第247話 いざ参らん(第25章 完)
九層への入り口を発見した。八層までのそれとは違い、階段ではなかった。
地面を綺麗に四角く切り取って造られたかのような大きな穴だ。それも底が相当深い。一層から五層まで抜けていた、セフェクの空けた穴よりもずっと深い。角度は微かに斜面になっていて、見える底は相当小さい。
覗き込んでいたセネカが小さくつぶやいた。
「降りられないことはない、といったところね。ただ、この急斜面じゃ長い縄でもないと戻ってはこられない。アテュラが自身を脅かす敵の存在を知りながら九層以下に踏み込まなかった理由がこれなのかしら」
「そのようだ」
イルガが同じく覗き込み、顔を引き攣らせた。
縄があれば上り下りは可能だ。
だが問題は――……。
ヴォイドが顔をしかめて吐き捨てるように言った。
「んだこりゃ? なんでこの深さで底が見えてんだァ?」
そう。あり得ない。本来ならば黒で塗り潰されていなければおかしいはずだ。だがうっすらとではあるが、穴底が見えている。光が存在しているとしか思えない。
ベルナルドが細い目をさらに細めて言った。
「ふむ。光晶石の鉱脈、かもな。あるいは、魔晶石全般か」
魔晶石とは、魔力を秘めた晶石のことだ。
俺たちが腰からぶら下げている魔導灯に使われている光晶石はもちろんのこと、主に調理に使用される炎晶石や、稀少なところでは食材の保存に使われる冷晶石などがある。
当然、含有量や大きさ、純度によっては軍事転用も可能な代物だ。潤沢に存在するならば、例えば魔術師ではない者でも、炎を打ち出すことができるようになるだろう。剣の時代を生きた俺にとっては、少々苦い話ではあるのだが。
ちなみに王国に現存する魔晶石は、大体が北方に位置する友好国、トランド帝国から輸入したものだ。残念ながら王国からの産出記録はない。
イルガが歓喜に満ちた声を出しながら顔を上げた。
「すごいじゃないか! 世紀の大発見だ! 王国中の経済がひっくり返るかもしれない! 陛下もきっとお喜びになられる! やったぞ、諸君!」
「アホ。報告すんなら、ホムンクルス関連の施設をぶっ壊したあとだぜ。クソハゲ」
血走った目でヴォイドを睨み上げたイルガが、下唇を剥いて喚く。
「いちいち俺の髪のことを弄るのをやめてもらおうか、スケイル! そうやって俺にストレスを与えて本当にすべて抜けてしまったら、その先気軽に弄ろうにも弄れなくなってしまうのだぞ!」
「ククク。そんときゃ、後ろ頭叩きながら爆笑してやんよ」
「ありがとう。同情するくらいなら、いっそそうしてくれたまえ」
がっしりと肩を組んだ。一組中から笑い声が漏れる。
いや、仲いいな。あいつら。
だがひとりだけ、笑っていない者がいた。リオナだ。口元に手をあてながら目を見開き、穴底を見つめている。
やがてリオナが青ざめた顔で静かにつぶやく。
「……嫌だ。……行きたくない」
「リオナ? 何か見えたのか? 気配?」
リオナが穴底から俺へと視線を向けた。
「エルたん、やめた方がいいよ。あそこから先、違う世界があるみたい。ぞわぞわする」
「何か見えたのか?」
俺はもう一度同じ質問をする。
リオナは首を左右に振った。
今度はオウジンが尋ねる。
「気配? 僕にはまるで感じ取れないけど」
オウジンだけじゃない。俺や、ヴォイドもだ。深すぎる。
「違うよ。空気が異様なの。別の世界の空気」
「あ、あの、それって瘴気のこと、かな?」
横から珍しくフィクスが入ってきた。
一組唯一の魔術師という貴重な存在でありながらも、その温厚さからあまり主張をしない性格ゆえに、これには正直驚いた。
「わかんない。でも見て。あたしの腕」
鳥肌がすごい。
「瘴気ならボクも感じてる。すごく怖……いんだけど……、いや、正しくないかも。怖いというより、嫌な生き物……?」
「そう! ギーヴリー教官くらい生理的に受け付けない感じ!」
「うん。それだ。えと、ただ強いんじゃなくって、まるで、この世界の魔物じゃなさそうな……」
一組全員の視線がフィクスに集まった。
やつはおどおどしながらも、言葉を紡ぐ。
「た、たぶん、以前遭遇したあの出来損ないの竜が、一番近そう……かも」
「いる、というより、そいつらの世界だね」
リオナの補足に、フィクスもうなずいている。
フィクスのことはよくわからないが、俺はリオナの勘を全面的に信用している。だが、だからといってこのまま引き返す……か。
魔晶石は魅力的だ。それに――。
「エルたん?」
俺は慌てて掌で口元を隠し、セネカを振り返った。
「どうする、セネカ? 一組の指揮はおまえだ」
「そうね。不安だけれど、この目で見ないことには判断もできないわ。その不安の上でこの先暮らしていくのも嫌だしね。一組を分けましょう」
オウジンが首を傾げる。
「というと?」
「地下に魔晶石があっても、現状、騎士団への報告はできない。それはここが人工生命体の研究施設だからよね」
「うん」
「調査を終えた七層までに残る証拠は地底湖に沈めた石版だけ。八層はアテュラ任せでほとんど調査できていない。だからここで九層を探索するグループと、八層を探索するグループに分ける」
なるほど。建前としてはいいアイデアだ。
本音を言えば力不足のクラスメイトを九層以下に潜らせたくはないからだろうが、万一、八層に研究施設の証拠が残されていた場合は騎士団にそれを知られてしまう。八層に残る証拠を把握、あるいは隠滅するグループが必要なのも確かだ。
「わたしとイルガ、ベルナルド、それと三班の七名で九層を探索するわ。残りはレティスたち五班を中心に八層の調査よ。王国の今後が決まる責任重大な役割だから、絶対に見落としはなし。いいわね?」
「あいさーっ」
レティスがいつも通り元気に返事をする。
八層組と九層組にそれぞれ分かれる中で、フィクスとモニカがこちらにやってきた。
「待って、マージスさん。ボクも九層に降りるよ。たぶん、役に立てる……と思う」
「そうね。フィクスの知識と魔術はありがたいわ」
「あの、わたしも……」
チラチラとオウジンの方を盗み見ているが、オウジンはまるで気づいていない。
セネカがうなずく。
「わかった。あんた、女子で一番強いから助かる」
「オウジンさんのおかげ――」
「はいはいごちそーさま。いい人がいてうらやましいわ」
セネカは適当に流すと、ベルナルドの方を向いた。
「――ベルナルド、九層に降りるための縄をかけられる?」
「うむ」
ふいにセネカの視線がこちらに向けられた。苦笑している。
「あとエレミア。あまりニヤニヤしない」
「む……。バレてたか……」
ヴォイドが俺の頭を叩きながらベルナルドの方へと歩いていく。
「ククク。冒険ごっこを楽しんでんじゃねえよ、てめえは」
「エレミアらしいよ。僕も見習いたいね」
「エルたんはまだ子供だから」
オウジンとリオナが勝手なことを言っている。
「むう……」
俺は自らの頬を両手で挟んで揉んだ。
いやはや、この期に及んで未知の世界を体験できるとはな。年甲斐もなく心も躍ろうというものだ。
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