第204話 地下上水道での再会
地下上水道を駆ける。リオナを先頭に、息を切らさぬ程度に速度を維持して。
四人分の足音と水流の音だけが響く中、魔導灯の光力は限界まで絞っている。ほとんど数歩先しか見えないにもかかわらず、リオナは迷いなく走り続けていた。
曲がり角を直進してから右方を向いてオウジンがつぶやく。
「リオナさん、右方に気配を感じる」
「ハズレ。見回り騎士だよ」
「そうか。やはり多いな。それでも捕捉できないとは」
見回り騎士。これが魔導灯の光力を絞っている理由だ。
俺たちは現在、上水道を警備する騎士たちを避けながら行動している。学生の身で進入禁止区域に入り込み、あまつさえ敵の送り込んできた暗殺者を、危険を承知の上で殺そうとしている。それも国家機密ときたもんだ。
見回り騎士に発見されれば間違いなく連行されてしまうだろう。
ヴォイドがつぶやく。
「水深があるな」
「レアン中の民が引く水量がないといけないからね。リオナさん、水の中からの奇襲も読める?」
オウジンの言葉に、リオナが走りながら肩をすくめた。
「水面にも意識は張ってるけど、流れが強いところじゃ無理だよ」
「できるんだ……」
光量を絞っているせいもあって、俺からは水面が真っ黒の闇にしか見えない。それでも時折跳ねる魚の音などからそれなりの深さがあることだけはわかる。
むしろリオナの察知能力のほうが俺には理解できん。
これもホムンクルスの能力のひとつなのかもしれない。レアンダンジョンでホムンクルス・セフェクやアテュラが、リオナが察知するより先に彼女を捕捉していたように。
リオナが四つ角を左に曲がる。
「どうした?」
俺の問いかけに、パタパタと手を振って。
「直進したら騎士五名にあたっちゃう」
「人数までわかるのか」
「うーん……。たぶん」
自信はなさそうだが、あたっている気がする。
「あ、ちょ――やば!」
リオナが走りながら俺たちのほうを振り返った。
「見つかったかもっ」
「ホムンクルスか!?」
「あたしたちが、騎士に」
「……はっ!?」
鋭いやつもいたもんだ。
「スピードを上げて振り切るよ。騎士は鎧着てるから平気っしょ。エルたん、引き剥がされないでね」
「鈍足で悪かったなっ」
「ククク、心配すんな。限界だと思ったら運んでやんよ」
「俺は荷物か!」
「あははは」
だが。
速度を上げて何度角を曲がっても、リオナが足を弛める気配はない。ヴォイドが面倒臭そうに前髪を掻き上げた。
「おいおい、マジかよ。ずいぶん速ええ。ホムンクルスじゃねえだろうな」
近づいてきてる。確実に追われている。もう俺にもわかるほどにだ。
「う~ん……かも? でも集団から飛び出したから、違うと思うんだけど……」
さすがにこれ以上は――短い足をフル回転させればまだ速度自体は上げられるが、ケメトと接触する前に息切れしてしまっては元も子もない。
ヴォイドが俺に視線を向けた。
「しゃあねえ。担ぐか」
「いや――」
オウジンが闇を振り返って刀の柄に右手をのせた。
「その疑いがあるなら確かめてからにしよう」
「だが可能性は低いぜ? ケメトは追跡から隠れてんだからな。わざわざ姿を見せるメリットがねえ」
「そうとは限らない。やつには僕やエレミアを狙ってくる理由がある。たぶん相当恨まれているはずだからね」
あり得る。というよりヴォイドに担がれるくらいなら、確かめるために立ち止まったほうがマシだ。騎士だったならば、ぶん殴って気絶でもさせてしまえばいい。
「よし、そうと決まればリオナさん」
「うん。あたしはちょっと先で距離を取ってる。違ったら魔導灯の光量を一瞬だけ大きくして」
「了解した」
リオナが離脱すると同時。俺とオウジン、そしてヴォイドが足を止めて振り返り、武器を構えた。蠢く闇を刮目する。
足音が大きくなってくる。気配が強い。勢いは止まらない。
「速ええ、もうきやがるぜ!」
「躊躇いなしか」
足音の間隔が異様に短い。人間離れしている速さだ。それに魔導灯の光もない。
これは――あたりか!?
心臓がドグッと跳ねる。一瞬で臨戦態勢に持ち込む。これは前世で培った経験だ。
「~~ッ」
闇の中で白刃が煌めいた。
剣――!?
ギィンと凄まじい音が反響し、刃をブンディ・ダガーの手甲で受け止めたヴォイドが――。
「うおっ!?」
後方へと両足で掻いて滑る。
ヴォイドがあたり負けた!? バケモノめ!
その左右から俺とオウジンが斬りかかり――かけて。
「エレミア!」
「んがっ!?」
オウジンの鋭い声に、寸前で止まった。
俺は勢いを殺しきれずにつんのめり、頭から転がって水路に落ちかける。
「うわ、落ち――」
「あら? あなたたち……」
その襟首をつかんで止めてくれたのは、ぼんやりとした光の中に浮かぶどぎつい化粧を施した女性騎士の顔だった。
あ……。
人影がエストックをくるりと取り回し、鞘へと収める。
「サビ……ちゃん?」
「サビちゃん先生!」
オウジンが長い安堵の息を吐いた。同時にサビちゃんが自身の腰に吊していた魔導灯のコックをわずかにひねる。
「オウジンちゃ~ん。それにショタちゃんじゃないのぉ」
「あ、ああ。久しぶりだ、サビちゃん。どうしてここに――」
「うふふ、なぁに言ってんのよぅ。アタシは見回り騎士よ? ケメトを追っているに決まってるじゃなぁ~い」
そうだった。見回り騎士にはサビちゃんがいた。これほどの凄腕だ。たとえ彼女が二年目の騎士であったとしても、ケメト捜索に駆り出されるのは不思議ではない。ほとんどのベテラン騎士であっても、彼女には太刀打ちできないだろう。
サビちゃんの笑顔がすぅっと消滅した。そうして今度は疑いの眼差しで俺たちを睨む。
「それより、学生のあなたたちこそどうしてここにいるのかしら? ま~さ~か、ケメトを追っているだなんて言わないわよねえ?」
ヴォイドが一瞬だけ魔導灯の光量を上げて、リオナを呼び寄せる。
リオナが恐る恐る戻ってきた。
「え……っと? お知り合い?」
リオナはサビちゃんを見て、説明を求めるように俺に視線を向けている。
そうか。俺やオウジン、セネカがケメトと戦った日、リオナが駆けつけてくれたときにはもうサビちゃんは立ち去っていたのか。
「心配するな。見回り騎士のサビちゃんだ。インターンシップでのオウジンの先生でもある」
「そ、なんだ……」
サビちゃんは依然厳しい顔で、俺たち四人を睨んでいた。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




