第201話 ホムンクルスを追い詰めろ
学校に戻った俺は、その足で食堂へと向かった。
あいつがいるところはすぐにわかる。女子生徒が常に五名ほど集っている。これで少なめ、多ければ二桁だ。夕飯時などとうの昔に過ぎているというのに。
「……」
そのまま回れ右して女子寮に帰ろうとしたら、ヴォイドが手を挙げながら俺を大声で呼んだ。
「おい、エレミア! こっちだ!」
「ぐ……お、大声を出すな……」
女子生徒らが一斉に振り向く。いくつもの好奇の目が輝いた。
「エルちゃんだっ」
「つよかわちゃんじゃん。やっほー。あなたもここで食べるぅ?」
変な渾名をつけられている……。
ああ、だがこれはだめだ。やはり逃げるか。幸いまだ入り口に近いし注文はしていない。
などと考えた瞬間、ヴォイドが集る女子生徒らに言い放った。
「おら、散れ。解散だ解散。近くの席もだめだ。部屋に戻れ。俺はあいつと話がある」
「え~? あたしたちが聞いちゃだめなことなの?」
「だめだ。国家機密だからな。クク、迂闊に知れば消されちまうかもしんねえぜ」
おい!?
「え~、なにそれ。ウケるっ」
いや、冷静に考えれば信じるわけがないか。彼女らはホムンクルスの存在を知らないのだから。
ひとりが拗ねたような恨みがましい表情でヴォイドに顔を近づける。
「ふぅん? ヴォイドったら、ああいう子が好きなんだ? へえ~?」
「あ? やかましくねえぶん、おめえらよかマシだな」
おいおい……。妙な噂が立ったらどうしてくれるんだ……。
まあ、男であることをばらされるよりは問題はないか。気にしなければいいだけだ。
「つーわけで、またな」
またな。その言葉だけで満足したように苦笑いを浮かべ、女子生徒らはヴォイドから離れて手を振った。
「はぁ~い」
「ばいば~い」
「もー!」
拗ねていた女子生徒でさえこれだ。
俺やオウジンがどれだけ逃げても徒党を組んで追い詰めてくるくせに、いったい何が違うというのか。
ぞろぞろと彼女らが俺の横を抜けていく。
「エルちゃんもばいば~い」
「おう」
「ねえ、今度どうやったらヴォイドに気に入られるのか教えてよ」
「ん? よくわからんが、強くなればいいんじゃないか?」
適当にこたえてから、俺はカウンターで定食とミルクを受け取り、ヴォイドの向かいに座る。
「おまえの周りはあいかわらず騒がしいな」
「いい加減飽きてくんねえもんかねえ」
見送りもせず、すでに骨付き肉にかぶりついていた。
ミリオラ以外にこいつを慌てさせる女はいなさそうだ。言えば怒るのだろうが。
「んーで?」
「ああ」
俺はレアン墓地であったことのあらましをヴォイドに伝えた。ヴォイドは時折うなずきながら、顔をしかめて聞いていた。
「野郎の考えそうなこった。しかしよ、そこまでいくともはや病気だな」
「俺もそう思う」
レエラとの模擬戦でそうしたように、俺は時折肉体の一部を犠牲にして相手の命を絶つこともあるが、あれはそうしなければこちらの命が絶たれるからだ。
だがキルプスの場合は違う。
まともではないのだ。己の肉体をあえて貫かせる覚悟など、歴戦の兵であっても持ち合わせてはいない。それこそ、自ら腹を切る東国のサムライ衆でもなければ。
「矛盾してやがる」
「矛盾?」
「おめえや男爵の件では、貴族王族の暗殺が開戦に近づくことを理解してたろ。だがこと自分に関してはそれをあてはめてねえ。アルムホルトっつったか。あの爺さんっつう保証があったとはいえだ」
「ああ……言われてみれば」
「言ってみりゃ、おめえには俺や戦姫がいる。アルムホルトと比べても条件がそう劣ってるとは思えねえ」
俺は声を潜める。
「リリは俺が王族であることを知らないぞ」
「関係あるか? イトゥカはおまえが王族だろうが平民だろうが貴族だろうが、生徒である限り守ろうとするだろ」
「確かに……」
今度はヴォイドが声を潜め、テーブルに身を乗り出すようにして俺に囁いた。
「国家を背負う心労は途方もねえんだろうよ。野郎はたぶん、そうとう追い詰められてるぜ」
「冷静な判断力が失われてきてるってことか?」
ヴォイドが後頭部で両手を組み、椅子の背もたれにもたれかかった。
「かもなって話だ。だとするなら、どこかで反転してもおかしくねえ。ま、俺はそれでも構わねえが。ぷっつんきて開戦すりゃあ、また稼げるからな」
「それはさすがに飛躍しすぎだろう」
「何にせよだ、潜り込んだホムンクルスがもう一度ことを起こす前にどうにかしねえと、一度怒りに火がつけば可能性は一気に上がるぜ」
ベルツハイン一族が犠牲となった〝ウェストウィルの異変〟で怒りに火がつき、〝剣聖〟が共和国を追い詰めることで火を消した。そして〝剣聖〟が殺されて火がつき、〝戦姫〟が〝偽英雄〟を討つことで火を消した。
キルプスの一存で開戦や停戦が決まっているのだとしたら、己の身を犠牲にし始めた現状は、ヴォイドが言うように限りなく危険なのかもしれない。
俺はため息交じりにつぶやいた。
「案外、王制や貴族制度の廃止は、民以上にキルプス自身が望むことなのかもしれない」
「野郎は国王を辞めたがってるのか?」
「そこまではわからないが……こうも心労ばかりではな」
だが、いまはだめだ。王位を継承するであろう世間知らずのレオ兄では、共和国の脅威に対抗できない。
仕方がない。最初からそのつもりではあったが、時期を少し早めるか。
「ケメトがこれ以上何かをする前に、俺の手で殺すしかなさそうだ」
騎士団の捜索を待っている時間はない。捜し出し、殺す。
とはいえ、この肉体で勝てるだろうか。オウジンやサビちゃん、それにセネカの呪縛がなければ、正直ケメトとの戦いは分が悪かったと認めざるを得ない。
ヴォイドが指先でテーブルを叩き、俺の視線を呼ぶ。
「情けねえツラでうつむいてんじゃねえよ。手ぇ貸してやるからよ」
「ヴォイドォ……おまえ……!」
その優しい言葉に感動した俺が視線をあげると、やつは人差し指と親指で輪っかを作って満面の笑みを浮かべていた。
ヴォイド……おま……え……。
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。
※7月17日追記
活動報告に書影をアップしました。




