第27話 人工ダンジョンと国家の面子
俺たち三班のみで偵察に出るという意見は、フィクス・オウガスの一件もあってのことか、意外にあっさりと通った。もちろんゴブリン相手の戦いぶりをクラスメイトらが全員見ていたからというのもあったのだろう。
真っ先に全体を立て直させたオウジンや、単体で群れの中央へと飛び込んだヴォイド。このふたりに代わる生徒は他にはいない。俺やミクは、おまけといった扱いだ。
ミクがクラスメイトから革袋に入った水を受け取って、渡してくれた女子に尋ねた。
「イルガはどれくらい保つかなー?」
イルガというのは、どうやら第一層で最初にあのバケモノに斬り込んだバカモノのことらしい。王都ガリアントの中枢を担う上級貴族、フレージス侯爵家の長男だったはず。
ろくに関わったことはないが、校内ではいつも貴族出身の取り巻きを引き連れていたのを覚えている。いまはフィクス・オウガスがつきっきりで胸の穴へと魔力を流し続けている。
「フィクスくんの治療魔術でかろうじて小康状態を保ってるけど、魔力が完全に尽きるまで半日もないって」
「やっぱそっか。急いだ方がよさげだねぇ」
「三班の武器は足りてる? わたしのも持っていく?」
ミクに変わってオウジンが応じた。
「大丈夫だ。武器を失うほどの無理はしない。そのための少人数だから」
「……? 危険じゃないの? さっきのゴブリンはまだ半数近く生きてるよ? やっぱり一緒に動いた方がよくない?」
女子生徒は不安そうな顔をしている。
俺は口を開いた。
「俺たちは斥候ではない。戦闘はなるべく避ける。それが偵察の前提条件だ。ましてや、クラス全員で襲いかかっても勝てるかわからんほどの、あのようなバケモノがうろついているダンジョンならばなおさらな」
「えっと……?」
「多人数で動けばそれだけ足音が響く。息をするだけでも空気はわずかによどむ。可能であればこちらが先にやつを捕捉したい。だが人数に比例して先に発見されるリスクは高まっていく。だから少人数の方が都合がいいということだ」
オウジンが俺の言葉を継いだ。
「それに、反転逃走時は言わずもがなだよ。人員が増えればフットワークは重くなる。偵察目的なら少数の方がいい」
それでも正直なところ、武器の何本かは接収していきたいところだ。
だがこの拠点も安全とは言いがたい。あのバケモノが天井の穴から降ってくる可能性もあるし、この層がゴブリンの巣となっているのであれば、再度襲撃があってもおかしくはない。彼らにとっても武器は必要だ。
まあ、武器があったところでゴブリンならばともかく、あのバケモノが相手では……と思わないでもないが、口には出さない方がよさそうだ。
そもそも、俺たちはこいつらの全滅を防ぐために偵察に出るんだ。そのためにこいつらを危険にさらすようでは、根本から方向性を間違っている。
ヴォイドが俺の頭に手を置いて、髪をぐしゃぐしゃに頭を撫でた。
「ま、そういうこった。それにしても、ノイ坊はお利口ちゃんだな」
「おい、男の頭を気安く撫でるな」
俺は両手でヴォイドの手をつかんで、乱暴に振り払う。
「ククク」
「何笑ってんだ、この不良」
「やっぱいいな、おめえ。ガキとは思えねえ」
ヴォイドの鼻面を指さして、俺は喚いた。
「じゃあ俺をガキ扱いするのは金輪際やめろっ。次にノイ坊とか言っても振り返らないからなっ」
「へいへい。――んじゃま、そんなわけでそろそろ出ようや」
聞いてないな。適当にあしらいやがって。
俺とミク、そしてオウジンとヴォイドは、拠点にした一角から離れて歩き出す。先ほどの女子が手を振っている。
「気をつけてねー!」
「あいあ~い。そっちもねっ」
ミクがにこにこしながら振り返した。
まるでピクニックにでもいくかのような気楽さだ。だが、背後のその姿が見えなくなると、ミクの笑みも消えた。
「ここは広いねぇ、エルたん。反響してるのに声が戻ってこないや」
「……ああ」
左右で反響しているのに、前方から戻ってこない。
ここは魔物のいるダンジョンだ。もちろん先ほどの女子は大声を絞り出したわけではないから、山びこなどとは比べるべくもないだろうが。
俺たちの足音と天井から垂れる水滴の音だけが、ダンジョンに響いていた。
ミクが歩きながらぽつりとつぶやく。
「こういう人工のダンジョンって誰が造ったんだろ?」
このダンジョンは人工物だ。そのように見える。崩れているところはあっても、平らな石を接合して造り上げられているのがわかる。
前をいくオウジンが口を開いた。
「ダンジョンは東方の大陸にも多く存在してる。僕らの国では発掘される魔導書や未知の金属などから、僕らの文明ができる前に栄えていた人類文明の名残じゃないかって言われているんだ」
「へぇ? そりゃ先史文明の遺跡ってことかよ?」
ヴォイドが聞き返すと、オウジンが首を左右に振った。
「どうかな。あくまでも推論に過ぎない。ただ、魔術を弾く金属なんかは少なくともダンジョンの中にしかない技術で造られてるものだ。先史文明でなければ、僕らの文明よりも遙かに栄えている魔導技術を持った種族が、この世界のどこかに存在することになる」
ミクが尋ねる。
「大昔、別の大陸にいた伝説の魔族みたいな?」
「うん。まさにそのことだと思う。僕らは魔族というものをお伽噺の中にしか存在しないと考えているけれど、案外そうではないのかもしれない」
ヴォイドが楽しげに笑った。
「ククク。そりゃ国家としちゃあ、認めたくねえだろうな。てめえより強え国が山ほどいるなんざ、面子が保てねえ。支配が揺らげば反乱も起こる。先史文明の方がなんぼか都合がいいってところか」
「そういうことだろうね」
瓦礫や石、砂で埋もれた通路を進む。
幅は結構な広さだ。成人男性が十名ほど両腕を広げて繋がって、ようやく壁に届くといったところか。
天井の高さもなかなかのものだ。天井が低ければ拠点の砂山に登って上層階に出られたのだろうが、現状それが可能なのは翼を持つ種族くらいだ。鳥や魔物のな。
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