第20話 このパーティには問題児しかいない
しかし――。
どうやら俺たちを除く大半が、ちゃんと昨日のうちにパーティを組んでいたようだ。みんな迷いなく四人一組に分かれていく。
ミクの頬ずりを甘んじて受け容れながら、俺は周囲の様子を眺める。
いや、まだだ。ヴォイドとオウジンはその場に立ったままだ。
パーティを組めなかったのか、そもそも組もうともしていないのか。両者とも特に慌てた様子はなく、ヴォイドは大あくびをしながら、オウジンは両腕を組んで静かに目を閉じて瞑想している。
ヴォイドとオウジン。あまりが二人。
そしてここには二人パーティの俺とミクがいる。
「……頼むぞ、勘弁してくれ……」
ああ、嫌な予感がするぞ。この猫娘だけでも邪魔臭いというのに。
そんなことを考えた瞬間、俺の頬に湿った舌が這った。
「なめるなっ!? おまえ、さすがに一線を越えすぎだぞ!」
再び顔面をつかんで押し返した。
「えっへっへ。ついつい。おいしそうだったもんでぇ?」
「獣か!」
「だってぇ、エルたんってば、あたしのこと見てくんないんだもん。不良とか留学生の方ばっか見てさ。反応ないとつまんなぁ~い」
何という高度な嫌がらせだ。好きにさせたらさせたで文句を言われるとは。おまけに反応が欲しいだなどと、俺にどうしろというのだ。
いや、そのようなことよりもだ。
俺たちは人数の足りない二人組だというのに、ミクもまた気にした様子はない。こいつは馬鹿なのか手練れなのか、実に判断に困る。
ミクが唇に人差し指をあてて、目を細める。
「そーだ! ねーねー、一緒に獣になるぅ? あたしの部屋でぇ?」
「ならん!」
獣になるのは戦場だけで十分だ。つかこいつは十歳のガキを相手に何を言っているんだ。
リリがあからさまにどでかいため息をついた。そうして口を開く。俺が最も聞きたくなかった言葉を吐くためにだ。
「ヴォイド・スケイルとリョウカ・オウジンのふたりは、ミク・オルンカイムとエレミア・ノイのパーティに入りなさい」
これだよ……。
だが不良は半笑いで言い返す。
「必要ねえ。てめえ以外は全員足手まといだ。俺は誰とも連むつもりはねえ。貴族の坊ちゃん嬢ちゃんのお守りなんざご免だぜ」
その言葉に、クラス中がどよめいた。男子の多くがヴォイドに敵視を向ける。場がひりつくように殺気だった。
だが当の本人はどこ吹く風だ。
いや、ヴォイドの視線の先にはミクがいる。あいつはなぜかミクを警戒するように睨んでいる。
閉じていた目を開いて、オウジンが言った。
「僕にも仲間は必要ありません。ご心配なく。ある程度の剣術ならば故郷ですでに身につけています。もちろん英雄のブライズ殿や戦姫と名高い教官ほどではありませんが」
不良と優等生、高身長と低身長、動と静、そんな比較的正反対に見えるふたりに、全員の視線が集まった。
ヴォイドが威嚇でもするかのようにオウジンを見下ろす。
「へえ? 気が合うじゃねえか。俺もおまえみてえな優等生と組むのは勘弁願いてえな。堅苦しくていけねえ」
「……」
「ククッ、涼しい顔で無視かよ。度胸が据わってんなァ」
リリが告げる。わずかに苛立ちを含め、声色を落として。
「三度目は言わない。ふたりともオルンカイムのパーティに入りなさい。それが嫌ならダンジョンカリキュラムへの参加は認められない」
生徒間のみでひりついていた空気が、その瞬間一気にリリに呑まれた。彼女の苛立ちが凄まじい剣気となって、この場の全員にのしかかったんだ。
四人組をすでに組んでいる他の生徒らまでもが、その重圧に息を呑む。
「……ッ」
「~~っ」
これが戦姫と呼ばれるようになったリリの威圧か。
くく、なかなかどうして大したものではないか。元剣聖のこの俺ですら、ちょっとチビリそうになっただろうが、馬鹿弟子が。
十歳だからな。仕方ないんだ。
だがそれが現在の俺とリリの実力差なのだろう。泣きそう。
オウジンは一つため息をつくと、表情は変えずにこちらに歩いてきた。
その後をヴォイドがかったるそうに続く。どでかい舌打ちをしながら。
「めんどくせえ」
こっちの台詞だ。こりゃあ、誰ひとりとして連携が取れそうにない。先が思いやられるな。
だが、俺たちが四人一組に固まると、リリは満足げにうなずいた。
「ダンジョン内はクラス単位で動こうが、パーティ単位で動こうが、あなたたちの自由よ。そういったことを考えるのも含めてのカリキュラムだから。ただし、行動する際の最小構成人数は四人一組よ。それ以下には単位を与えないから気をつけなさい」
釘を刺されたヴォイドは不満げに視線を背ける。オウジンの方はあきらめたのか、静かに話を聞いている。
リリが続けた。
「それと誰かがケガを負った場合には、全員でその者を助けること。凶暴な魔物魔獣はすべてわたしたち教官が倒し、いまは解き放った魔法生物だけになっているから、それほど心配はないと思うけれど。それでも気は弛めないように」
全員がうなずく。
いや、ヴォイドとオウジンを除いてだ。
ヴォイドは憮然としているし、オウジンは再び目を閉じて瞑想をしている。
東方の剣術は俺にはわからないが、精神のあり方に重きを置くと聞く。だとするならば、ブライズの精神論根性論とも共通して――はいないか。
俺のはただの暴論や我が儘の類だからな。
リリの声だけが第一層に響く。
「これはあくまでも経験を積むための実戦的カリキュラムだから、目的は――そうね。第三層の最奥にある鉄扉に刻まれた古代文字の確認。古代文字を読めない者はメモを取ってきなさい」
一度言葉を切って、リリが俺たちの顔を見回した。
そうしておもむろに片手を挙げ、彼女は朗々と告げる。
「それではレアン騎士学校高等部一年一組! レアンダンジョンの探索を開始する!」
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