第206話 剣聖が呪いの人形
第1巻発売中です。
何卒よろしくお願いいたします。
追記
誤字報告いつもありがとうございます。
助かっております。
サビちゃんが頭を振る。そうしてため息をつき、疲れたようにつぶやいた。
「ま、そこらへんの事情はあなたたちには関係なかったわね」
いや、関係ある。
サビちゃんにとっては仲間の仇討ちでもあるのだろうが、俺やキルプスにとってはそれ以上。この先、王国民数十万の命に関わってくる事情だ。だが説明はできない。身分を明かすわけにはいかないからだ。
黙っていると、サビちゃんが続けた。
「あなたたちがここにいる理由は、たぶん騎士学校の生徒だから停戦協定にヒビが入るかもと考えての行動だと思うけれど、安心して。殺されたのはみんな平時からの騎士よ。一般市民ではないから、陛下が開戦をご決断される理由にはならないわ」
リオナがぽつりと漏らす。
「でも民の不満は積み重なる……よ」
重い言葉だ。リオナは王国の英雄〝戦姫〟を殺すため、騎士学校に潜入していた共和国の暗殺者なのだから。これが成っていたら、開戦は確実に避けられなかっただろう。世論はもちろんのこと、キルプスの心情的にもだ。
けれど事情を知らないサビちゃんは首を左右に振る。
「だとしてもよ。話はこれでおしまい」
ぴしゃりと対話を打ち切られた。
仕方がない。ここは一旦退くふりをして捜索を続行するか。時間がないというのに、ますます動きづらくなるな。
そう思い、口を開いた瞬間――オウジンが片手を俺の顔の前にやって言葉を止めた。
「サビちゃん先生。僕らの力は必要ありませんか?」
「ないわ」
今度はオウジンが口を開く前に、ヴォイドが含み笑いをする。
「じゃああんたはなぜ、単独で俺らを追ってきた? 仲間を引き剥がしてまでよぉ?」
「それはあなたたちと知らなかったからよ。別に仲間に内緒で学生の助力を乞うために追いかけたわけじゃ――」
「――いやいやいや、そういうことじゃねえよなァ? 論点ずらして誤魔化そうとしてんじゃねえよ」
サビちゃんが何かを言おうとして口をつぐみ、小さく呻った。
代弁するようにオウジンが口を開く。
「サビちゃん先生は、同じ隊に所属している騎士たちの力を信用していないのでは? 彼らではケメト戦に出たところで無駄死にだとわかっているから」
言われてみればそうだ。
本来サビちゃんには班の仲間を置いて俺たちを追いかける理由はない。ましてや俺たちと気づかず、ケメトであると勘違いしての追跡だったのであれば、なおさらのこと。
ちゃんと連携を取って挟み撃ちにするならともかく、サビちゃんの仲間はみな馬鹿正直に後ろから追いかけてきて、馬鹿のように気づかず通り過ぎただけだ。
「僕らから言わせてもらえば、いくらサビちゃん先生でもホムンクルスを相手にひとりでは無駄死にだ。先生が騎士の仲間たちに感じたことを、いま僕らはあなたに感じている」
「アタシだけじゃ勝てないってこと? 言ってくれるわね」
オウジンが礼儀正しく腰を折り、頭を垂れた。
「だからお願いです。助けさせてください。まだ、あなたからは学ぶべきことがある」
俺とリオナがそれに倣い、頭を下げる。
ヴォイドがニヤけ面で肩をすくめた。
「だとよ。ん~で、あんたはどーすんだ、騎士のねーちゃんよ?」
サビちゃんがヴォイドに視線を向けてしばらく――やがて根負けしたように苦笑いを浮かべた。
「降参。上官伝手に聞いてはいたけど、あなた本当に厄介な子ね、スケイル。あの〝戦姫〟が手を焼くわけだわ」
俺はヴォイドを見上げて尋ねた。
「前々から聞きたかったんだが、おまえ戦時中リリに何をしたんだ?」
ヴォイドが思い出したように笑った。
「別に大したこっちゃねえよ。あの女が俺に、単独で無謀な突撃をするのはやめろってしつけえからよ、あえてそれまで以上に突撃しまくってやっただけだ。どうせあいつが助けにくるだろうからな」
「おま……」
絶句した。
「クク、おかげでがっぽり儲けさせてもらったぜ」
とんだ災難だったな、リリ……。
想像していたのと「手を焼く」のレベルが違いすぎた。
……いや、待て。よくよく思い出したら、俺もリリにそれをよくやらされてたか。因果応報ではないか。
ヴォイドの視線がサビちゃんに向けられる。
「んなわけでよ、あんたにゃ迷惑はかけねえ。あんたは俺たちにここで遭ってねえ。仮に俺たちがケメトを討っても、あんたの手柄だ。これで共闘としゃれ込もうや」
珍しいな。ヴォイドが手柄を譲るなど。カリキュラムをふけての秘密行動な上に、自ら国家機密に触れにいく行為だ。さすがに今回ばかりはキルプスへの報告もできないし、報酬も入らないからだろうか。
儲けの多い学園生活を保つためと思えば、ただ働きもやむを得ずといったところか。あるいはただ単にヴォイドの中の聖人が顔を出しているだけなのか。
サビちゃんの視線がひとりひとり順番に向けられていく。
「手柄はどうでもいいわ」
察知能力の高いリオナがいれば、ケメトから不意打ちを受けることは絶対にない。
オウジンの技量ならば、硬化したホムンクルスを斬れるのは実証済みだ。
ヴォイドは誰より多く戦闘経験を積み、ベテラン騎士以上に場慣れしている。
「……」
サビちゃんの視線が俺で止まってしまった。
いや、わかる。わかるよ。十歳だしな。
察知能力はリオナに劣る。剣技でもいまのところまだオウジンには勝てない。前世の経験があっても肉体がチビてしまってうまく活かせない。
やめろサビちゃん、俺を見るな。これでも剣聖だぞ。戦姫を育てたのは俺だぞ。
サビちゃんの真っ赤な唇が動いた瞬間、俺は大声で言葉を塗り潰してやった。
「俺は、その、がんばるぞっ! すごく、すごくだ!」
「エルたん、可哀想に語彙力が……」
そうつぶやいたリオナが、俺の頭に手を置く。
「あの、騎士のおねーさん。この子、基本的に言うこと聞かないんで、むりやり追い返してもたぶん勝手に戻ってきちゃいますよ」
「クク、んだそりゃ? 呪いの人形かよっ。……ぼく、エルたん。いま、あなたの背後を取ってるの……てか? ぎゃはははははっ! クク、コエー!」
ヴォイドォォォ! 俺がブライズだったらおまえいま拳骨ものだぞ!
「あっは、あたしの部屋においでよ。歓迎するよ、エルたん人形さん」
「ふふ。ふふふ、でもエレミアの人形に背後を取られるのはゾッとしないね。武器持ってそうだし」
「言えてるー! あははは!」
笑うな! と思ったら、サビちゃんまで肩を震わせて笑っていた。
ヴォイドが意地の悪い笑みで言い放つ。
「ま、あんたも貴族街の戦闘で見たんだろ。こいつはガキだが意外性の塊だ。簡単に死にゃしねえよ」
「僕の剣技を見ただけで再現して、セフェクの腕を断ったのもエレミアだったしな。才能は僕よりあるね。あとは戦場での知識や判断力も侮れないな」
サビちゃんは少し躊躇いつつもうなずいた。
「ショタちゃんのことはわかってる、わかってるわ。だけど、絶対にむちゃだけはしないで。他のみんなもよ。危なくなったら逃げること。騎士は死なせても学生は生きる。いいわね?」
「おう!」
サビちゃん。
やっぱりい~い女だなぁ~。
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




