第213話 戦姫連行(第21章 完)
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助かっております。
結局のところ、レアンダンジョンで発見した古代のものと思しき魔導錬金設備については答えが出せないまま、俺たちは帰還せざるを得なかった。
その場に俺たち以外の何者も近づけさせない離れ業ができそうなのはアテュラくらいのものだが、そのアテュラも見当たらないとあってはどうしようもない。
来週には二組のカリキュラムが開始される。やつらがどこまで進んでいるかはわからないが、イルガたちが発見した設備のある八層に辿り着くまでがタイムリミットだ。
そうなると俺たちは、今週中にもう一度、隠蔽のために少人数でレアンダンジョンに潜らなければならない。当然、授業のある平日は不可能だ。
唯一の救いは、リリが隠蔽に加担してくれていることだ。うまくすれば週末、リリを加えたパーティで潜ることができるかもしれない。
最初の拠点へと向けて五層を撤退中、疲れてうつむきながら歩いていたリオナが前髪を跳ね上げた。それだけでわかる。敵が近いのだと。
だが俺たちが警告をするより先に、五班のレティスが叫んだ。
「イルガくん、気をつけて! 前から敵がきてる!」
「ん? あ!」
先頭を進む一班が、大地を揺るがし迫るオーガ五体の急襲を受けた。鉄塊剣のぶん回しを先頭のイルガが剣で受け止め、あえて全身を浮かせることで、かろうじて受け流す。
「ぐ……!」
俺たち三班を除く全員が抜剣した。
着地と同時に口をすぼめて息を吐き、イルガが叫ぶ。
「挟むぞ、フリクセル!」
「は、はい!」
イルガとモニカが同時に左右に散り、オーガを牽制するように剣を振った。その間にセネカは慌てた様子すら見せず、陣形を組み立てる。
慣れたもんだ。初めてダンジョンに潜った日が、まるで遠い日のように思える。それこそ俺がブライズとして戦っていた日々のように。遠く。
「ハッ!」
鉄塊剣を持ち上げて振り下ろそうとしたオーガの腕の付け根を、イルガが素早く切っ先で貫く。嫌がるオーガが半歩後退した瞬間、モニカが微かな風切り音だけを残し、身体を柔らかに回転させながら刀を振り切った。
パン、と血が弾けて、オーガの腕が落ちる。骨ごと断った。
「でき……た……?」
――ガアアアアァァァァァァーーーーーーーーーーーーーッ!!
変則だが、ほぼほぼ岩斬りだな、あれ。
考えたな。回転で速度と引きを同時に行ったんだ。もっともその分、刃を入れる角度が難しくなるだろうから、百発百中とはいかないだろうが。
俺がオウジンの脇腹を肘で突くと、オウジンはあんぐりと口を開けてモニカを見ていた。モニカが身体を回転させるたびにスカートが浮くからだろうか。このむっつりサムライめ。
イルガやモニカの剣術が三班を除く他の生徒より優れているのはわかる。
ベルナルドが人並み外れた怪力で、突進してきたオーガ三体を一気にハルバードで薙ぎ払って壁に叩きつけたのも、まあぎりぎりでわかる。
驚いたのはフィクスだ。
やつは触媒用の油ランプを手に、まるでケメトのように自らのレイピアから無数の炎弾を射出した。大きさこそ拳大程度だが、それらはまるで意志を持つ生物であるかのように軌道を曲げて、回避しようとしたオーガにも次々と命中する。
どうやらまたひとり、化けたらしい。どんどん強くなるな。この一組は。
弾けた炎を突き破るように、イルガやモニカ、それに続いた一班が斬り込み、あっという間に五体のオーガは生焼けの骸と化した。
セネカが剣を収めてつぶやく。眉間に皺を寄せてだ。
「五層にオーガが出てきたのは初めてね」
ベルナルドが深くうなずき、いつものようにゆったりとした口調でつぶやいた。
「うむ。食糧として、ゴブリンを狩りに、きていたのだろう」
「わたしたちがゴブリンを減らしすぎたから、階層をあげてきた可能性はない?」
だとしたらダンジョン外に溢れるのは時間の問題だ。
だが、ベルナルドは首を左右に振った。
「おれたちは、オーガも減らしている。規模の縮小こそあれど、生態系は、壊れてはいない」
「そっか」
浮かない顔でそうつぶやいたセネカの頭に、ベルナルドが大きな手をのせる。
「いずれにせよ、考えすぎる必要はない。ヒトもまた、生態系の一部だ」
「そうだね。――よし、じゃあ撤収続行よ! ほらほら、座ってないで立って! あんまり遅いとイトゥカ教官に叱られるわよ!」
一息ついていた生徒らが立ち上がり、再び一班を先頭にして歩き出す。
途中で行き違うように這いずる小さなスライムを見たが、やつは俺たちには目もくれず、生焼けオーガのある方角へと一直線に進んでいた。
そこから先は特に危険なこともなく、俺たちは最初の拠点へと戻ってくることができた。そうして全員で縄ばしごを上がり、第一層の集結地点へと進み――。
「あれ?」
その違和感に最初に気づいたのは、やはりリオナだった。
一班を追い抜いて小走りで進んでいる。さすがにもう危険はないだろうが、少し気になった俺たちもリオナのあとを追った。
そうしてようやく気がついた。
リリがいるべき場所に彼女はおらず、代わりにふたりの男女が立っていたことにだ。
一組全員が戸惑ったような顔をしていると、中年の男性教官が口を開いた。
「まずは、よくぞ無事に戻った。一組諸君。知っている者もいるとは思うが、私は三組の教官グスウェルだ。ここで待っていたのがイトゥカ教官ではないことを不思議に思っているだろうが、まずは彼女の説明を聞くがいい。――よろしくお願いします。ロンガース秘書官」
その隣の女性が同じく口を開いた。
グスウェル教官とは違い、見覚えのない教官だ。年齢はグスウェルと同程度か。歳は取っていても、背筋の伸びが美しい。
「調査騎士団王都本部で秘書官をしているメルヴィル・ロンガースよ」
知らん。
ブライズ時代にもいたのだろうが、調査騎士団とはとんと縁のない人生だったからな。
「現在、イトゥカ教官にはとある嫌疑がかけられており、聞き取り調査のためにレアン支部にきていただいています」
俺は眉をひそめて聞き返す。
「それは、リリが調査騎士団に連行されたということか?」
俺の発言に、一組がどよめいた。
調査騎士団はその名の通り、王国騎士団そのものを取り締まる組織だ。外敵を討つ外征騎士団や、都市防衛や治安維持にあたる巡回騎士団とは役割が正反対。
つまり、それは――。
「あなたが噂のエレミア・ノイくんね。アランカルド小隊長から話は聞いているわ。十歳なのにとても優秀な――」
「おい! そんなことはどうだっていい! リリにかけられている嫌疑とはなんだ!?」
「落ち着け、エレミア」
ロンガースに食ってかかろうとした俺の肩に、イルガが手を置く。
「リリ・イトゥカには現在、共和国軍との内通疑惑がかけられています。確定した場合には死罪は免れないでしょう」
悪い夢のような言葉に、頭が真っ白になった。
死罪。リリを。待て。待て待て待て。なんだ、それは。
「そのようなことがあるものか! あいつはこの国を救った英雄〝戦姫〟だろうが! これまであいつがどんな想いで戦ってきたと思ってやがるッ!」
「ですが、彼女は王国を守るための剣をすでに捨てています」
それは、俺が間抜けにも死んでしまったから――ッ!
歯がみする。
「ふんぞり返って安全な場所から戦争を見てただけの調査騎士が、勝手なことを言うなッ!!」
「……それが我々の仕事ですから。今回も同じくよ」
次の瞬間には眼前は怒りで真っ赤に染まり、ロンガースに飛びかかった俺はイルガやヴォイドたちに取り押さえられ、地面に押しつけられていた。
――ふざけるなッ!!
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