第22話 揃いも揃って我が強い
こめかみを掌で押しながら、俺は頭を振った。
「落ちたか……。糞、どこまで落ちた……?」
クラスメイト全員でだ。崩落に巻き込まれた。
幸い、全員が腰に吊るしてきた魔導灯の半数程度は無事だ。
俺は転がっていた誰のものともわからない魔導灯を拾い上げ、天井を照らすように掲げて見上げた。
天井には大穴が空いていて、その下には石混じりの砂山が聳え立っている。俺たちは砂山の斜面に落ちたおかげで、どうにか落下の衝撃が分散され、生きていられたようだ。
「……」
上は抜けている。真っ黒な口を開くようにだ。目を凝らしても岩石の天井は見えない。
つまりだ。ああ。
「これ、二層どころじゃないよねぇ~」
「何層なのかもわからんな」
ミクが平時と変わらぬ物言いで、いつの間にか俺の横に立っていた。
こいつは本物の猫のようだ。足音どころか気配すらろくにつかめん。剣聖の五感を持ってしてもだ。
ちなみに、ミクが無事であることは知っていた。
こいつが落下の最中、やはり猫のように身軽に瓦礫を蹴って下層の端っこに足を掛けて勢いを殺し、また落下して次の層に足を掛けて再度勢いを殺し、何度かそれを繰り返した後、最後は砂山の斜面に両足から着地して滑り下りたのを見ていたからだ。
おっそろしい小娘だ。前世の俺でもできんぞ、あんな芸当。
「あのバケモノは? やつも落下したはずだ」
拳から沈んでいくところを見た。
嗤いながらな。
「見た感じ、いないみたいよ。床抜けたからびっくりして逃げたのかもねぇ」
「そんなかわいらしいやつには見えなかったが。まあ、いないならその方がいい」
それにしても。
俺は周囲を見回す。
これは大変なことになった。クラスメイトたちのことではない。それも大変だが、ダンジョンの造りが変化している。壁もフロアも苔むしてはいるが、均されているんだ。
自然ダンジョンではない。未発見の人工ダンジョンだ。それも規模は不明。おそらく教官たちも知らなかったはずだ。
「こんなものが王都ガリアントの近く、レアン近郊にまだ残っていたとはな。キルプ――陛下が知ったらひっくり返るだろうな」
「だよねー……」
だが、それだけに救われる可能性は高い。階段の存在だ。自然ダンジョンに階段は設置でもせねば存在しないが、人工ダンジョンならば上層階へと続く階段が必ずあるからだ。地震や風化などで埋もれていなければ、だが。
「ああん、そんなことよりエルたんが無事でよかったぁ~。ケガとかなぁい?」
「問題ない。おまえと同じように衝撃を殺しながら落ちたし、最低限の受け身は取った」
少々無様な格好ではあったが、まともに叩きつけられるよりはマシだ。
「わおっ。やるじゃぁ~ん」
近くから、あからさまな舌打ちが聞こえた。
「めちゃくちゃしやがるぜ。これが学生に課すカリキュラムかよ。やりすぎだろ」
瓦礫を押しのけるように、ヴォイドが起き上がった。
擦り傷だらけだが、どうやら無事らしい。
ミクが手を振った。
「やっほ、ヴォイドも無事だったのねぇ~」
「……ふん。てめえほど器用じゃねえがな、オルンカイム。どうやらちっと寝ちまってたようだ。どれくらい経った?」
「ほとんど経ってないよぉ」
正確に何層まで落ちたかは不明だが、これで擦り傷程度ならその肉体の頑丈さは驚嘆に値する。
「ミクって呼んでいいよぉ? 同じパーティだから特別にっ!」
「……」
無視だ。
ミクが不満そうな顔をしている。
そんな彼女を一瞥すらせず、ヴォイドが吐き捨てた。
「他の班はほぼ壊滅かよ。使えねえやつらだな」
ヴォイドが髪についた砂を払いながら周囲を見回す。
俺はため息をついて教えてやった。
「死んでるやつはいなそうだが軽傷が大半。それと、いまにもくたばりそうなやつが一名だ」
俺の視線の先には、例のバケモノによって胸を穿たれた男子生徒の姿がある。気絶でもしているのか寝そべってはいるが、胸が微かに上下している。だが呼吸がうまくできていないようだ。時折血を吐いている。
数名の生徒らが懸命に処置しようとしているが……前世からの経験上、医療魔術師でもいなければダンジョン脱出までは保たないだろう。
「ああ。あの死にたがりのボケのことか。くく、まぁだ生きてやがるたぁしぶといぜ。運だけはいいみてえじゃねえか。先走り野郎のせいでクラス中が迷惑被ったってのによ」
「やめろ、ヴォイド。どのみちバケモノとの遭遇は避けられなかった」
あのバケモノからは明確な敵意のようなものを感じた。例の男子生徒が襲いかからずとも、おそらく戦いにはなっていただろう。
ヴォイドが肩をすくめた。
「ノイ坊はお人好しだな」
「誰が坊だ」
だが、ヴォイドの言う通り、あのケガで落下死を免れたのは、かなり運がいい。
あるいは誰かが落下の衝撃から助けたかだ。己の身を下敷きにしてな。そんな殊勝なやつがこのクラスにいるかは知らんが。
ふと気づくと、ヴォイドの制服の袖がわずかに赤く染まっていた。
「ヴォイド、ケガをしているのか?」
「あ~? 口ん中切っただけだ。汗を拭ったときについちまったんだろ」
拭いたときについただけ、か。
まったく。お人好しはどちらなのか。
ヴォイドが会話を進めるように周囲を見回す。
「んーで。見たとこ不明者が一名かよ。あのバケモノの姿はねえな」
「その不明者というのは、まさか僕のことじゃないだろうな」
魔導灯の光の範囲外、闇の中から小さな黒髪の少年が姿を見せた。
腰には刀を佩いている。
「へっ、てめえも無事だったかよ、優等生。なかなかしぶといじゃねえか」
リョウカ・オウジンだ。
驚いた。無傷だ。服に汚れさえついていない。ミク並みの芸当ができるのだろうか。
「優等生はよせ。僕は周囲を偵察していただけだ」
「くかか、そういうとこだよ、優等生」
オウジンが顔をしかめた。
「こんな状況だ。キミこそ少しは緊張感を持ったらどうだ、不良」
「ああ? ダリィこと言ってんなや」
ヴォイドが同じように顔をしかめると、オウジンは呆れたようにため息をつくのだった。
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