第249話 静かなる突撃
数はおよそ二十体といったところか。グールの群れが俺たちを取り囲むように移動を始めた。俺たちは抜剣する。
「……」
中央の一体が指さすと、数体がそちらの方へと移動した。
コミュニケーションを取っている。むろんこの程度のことはそれこそゴブリンやオーガであっても珍しくはない。陽動だってする。
だが、どうだ。違う。何かが違う。
腕を広げ、嘲るように口吻を震わせ、牙を剥いて打ち鳴らす。見ろ、見ろ、見ろ、こちらを見ろ。そう言わんばかりに。
「うしろッ!」
リオナが叫んだ。
気配を読むリオナの他にもうひとり。おそらく地を伝う違和感に気づいたのだろう。ベルナルドが真っ先に反応して、大地を突き破るようにして俺たちの背後へと静かに這い出した一体のグールを、斧槍の刃で薙ぎ払った。
「フンッ!!」
肉の拉げる音が響き、グールが勢いよく真横に吹っ飛ばされる。だがやつは空中で回転すると、両手両足で地面を引っ掻き、着地した。
「む……」
胸元が横一閃に裂けている。けれども傷口の大きさに対し、流れ出す血液の量が少ない。刃で払われたはずのグールだが、致命傷ではなさそうだ。
奇襲作戦が失敗したというのに、他のグールたちはおもしろがるように口吻を捲り上げ、傷ついた仲間を指さして奇妙な笑い声らしきものをあげている。
嫌な感じだ。知性が魔物のそれではない。人間に近しく感じられる。
ベルナルドが呻りながらつぶやいた。
「気をつけろ。皮膚が分厚い。斬った感触は、革鎧だ。それに、あたる瞬間、自ら空中に浮くことで、力を逃した。知能が高い」
「ベルの怪力でも仕留められなかったということは、頑丈さはオーガ並みか」
イルガがつぶやき、ベルナルドの背を守るように立つ。そうして気障なウィンクをしながら、中央に立っていた少女に語りかけた。
「しっかりしたまえよ、セネカ・マージス。時間がないぞ。人生は決断の連続だ」
「うっさいなっ。いま考えてたとこよっ」
セネカが指示出しをする。
「イルガとベルナルド、それとフィクスはここで八層への縄を死守。やつらを絶対に登らせないで。上にレティスたちが戻ったら縄を引き上げさせて。残りは強行突破してグールを引き寄せつつ、モニカの捜索に移る。――いいわね?」
正しい。ベルナルドは力こそあれど、俺以上の鈍足だ。モニカとオウジン、そして瘴気の状況を考えれば一刻を争う。同行させるより退路を確保させておいた方がいい。
そのベルナルドと最も息を合わせられるのは兄弟のように育ったイルガだ。このふたりを同時に相手取れば、正直俺とて油断はできん。
フィクスが弱々しい声を出す。
「ボ、ボクは捜索組に加わった方がいいんじゃないかな……。モ、モニカさんの状態を考えたら、瘴気の症状を発症するまでにあまり時間が――」
「だめよ、フィクス! あんたが要なの! その要が動いたら手分けできない! あんたのいる場所に、みんなが帰ってくるの!」
「そ、そっか。そうだね。こ、ここでイルガくんたちと踏ん張るよ」
リオナは言わずもがな。捜索に必須だ。ヴォイドと俺も必要なのはわかる。
だが。
俺は脇差しの切っ先を先頭のグールに向けながらつぶやいた。
「セネカ、おまえも残れ。力不足だ」
「うだうだ言ってる時間がもったいないからはっきり言うわ。エレミア、あんたが残るなら残る。行くなら行く」
思わず視線を彼女に向ける。
意味がわからん。
「誰が決断するの? あんたにはできなかったでしょ!」
ヴォイドが唇をねじ曲げて皮肉な笑みを浮かべた。
「ヘッ、俺ぁ賛成だ。つーか頼むわ、マージス」
「あったしも~。正直今回ばかりは自信ないや」
リオナまで。
どういうことだ?
ヴォイドが背負っていたブンディ・ダガーを装着する。
「てめえの頭は飾りかよ。ちったぁ考えろや。今回は瘴気っつう時間制限があんだろうが」
「だから何だ? そんなことわかっているから急いでいるのだろうが!」
「てめえには出来損ないの竜のとき、逃げ遅れたクラスのアホどもと心中しようとした前科がある。理解しろや」
リオナが俺の髪をくしゃりと撫でた。
「ワンコはこう言ってるの。エルたんにはリョウカちゃんやモニモニを見捨てる決断はできないって。いま頭で理解してたって、土壇場できっと迷う。セネカはそのための役割だよ。ここから先、彼女の言うことは絶対。いい?」
……俺は恥ずかしい。
人生二周目。本来であれば最も大人である俺がやらねばならない役割だ。だが、ああ。およそ一年。長くともに在りすぎた。
ブライズなら――だめか。弟子を見捨てたことなど、ただの一度もない。ブライズは強靱な肉体でどのような状況からも生還できた。だが、この若く脆弱なエレミーでは。
歯がみし、俺はうなずく。
「すまん……ッ、頼む……ッ」
「バカ、頭を下げるな。敵から目を離すな。指揮は命の責任を負うためにいるのよ。あんたのことは引き摺ってでも連れ帰るからね」
セネカが無言で指を三本立てる。ひとつ折って二本。ひとつ折って一本。そして拳。
真っ先にヴォイドが地を蹴った。遅れてリオナとセネカが、そして最後に俺が続く。狙いは正面。先ほど指示を出していたグールだ。
おそらくやつが集団の首魁。行きがけにこいつを殺せれば、イルガやベルナルド、フィクスの生存率が飛躍的に上がる。
それまで言葉でやりとりをしていた俺たちが、突然無言で攻撃に移るとは思ってもいなかったのだろう。やつらはまだ一歩も動けていない。
ヴォイドが吼えた。
「グオルァァァァァァーーーーーーーーーーー!」
ヴォイドが真正面からブンディ・ダガーの刃を突き出す。だがその右の一撃を、グールの首魁は片足を引いて掌で叩きながら逸らした。
やはり――!
武道だ。魔物との大きな違い。やつらには人類と同じく積み上げてきた武の途がある。だとするならば、この生物生息空間においてグールとは、俺たち人間に近しい存在なのかもしれない。
舌打ちをしたヴォイドだったが、足を止めることはなく後方にいた別のグールの頭部を左の一撃で叩き割りながら駆け抜けた。
「ギァ……ッ」
グールの首魁は仲間の死に動じることなく、走り抜けながら薙ぎ払ったセネカの剣をかいくぐり、その手を小さな彼女に伸ばす――ところを狙って、俺は脇差しの刃を振り下ろす。
「おお……っ!」
「――ッ」
一瞬早く手を引っ込めた首魁だったが、そのときにはもう遅い。背後で身を翻したリオナが制服のスカートに手を入れて大腿部からダガーを逆手で取り出し、背後からその喉笛を掻き斬っていた。
両足が力なく折れて、グールの首魁が崩れ落ちる。
そこに気を取られたグールたちへと、ベルナルドが斧槍を乱暴に薙ぎ払う。
「ぬんッ!!」
三体同時だ。吹っ飛ばされたグールの一体へと、イルガがロングソードを突き下ろしながら叫んだ。
「行け! ここは任せたまえ!」
足は止めない。俺たちは一丸となってグール集団の包囲網を突き破り、植物の生い茂る森へと走り込んでいった。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




