々に押し下げられたきた。
「――っ」
あえて一気に力を抜き、限界まで屈みながら再び地面を転がって躱し、跳ね上がる。そのときにはもう、リリは振り下ろした剣をすでに引いていた。行動が早い。
着地。
「おおっ!」
「……」
同時に地を蹴った。
リリの鉄骨はロングソードだが、俺の両手の木剣は短剣だ。さらには大人と子供では間合いが違う。どう足掻いても刃はリリの方が先に届く。
上段から俺の頭部を目がけて鉄骨が降ってきた。
想定通り、こいつを去なして右の木剣で一撃を――!
左手。逆手に持った短剣で鉄骨を滑らせて反ら――せない。上からの圧力が強すぎる。片手では無理だ。押し切られる。
「お、おおお?」
ならばと右の木剣も差し込み、さらに前進して間合いの内側へ、いや、それすら踏み超えて、俺の右足は彼女の股ぐら隙間を超えて背後に踏み込んでいた。リリの視線に戸惑いが浮かぶ。
途中で鉄骨が額を打ったが、ほとんど握り部分だ。致命傷にはならない。
俺はそのままリリの大きな胸に己の頭部をぶつけていた。
「んがらっしゃぁ~ぃ!」
「あ……」
苦し紛れの頭突きだ。
誓って言う。わざと狙ったわけではない。俺の身長がちょうどリリの胸の高さだっただけだ。とても柔らかかったが。
彼女の体勢が大きく崩れる。
いまだ――!
その胸に右の木剣を突き出すも、すんでのところで後退された。
ああ、せめてこの木剣がショートソード並の長さであったならば、掠めるくらいはできていただろうに。だがそれでは存分に振れる重さではなくなってしまう。痛し痒しだ。
リリが開始以来初めて自ら距離を取り、鉄骨の先を俺へと向けた。すこぶる機嫌がよさそうにだ。
「うん。少し侮っていたみたい。身体の小ささをうまく利用しているわね。えらいわ」
「小さい言うなっ。こっちはそうするしかないんだっ。あと子供扱いはやめろっ」
弱さも拙さも、いまは受け容れて進むさ。小ささ以外のすべてをな。
「ではそろそろこちらも上げていくわ。怪我に気をつけなさい」
「お、おう」
受け容れがたい事実だが、余力はまだまだあるようだ。
ふぅと息を吐いたリリが、両手で鉄骨を大きく背中まで引き絞った。
ざわっ、と背筋に悪寒が走る。
板張りの床が軋む音が遅れて聞こえた。眼前にはもう〝戦姫〟の姿があった。引き絞られた弓のように、彼女の背後から鉄骨が放たれる。
判断は一瞬。これは流せん。躱す。
「ぐ……っ」
左方から襲いくる薙ぎ払いを、全身を反らせてやり過ごす。
鼻頭を擦った鉄骨が通り過ぎてから、俺は大慌てで体勢を戻しながらリリの右方へと飛び込んだ。低く、低く。潜り込むように。その直後、後頭部を狙って再び左方から暴風が通り過ぎた。
薙ぎ払いからの回転を利用した二連撃。踊り子特有の剣技だ。
「あら、よく避けたわね」
「ふ、ふん、余裕だ」
前世のリリを知っていたから避けられただけだ。心臓が爆発しそうになった。
というか、いまの連撃は一回転少ないものの、ホムンクルス・セフェクの首を一刀両断にしたやつではないか。怪我に気をつけなさいと言っていたが、殺る気満々なのか!?
娘の凶暴化に不安になってきた。笑ってるし。
「じゃあ、こんなのはどうかしら?」
リリが転がってきた木剣を蹴り上げ、左手でつかんだ。
双剣術だ。これは想定していなかった。おそらくカーツの双剣術を取り込んだものなのだろうが、いや、いやいやいや。さすがにこれは対処法がないぞ。
「ちょ、ちょ――」
「くれぐれも、怪我はしないように」
その後はもはや見るも無惨。互いに双剣術。リリ自身や彼女の使う双剣術の知識もある。だが間合いも力も違いすぎだ。
結局俺もオウジン同様、最後は暴風に揺らされる細木のようになり、ぽっきり折れた。
あげくの果てに俺へのアドバイスだけ「早く成長しなさいな」という実現不可能なものだったのはいかがなものか。
――ンぐやじぃ……ッ!!
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