第212話 剣聖は鶏肉派
サビちゃんとの口裏合わせが済んだあと、俺たちは疲れた肉体に鞭打つように走り続け、新たに知った出口からレアン地下上水道を脱出した。
傾く太陽の下、蛇行する川沿いを上流へと足早に進む。
正直もう身体が重い。だが俺が遅れればいつも勝手に抱えて走るヴォイドもまた、今回に限ってはその体力はなさそうだ。
ブンディ・ダガーの先端が突き刺さる壁の亀裂を探しながら水流を遡ってきたんだ。その疲労は俺の比ではないかもしれん。
オウジンがつぶやいた。
「まずいな。もう夕刻だ」
「あ、光っちゃった。バレたらリリちゃんに叱られちゃう」
リオナが自身のダガーに刻まれた、王立レアン騎士学校の紋様に視線を落としながらそう言った。
魔法によるダンジョンカリキュラムからの撤退サインだ。
「まだ焦る必要はねえだろ。今日の探索は七層の残りと八層だ。やつらも五層の元拠点までは時間がかかる」
「そっか」
そうこう言っているうちに日が暮れて、俺たちはようやくゴブ穴へと戻ってきた。狭いゴブ穴を最初に俺が抜け、オウジン、ヴォイドが続く。最後にリオナが降ってきた。
みんなもう泥々だ。俺に至っては返り血塗れときたもんだ。
「急ごう」
ようやっと、俺たちが最初の拠点と呼んでいる場所にまで戻ってきたときにはもう、一組の面子はすでにそこに揃っていた。
だが少し様子が変だ。
「エレミア!」
俺たちを見つけたイルガが、叫んで駆け寄ってきた。
「無事だったか! 心配したぞ!」
「ああ。おまえたちこそ大丈夫か? 誰も欠けていないだろうな?」
「……」
「おい?」
イルガが頭を振った。
「いや、大丈夫だ。欠けてはいない。ただ――」
口ごもっている。
「誰か怪我でもしたのか!?」
「そういうわけでもない。あっても軽傷程度なのだが――」
「はっきり言え! 引き抜くぞ、おまえ!」
少し離れた場所ではセネカを中心にして、全員で何かを話し合っていた。
イルガが口を開く。
「……八層で魔導錬金設備らしきものを発見してしまった」
「な――っ!? そ、それはホムンクルスの製造設備ということか!?」
「ああ、いや。むろんすでに風化していて使い物にはならない。金属も触れば砕けるほどに腐蝕している。けれど、共和国の魔導錬金術が王国の遺跡から発見されるのは都合がよくない」
以前、地底湖にヴォイドがその存在を指し示すプレートを投げ捨てたことで、その可能性は高いとは思っていたが、まさか現物が早々に出てくるとは。
リオナがつぶやく。
「アテュラはなんて言ってた? 彼女は知ってたのよね?」
そうだ。アテュラだ。
共和国の研究施設から逃れた最初のホムンクルスである彼女がレアンダンジョンを訪れていたことは、やはり偶然ではなかったのかもしれない。
イルガが首を左右に振る。
「いなかった。いや、実際にいなかったのか、俺たちの前に姿を現さないだけなのかはわからないが、少なくとも見てはいない」
そう言ってやつは一組の面々を振り返った。
「いまはご覧の通り、マージスを中心に全員で報告をすべきか話し合っているところだ」
頭痛を堪えるようにこめかみを揉みながら、イルガが視線を戻す。
「どのみち学校のカリキュラムが終わればダンジョンは調査騎士の手によって解析がなされるだろう。俺たちがここで隠蔽したところで、陛下の耳に入るまで時間の問題だ。むしろ報告を握りつぶしてしまうことのほうが問題になりかねない」
キルプスを信じてすべてを話すか、あるいは一時であっても隠しておくべきか。
ヴォイドが舌打ちをして、吐き捨てるように言った。
「面倒くせえ。跡形もなくぶっ壊しちまおうや。フィクスがいりゃあできんだろ」
そうだ。本物の炎を持ち込めば、フィクスならばそれを利用して完全に灼き払うことができる。しかし犯罪に手を染めさせてしまうのは気の毒だ。
何にしても、今回もまた以前と同じように棚上げしておく他なさそうだ。
「セネカ!」
俺が呼ぶと、人混みの中心からセネカが小走りでやってきた。
「おかえり、三班。ケメトは討てた?」
「ああ、おまえのおかげだ」
「あたしの? 何もしてないけど? どうやって倒したの?」
わかっていないらしい。自身が放った無自覚な言葉が、どれほどあのホムンクルスの精神を追い詰めていたかを。女は恐ろしい。
「ああ、それは――」
実のところ、今回俺がケメトの動きについていけず、やつの関節を狙えなかった場合には、他にもやつを斬る方法を考えていた。
一つ目は言うまでもなく、岩斬り。
二つ目は、やつの動きに合わせて硬化できない関節部位を斬ること。今回はこれで対処できた。
そして使わなかった三つ目は、相打ちでの岩斬りだ。
そう語ると、リオナが俺の頭に突然しがみついてきた。
「相打ち!? エルたん!? そんなバカなこと絶対に考えちゃだめよ!」
「ふが!? 待て、最後まで聞け!」
俺はリオナを押し離す――が、やっぱりこういうときだけ力が強い。
ぐぎぎ、何なんだこいつぅ! てか疲れすぎてて自力じゃ今日はもう無理だ!
「あ、相打ちにはならん! 絶対にだ!」
「興味があるな。それはどういう意味だ?」
今度はオウジンが食いついてきた。
いいから先にリオナを引き剥がして助けてくれ。
ヴォイドに視線をやると、あっさりと逸らされた。金にならないからか、あるいは疲れているからか。よし、諦めよう。
仕方なく力を抜いた俺は、されるがままで語り出す。
「やつはセネカの呪縛で死を極端に恐れるようになった。だから敵が己の攻撃を食らう前提で確実に刃をあててくる方法があると知れば、必ず自ら引く。これは必ずだ。そこに岩斬りをあてる隙が生まれる」
リオナの頬が俺の頬を何度も擦る。
猫のニオイつけか。
「なるほど。あのときの僕には思いもつかなかったが、東方の言葉でそれは〝死中に活を求む〟というんだ」
「ほう。なかなかうまそうだな。オークか? ミノタウロスか? 俺はコカトリス派だが、ワイバーンも捨てがたい」
そう言えば腹が減った。今日は昼食どころではなかったからな。
「エレミア、いきなり知能が……」
「?」
「あー、いや、シチューとカツの話じゃない。死に飛び込むことで生をつかむ。キミのおかげでいまようやく言葉の真意を理解できた気分だ。感謝するよ」
ヴォイドがこめかみに指をあてて、呆れたようにつぶやく。
「薄々気づいちゃいたが、だいぶ狂ってやがんな」
「うんうん。わたしもそう思う」
珍しく、ヴォイドとリオナの意見が一致した。
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




