第194話 国王がずっと言いたかったこと
俺は執務机に拳を叩きつけてキルプスを睨みつける。
「話が違う。父上は俺を送り出す際に、学べることを学んでこいと言われた。俺にはまだまだここで学ぶべきことが山ほどある。剣術も、世界もだ」
「ケメトといったか。あれで四体目らしいな」
俺はソファにどかりと腰を下ろした。
四体目か。どうやらリリは約束通り、アテュラのことだけは報告していないようだ。
「ホムンクルスとの交戦のことか?」
「そうだ。そのたびにおまえは死にかける」
来校は俺への心配からだったか。
ああ、糞、不甲斐ない。前世の俺だったならば、無傷で倒すこともできただろうに。
いや、無い物ねだりをしていても仕方がない。
「だがこうして生きてるぞ。何の問題もない」
「それでもいつか死ぬ。私はそれを恐れている。アリナはきっと耐えられないだろう。それだけではない」
まだあるのか。
「いや、むしろこちらが問題となる。ガリア王国としても、共和国のホムンクルスに王子が討たれるだなどと到底認められるものではない。私の言わんとすることがおまえにわかるか?」
認めれば、王国内の世論はおそらく反転するだろう。現在の厭戦ムードから好戦ムードにだ。そうなった場合、両国の激突は避けられない。とてつもない数の人々が死ぬ。
「……俺の死に方が、共和国との開戦に繋がっている……」
「その通りだ」
言われるまで考えたこともなかった。この命が己ひとりのものではないことなど。せいぜいが周囲数十名の悲しみ程度に思っていた。
だが――。
俺はブリムを剥ぎ取って来客用のテーブルに投げた。
「それでも断る。俺がホムンクルスや共和国の暗殺者に負けないくらい強くなればそれで済む話だ。剣を学び、強くなる。そのために俺はここへきた。途中で投げ出してはそれこそ本末転倒ではないか。今日までここで学んできたすべてのことが無駄になってしまう」
「一朝一夕に身につくものではないぞ」
「ならば怯えて王宮に引きこもれとでも? 冗談ではない」
キルプスは人差し指の爪で、こつ、こつ、と執務机を叩いている。
「それに、自主退学を促すということは、俺の意志は尊重されるということだろう。ならば答えはノーだ」
「私には強制的に退学させる権限がある」
「好きにすればいい。だがその場合は城には戻らない。この目で世界を見にいく。阻止したくば、せいぜい捕らえて幽閉でもしてみることだ。一日中見張っていようと、俺は絶対に抜け出すぞ。いずれ必ずな」
睨み合う。
だがいくらもしないうちに、キルプスが片頬だけを持ち上げ、困ったような笑みを浮かべて口を開いた。
「おまえは本当に……。ああ、腹立たしいくらいにあいつに似ている。身分も立場も関係ないのだ。言いたいことを言い、やりたいことをやる。ふふ、ははは、はぁ……」
頭痛を堪えるように、キルプスが椅子の背もたれを軋ませてこめかみを揉む。
わかってる。そいつ自身だからな、俺は。
一度大きなため息をついて、やつは続けた。
「まったく……。私の手には負えんよ。本当は城も、王国も、世界ですら窮屈だったのであろうな。だからおまえたちは自由の剣を手にするまで走り続ける。称号を与えることでガリアに縛った私は、鳥籠でしかなかったのやもしれぬ」
おい、それは違うぞ!
俺が走り続けたのは、キルプスの世界を広げるためだ。おまえがいつか俺に語った理想の世界を、この目で見てみたかったからだ。ヒトがヒトを殺さずに済む世界とやらを。
そう言えたなら、どれほど気が晴れたことだろう。
だから、せめて――。
「ブライズもだ」
「ん?」
「ブライズも同じようなことを考えていた。先代の大王ではなく、若かったキルプスという男に対し、夢を見た。キルプスの目に映る光景が自分では見通せないから、その世界を現実のものとするために剣を振った……らしい」
キルプスが少しの間だけ、ぽかんと口を開けて呆けた。
咳払いをして、俺は付け加える。
「……ま、いつも通り文献からの受け売りだが」
「それは本当に文献か?」
「あ~、というか、手記みたいなものだったのかもな」
しばらくして、キルプスは鼻で笑う。
「ふふ、なるほど。どこで見たかは知らんが、それは確かに本人の手記なのだろう。――それにしても、学校に通わせてずいぶんと生意気になったものだ」
「母上には内緒だぞ?」
「ふはは。息子が不良になったと、さぞや嘆くだろうな」
「勘弁してくれ。不良ってのは、父上が俺につけた護衛みたいなやつのことを言うんだ」
キルプスが目を丸くして言った。
「ヴォイドはいい子だろう?」
ブライズのような蛮族を友人として側に置いておくような国王だ。本気で言っているのだろう。その言葉に対して異論はないが、百歩譲っても。
「いい不良だ」
話がついたところで、俺は立ち上がる。
「さてと、そろそろ店に戻る。あまり遅くなっては、逃げたと誤解されてリリに叱られる。一応聞いておくが、護衛はいるんだろうな? リリを呼ぶなら伝えておくが、どうする?」
「夕刻にはこの部屋の前に、レアンの民に扮した近衛騎士団が五名やってくる手はずになっている。学外には馬車と、残りの近衛騎士団も旅人に変装させ待機させている。たとえホムンクルスであろうとも、一体ならば問題なく処理できる兵力だ」
近衛騎士団は全員が手練れだ。ひとりひとりがレエラやサビちゃん並みの剣士で構成されている。襲撃はむしろ望むところか。
あいかわらず抜かりがない。可愛げもない。マヌケな死に方をした前世の俺と違ってだ。
「そうか。ではな。道中、気をつけて帰れよ、父上」
「ああ」
理事長室の鍵を開き、ドアノブに手を掛けたときだ。
「待て、エレミー」
「ん?」
振り返った俺に、キルプスが笑いを堪えるような表情で言った。
「その女装、似合っているぞ。アリナにも見せてみたいものだ。……と、さっきからずっと言いたかった」
「や、や、やかましいわッ!」
声が裏返った。
俺は廊下に出てからドアを乱暴に蹴って閉ざし、膝から崩れ落ちる。
……親にだけは……ッ……見られたくなかった……ッ!
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