第202話 カリキュラムをさぼって
7/18日の活動報告にて、本作の書影をアップしております。
よければ覗いてやっていただけると幸いです。
ダンジョンカリキュラムの日がやってきた。
普段は蒸し暑さから夏服姿の生徒らも、この日ばかりは袖の長いものを選ぶ。ダンジョン内は下層に向かうほどに冷え込むというのも理由のひとつではあるが、それ以上に金属糸で編まれた制服の防御力に期待してのことだ。
まだ四度目だが、クラスメイトらはみな戦士の顔になった。暗闇に怯える者は誰もいない。
セネカとイルガは行動方針や作戦を語り合っている。ベルナルドは荷物のチェックに余念がない。フィクスは魔術の触媒とするためにランプを持ってきたようだ。モニカに至っては鼻歌で刀の手入れだ。
その他の生徒たちも、第一層の集結地点で思い思いに準備を始めていた。
おそらくもう、未知の魔物が出現したとしても、パニックに陥ることはないだろう。司令塔であるセネカを中心として冷静に状況を分析判断し、イルガを中心に最善の対処を行う。
たとえ力及ばずとも、そして俺たち三班がいなくとも、だ。
成長した彼らを満足そうな表情で見守るリリ――を警戒してか、ヴォイドが声を潜めて囁いた。
「いけそうか?」
「たぶんな。いまのレアンダンジョンは七層まで辿り着けば逆に安全になる」
「アテュラの縄張りか。ま、あのバケモン女がいんなら、半端な魔物は寄り付きもしねえだろうよ」
そこに至るまでに発見できた魔物はゴブリンとオーガ、そしてスライムくらいだ。ベルナルドによって最も厄介だったスライムを無害化できたいま、成長した一組の脅威となる魔物はいない。
……ホムンクルス以外は。
リリの口上が始まった。内容はいつも通り。
無理はせず、命を第一に、必ず全員で帰還しなさい、だ。
そしてリリが片手を挙げた。号令が下る。優しい檄だ。
「本日の目標は八層の踏破よ! レアン騎士学校高等部一年一組、これよりレアンダンジョンの探索を開始する!」
一斉にした返事が第一層に響く。
走り出す者はいない。みな冷静に、イルガたち一班を先頭にして歩き出した。
魔物のいない一層を進み、階段ではなく、前回ベルナルドたちが設置した五層までの縄ばしごをひとりずつ下っていく。
俺たちが最初に拠点とした場所だ。数ヶ月前はゴブリンの群れごときにみな慌てていたのが、いまとなっては笑い話にまでできるようになった。
一組全員が五層に足をつける。
そのまま進もうとしたイルガに、俺は声を掛けた。
「イルガ、少し待ってくれ。セネカもこっちへ」
「ん? どうしたんだ、エレミア?」
「わたしも?」
一組の司令塔であるふたりが俺たち三班のところへやってくると、自然にクラスメイトたちが俺たちの周囲に集まってきた。
オウジンとリオナにはすでに話は通してあるが、リリには言っていない。でなければ止められてしまう。
セネカが首を傾げた。
「どうしたの?」
「すまない。俺たち三班は別行動をする」
「……は? ちょっと待ってよ。どういうこと?」
セネカが眉間に皺を寄せた。
イルガが尋ねる。
「理由を聞かせてくれないか」
「単刀直入に言う。三班はこれからホムンクルス・ケメトの捜索――いや、討伐に出ようと思う」
「え?」
今度はイルガまで眉間に皺を寄せた。そうしてセネカへと視線を向ける。
「ケメトって……確か、この前マージスたちが貴族街で戦ったっていう……?」
「バカね。わたしじゃないわよ。わたしは剣を交えてない。どう考えてもついていけそうにない戦いだったから見ていただけ」
俺は首を左右に振った。
「謙遜するな。そのようなことはない。剣は交えずとも、おまえの言葉はケメトにとって大きな呪縛となった。俺にはできない戦い方だ」
「そんなことはどうだっていいの! どうしてそんなことをいきなり――イトゥカ教官は知っているの?」
「リリには言っていない。それに、行動は話せるが事情までは説明できない。ただ、もし次にケメトによる犠牲者が出た場合には、もはやワーグネル男爵のときのように隠蔽できるとは限らない」
貴族街の崩落。つまりワーグネル男爵の死因は、キルプスによって表向き天災による事故ということにされている。これが共和国諜報員による暗殺であると世に知られれば、王国の世論は間違いなく厭戦から好戦へと傾くからだ。
「――要するに共和国と開戦する恐れがあるということね?」
セネカの言葉にうなずく。
さすがだ。一瞬で理解した。
イルガが口を開く。
「それは騎士団の仕事ではないのか? いくらキミたち三班でも危険――」
それまで黙っていたヴォイドがイルガの言葉を遮った。
「ぼんくら騎士団を待ってる余裕なんざ、もうねーんだよ。状況はそれくらい切羽詰まってやがる」
「しかしキミたちは一度、一体のホムンクルスに負けているのだぞ! もし必要なら俺たちも手を――」
今度はオウジンがイルガの言葉を遮る。
「それはやめた方がいい。当時と比べてキミたちはずいぶんと強くなった。冷静に統制の取れた動きができるようになっている。けれど、ホムンクルスは別物だ。一組は〝集〟の力を得たが、〝個〟の力としてはまだまだだ」
そうだ。〝集〟の力は座学と経験で得られるが、〝個〟の力は長期間の実技指導が必要だ。
頭のいいやつは言葉がすらすら出てきてうらやましいな。俺とは説得力が違う。人生二周目なのに哀しい。
「そうそ。んでよ、俺ら三班はどっちかっつーと〝個〟だ」
リオナがニヤけ面でヴォイドを見上げる。
「あんたは特にでしょ。友達いなさそー」
「うるせえ、クソ猫。んで、武器さえまともなら五分までは持ち込める自信がある。――つーわけでだ。俺らは今日のカリキュラムをふける。てめえらは俺らの分まで八層を探索しといてくれや」
「だ、だが――」
食い下がるイルガに、ヴォイドが顔をしかめた。
「そんな心配すんな。だからおめえはハゲんだよ。てめえら全員、自分で思うよかちゃ~んと強くなってるぜ」
「ふざけないでもらおうか! 俺はハゲてない! いや、そうではなく! ――ケメトはレアン地下に潜伏中だろう。入り口にイトゥカ教官がいるのに、どうやって捜索に出るつもりなんだ? まさか戦姫を相手に強行突破もないだろう?」
「それならば――」
俺はセネカに視線を向ける。
「あ~。あのゴブ穴使うの? 狭くない?」
「ヴォイドは匍匐前進になりそうだが、まあ出られないこともないだろう。あの川沿いを下流に向けて進めば、レアンの地下上水道に合流する。そこから入る。むろん夕刻にはこの拠点に戻る――」
俺は苦笑いでセネカとイルガに頭を下げた。
じりじりと四人で後ずさりながらだ。
「――つもりだが、遅れたときは~……その、リリへの言い訳をおまえたちに頼んだッ!」
弟子からの尻叩きは勘弁だ。
セネカが素っ頓狂な声をあげる。
「え、ちょ、嘘でしょ!? 戦姫を怒らせるなんてわたしには無理よ!?」
そんな苦情を背中で聞きながら、俺たち三班はすでに走り出していた。
時間がないんだ。仕方ないだろ。
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




