第235話 やりすぎですよ調査騎士さん
とはいえ、ニーナが困った立場になることも間違いないだろう。調査騎士が独断専行で王族を連行しただなどという醜聞は前代未聞なのだから。
そうだとも。俺の正体を暴いたところで、ニーナを含めて幸せになる人物などひとりもいないのだ。……ああ、アリナ王妃がいたわ。
このまま黙秘を続けてしょっ引かれ、調査騎士団が正式に組織ぐるみでノイ家の背景を調べ始めることが、考え得る中で最悪のシナリオだ。ならばいっそのことこのニーナ・ヤスクノヴァを引き込んでしまったほうがまだマシというもの。
やむなし、か。
俺の表情の変化に気づいたのか、ニーナが勝ち誇るように言った。
「どうやら覚悟が決まったようだな。名もなき少年」
「いいや。この先、覚悟を必要とするのは、おまえのほうだ」
王族だからな、俺は。そいつを知ったとき、彼女がどう反応するか。少々気の毒だが、楽しみでもある。
だが俺が語るべく口を開きかけたとき、ニーナは足裏を引き摺るようにして俺から少し距離を取った。途端に、見えていたはずの隙が消滅する。
やはり腕に覚えのある剣士のようだ。
「……そうか。わたしを消す気か」
「え?」
数羽の小鳥の鳴き声が、青空を流れていく。
「愚かな真似はよせ。わたしが死ねば〝戦姫〟殿が動く。わたしとおまえが今日ともにいることを彼女は知っているのだからな」
いやまあ、そうなんだろうけども。
「それにわたしとて騎士の端くれ。簡単に殺せるとは思わぬことだ」
やはりそこはかとなく漂うな。嗅ぎ慣れたぽんこつ臭が。こんなに鋭いのに不思議だ。ああ、しかし面倒臭い女だ。
俺は鞘ベルトを脇差しごと外して足下に落とし、横に蹴ってのけた。
「これでいいだろう。やる気はないぞ」
「ふん。まだどのような暗器を隠し持っているかわかったものではない。調査騎士を舐めるなよ」
俺は彼女を指さす。
「ポケットの中に忍ばせたナイフを手で握りながら吐く台詞とは思えんな」
「――っな!? ……んのことだか……な?」
いまさらポケットから手を出しやがった。狼狽がすごくわかりやすいな。両手の指を合わせてモジモジさせている。
だが俺が武器を捨てたためか、腰の剣に手を伸ばす素振りはない。こっちはきっちり、拾うのに秒もかからん位置に脇差しを転がしただけなのだが。
張り倒して逃げるのは簡単だ。しかし息の根を止めない限り、ニーナは今日のこの話を調査騎士団に持ち帰ってしまうだろう。だからといって、当然、殺害など論外。ならばやはり、引き入れるより仕方がないのだ。
俺は両腕を組んでニーナを見上げた。
「ノイ家のことだが」
「ようやく語る気になったか。嘘をついてもすぐにわかるぞ」
武装解除し、さらに素直に語り出したからだろう。何やら元気を取り戻したような顔をしている。上からニタニタと睨めつけて。楽しそうで何よりだ。
「オウルディンガム家がその正体だ」
「オ……?」
「オ・ウ・ル・ディ・ン・ガ・ム」
すべての感情が消し飛んだような表情で、ニーナが眉根を寄せた。
俺が遊びで国宝級の花瓶を割ったときに母ちゃんが見せた表情にそっくりだ。目に光がない。
「それはガリアの王族名だが。キミは当然わかっていて言っているのだろうな」
「知ってる。うちだ」
胸を張る。多少は王族らしくだ。
張った胸に右手を置いて。
「俺はガリア王国王位継承者第三位のエレミー・オウルディンガムだ」
「……」
反応がないな。まあいいか。ショックだろうし仕方があるまい。
構わず続けた。
「つまりエレミア・ノイとは、キルプ――父上が騎士学校に俺をお忍びで入学させる際につけた架空の姓名だ。だから居住地はあってもノイ男爵は実在していない。あるいはキルプス・オウルディンガムそのもの……おい、聞いているのか?」
「……」
ゆらり、ゆらり、ニーナが左右に揺れている。風が吹くたびにだ。
やがて無表情だった頬が、微かに吊り上がった。そうして右手を高く持ち上げて、空で拳を握り締め――唐突に俺の脳天に叩き落とした。
「不敬ッ!!」
「ぅだッ!? つぁぁ……。いきなり何しやがる!?」
かなり強めにだ。頭蓋の奥まで染み渡りやがる。
糞、油断した。殺気のない攻撃ほど避けにくい。
「くだらん妄言に偉大なるオウルディンガム国王陛下を巻き込むとは、決して許されることではないと知れ!」
「ええぇぇぇ……」
「たかが子供の妄言とはいえ、頭にきすぎて意識を飛ばすところだ! まったく!」
そ、そんなことを言われても困る。
まずいぞ。想定外だ。まさか信じてもらえないとは。
俺は王族の証となるものを身につけていない。そのようなものはすべて王宮に置いてきた。証拠がないのだ。考えてみれば、どこの誰かも知らん若造が王族を名乗ったところで誰が信じるか。
ダラダラダラダラ、汗が出てくる。止まらん。
「そもそもキミがエレミー殿下であるならば、今日だってイトゥカ将軍がひとりでいかせるはずがないだろう!」
「そ、それは、リリも俺の正体に気づいていないだけで……」
「――不敬ッ!!」
ヒッ!
空を貫きながら裂いて迫る〝不敬の鉄拳〟を、身を反らすことでかろうじて躱す。
「おい、それやめろ! あとで絶対後悔するからなっ!」
「ふざけないでもらおうか! ガリアの英雄を白痴扱いとはいい度胸だ! 寝食をともにして気づかぬことなどあるものかッ!!」
ごもっとも。だが本当なのだが。
しかし、これはもうだめだ。進退窮まった。
だ……誰……誰か……、……誰か助けてぇぇーーーっ!!
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