第19話 地の底へと続く道
学園都市レアンの北の外れに、カリキュラムのために用意されたダンジョンがある。俺たちは武装を言い渡され、朝からその前に集められている。
ちなみに午前の座学はなしだそうだ。大体のクラスメイトは喜んでいる。遠足気分のようだ。
ダンジョンの入り口は、増築された見るからに重そうな鉄扉で厳重に塞がれていた。カリキュラム用にしてはずいぶんと物々しいが、都市近郊であることを考えれば当然の処置か。
引率のリリが鉄扉横で口を開く。
「このダンジョンは、念のためにわたしたち教官がある程度まで調査済みよ。現存する魔物は本物ではなく、提携する王立レアン魔術師学校から借りた人工の魔法生物が放たれてる。ただそれでも、すべての安全を保証するものではないと知りなさい」
鉄扉に鍵が差し込まれる。
カチャンと軽い音が響いた。リリが両手で鉄扉を押していく。ギギと重い音がして、鉄扉が開き始めた。
「う……あ……」
誰かが呻いた。
最初に見えたのは、闇の中に沈みゆく不気味な階段だ。
生徒の誰かが喉を鳴らす音がした。怖いのだろう。野生動物や知能の低い魔物が炎を恐れるように、人は闇を恐れる生き物だ。
リリが振り返る。
「調査済みの階層は三層まで。それ以降は未調査だから、四層へと続く下り階段にはこれと同じ鉄扉が増築されている。定期的に潜ってカリキュラムが進むごとに段階的に解放していくから、そのつもりで」
つまり未調査である四層以降には、本物の魔物が潜んでいる恐れがあるということだ。ま、今回は関係なさそうだ。
リリは先にダンジョン内部に入ると、俺たち全員を招き入れた。リリを先頭にして、階段を下って行く。
「全員、灯りをつけて」
俺たちは腰に吊した魔導灯のコックをひねる。
松明との違いは光の広がり方だ。距離が離れれば減衰しながら周囲数十歩分のみを照らす松明の灯りとは違い、魔導灯は自身を中心として数十歩分を減衰なく照らし出す。つまり少なくとも範囲内は、太陽の下にいる状態と大して変わらない。
しばらく進むと階段が終わり、地下第一層と呼ばれるフロアに出た。
俺たちは周囲を見回す。広い。魔導灯の光が、途中で闇に切り取られている。
俺はグラディウスを鞘ごと持ち上げて、コツンと床を叩く。
「……」
音が反響しながら消えた。戻ってきてはいない。教室どころかグラウンド以上の広さがあるように思える。
足下と天井を見るに、舗装らしきものはされていない。でこぼこの岩場だ。湿っているから滑りやすい。元々あった自然ダンジョンに、学校関係者が階段のみを造ったようだ。
ミクがとなりでつぶやいた。
「自然ダンジョンだねぇ」
「そのようだ」
この世界には二種類のダンジョンが存在する。
洞窟などの自然ダンジョンと、誰が造ったかもわからないほどに古い人工のダンジョンだ。前者には金銭的、物品的な価値がほとんどないだけではなく、危険な魔物が潜んでいる可能性が高い。さらに新たな脅威が棲み着く危険性もある。
要するに、自然ダンジョンというやつは魔物の巣になりやすいんだ。
後者は先史文明以前の人類が造ったと思しき人工ダンジョンだ。
こちらには武器や防具に加工できる未知の金属や、未だ人類が持たざる新たなる魔導書の他、金銭となる宝などが眠っていることが多い。外の魔物が棲み着くこともあるが、大抵の場合において、宝物を守るガーディアンと呼ばれる魔物がヌシとして存在する。例えば守り竜のような。
出土する宝物には莫大な価値があり、大きな人工ダンジョンは、それだけで国家間戦争を誘発する原因になったりもする。領土権の主張だ。
このダンジョンは、見るからに前者だ。修行の場としては最適なのだろう。だが価値の低さから察するに、国王であるキルプスはさぞや残念がっただろう。
魔導灯の光では、端までは見えない。途中からぶった切られたかのような闇だ。
風もなく、滴る水滴の音だけが響いている。隣のやつの呼吸まで聞こえてきそうな静寂が、辺りに満ちている。
どいつもこいつも、さっきまでは座学を免除されての遠足気分で浮き足立っていたというのに、あっという間に不安そうな顔に変化していた。
しかし、中には――。
「よお、戦姫さんよ。勝手に進んじまっていいかあ?」
ヴォイドだ。ダンジョンの入り口をくぐる頃には背中に背負っていたブンディ・ダガーは、早くも両腕に装着されている。
気負った感じはない。悪童の笑みだ。
「いいえ。だめ。さっきも言ったけれど、中に入ればあなたたちを魔法生物が襲う。死なないまでも、ケガくらいは覚悟する必要があるわ。だから昨日の放課後に組んだ四人一組のパーティで動きなさい。それと、教官と呼ぶように」
「ああ? カッタリィ……。んなもん組んでねえよ。足手まといの面倒なんざ押しつけんなや」
リリが大きな胸で両腕を組んで、困り顔でため息をつく。
「組みなさいと言ったのに。困った子ね」
「おいおい、俺までガキ扱いかよ」
不良側に同感だ。同感だが、ダガーの先で頭を掻くな。見ててヒヤヒヤする。
だが、その他の生徒らは自然と四人一組に分かれていく。当然のように、俺の隣にはミクが立っていた。それも緊張感の欠片もない顔でだ。
「ねーねー、あたしたちでスタートダッシュ決める? 決めちゃう~?」
「なんだ、本気で俺と組むつもりだったのか」
「だってエルたん、頼りになるんだもぉ~ん。んふふ」
そう言って背後から抱きついてきて、俺の頬に自らの頬をすり寄せる。
「すぅりすりぃ~。ほっぺがプニプニしてて気持ちぃー」
猫のニオイ付けか。
俺はその顔面を片手で押して引き剥がした。あいにくと、ガワはガキでも中身はおっさんだ。乳臭いガキに興味はない。
「やめろ。鬱陶しい」
「あぁん、つれない。お子ちゃまのエルたんには、まだ早すぎる刺激だったのかなあ? んふふふ」
むしろ遅い。哀しいことに、文字通りの周回遅れだ。
「でも、あんまりつれないと、あのこと言っちゃうぞっ?」
「く……」
俺がこの国の王子であることがバレたら、教官連中がケガを負わすことを恐れてカリキュラムへの参加ができなくなる恐れがある。
そんなことになってみろ。王城を飛び出てこんなお遊び学校に入った意味さえなくなってしまう。
「というわけでぇ、遠慮なぁ~くぅ~」
「せめて遠慮はしろ……」
ミクが再び俺の頭部に抱きついてきた。今度はされるがままだ。何やらクラス中の視線を感じる。男子からは嫉妬の、女子からは羨望の。リリからは冷えた視線が。
勘弁してくれ……。針のむしろだ……。
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