第192話 食い逃げ犯を踏み潰す
人混みの校庭を走る。
リリにつかまったせいで完全に見失ってしまった。
「すまん、どいてくれ」
「わっ、なんだ? 初等部? ……こんな子いたか?」
特徴はブラウンのハットに同色のジャケット。色は目立たないものを選んでいるとはいえ、その格好はかなり珍しい。
レアンの民の隙間を抜ける。
「おっと……。ん? 子供のメイド?」
「あらあら。可愛らしいわね」
俺がまだブライズだった頃にはなかった服装だ。それらのファッションは共和国から伝わり、極一部の貴族を中心としてじわじわと王国に広がりつつある。
俺たちの制服がそれに近い形状をしているのは、キルプスの思惑があってのことだろう。やつもまた一部の貴族然り、国王然としたものより、こういう格好が好きだから。
だが民草に浸透しているとは、まだまだ到底言い難い状況だ。ゆえに、相当目立つはずだ。
「見て、あの子めっちゃかわいくないっ?」
「演劇の衣装かなんかじゃん?」
いや、あきらかに俺の方が目立ってるっ! くそう、無意味にプリチー過ぎる自分が誇らし――憎らしい!
「はは、手ぇ振ったら振り替えしてくれたぞ」
「まじで?」
「サービスだ!」
叫びながら中等部の男子生徒らの集団を追い越して、周囲を見回す。
いない。
「何だか知らないけど頑張れーっ」
「おう!」
そもそもどちらに向かったのかさえわからない状況で、でたらめに捜したところで見つかるものだろうか。それに、ジャケットやハットを頼りに捜してはいたものの、脱がれてしまっている可能性もある。
念のために校庭にあるゴミ箱や植え込みは概ね覗いてきてはいるものの、いまのところはそれらしき服が捨てられていることはないとはいえ。
校庭はもう一周したぞ。ならば屋内か。
女子寮は可能性が低い。入り口でホーリィ婆さんにとっ捕まって終わりだ。
何度か男子生徒が忍び込もうとして、ホーリィ婆さんに投げられている光景を見たことがある。相手の力を利用して転ばせる格闘技術らしいが、俺には原理がわからん。ただおもしろいように人間が宙を舞ってひっくり返っていた。
だが平時であれば常駐しているが、祭りとなればその限りではない。
となれば可能性があるのは食堂棟を除く、男子寮か女子寮、本校舎。そして修練場だ。
ああ、糞、どこから手をつければ――。
「エレミア!」
呼ばれて振り返ると、ヴォイドとオウジン、それにリオナが走ってきた。
「オウジン、復活したか」
「ああ。心配をかけたけど、僕ならもう大丈夫だ」
微塵も心配などしていない。むしろ忘れていた。
リオナが捕捉する。
「リョウカちゃん、目を覚ましたら誰かに膝枕されてたんだけど、その子の胸が大きすぎて相手の顔が見れなかったんだって。それで焦っちゃって、悲鳴を上げて休憩室から走って逃げ出してきたんだよ」
「ちょ――リオナさん! それは秘密にしてくれって言っただろ!?」
「そーだっけ? えっへっ」
ああ、モニカ……。存在に気づいてさえもらえなかったとは……。もはや気の毒すぎて言葉もない……。
ヴォイドが疲労の残る顔で俺を見下ろしてきた。
「おめえ、食い逃げを追ってんだろ、手伝うぜ」
「ミリねーさんにみっともない姿見せてるよりは、こっちの方が気楽だもんねー?」
リオナがヴォイドの頬を指先でつつく。
「……クソ猫、今後満腹になれると思うなよ」
「ごめんなさいもうしませんゆるして」
リオナはヴォイドからいつも昼食を分けてもらっている。どうやらあれは、割と生命線だったようだ。空腹はつらいものな。
俺はヴォイドを見上げてつぶやく。
「…………おまえら、リオナはともかく、せめて着替えてこいよ……」
「うるせえ! 着替えたら逃走と見なして通さないってイトゥカが言いやがんだよッ!」
「あいつもとことん真面目だな。まあいい」
だが手が増えたのは助かる。
俺は三人にやつの背丈や格好を口頭で伝えた。
「俺は男子寮を捜す。いないとは思うが、リオナは一応女子寮に向かってくれ。ヴォイドは本校舎、オウジンは修練場だ」
互いにうなずき合って解散する。
俺は男子寮の扉を開いて飛び込む。一階からしらみつぶしに一室ずつドアを開けていく。男子寮には女子寮のような鍵がないのだ。つまり誰でも入れてしまう。食い逃げ犯や不審者でもだ。
二階に移る。
だから仕方がない――とはいえ。
中等部の扉を開く。ちょうど着替えていた男子生徒が、慌てて制服のズボンを引き上げた。
「きゃあ!? ――ちょっと女子ィ!? ノックもなしに開けるなんてやめてよね!?」
「ふん、いないな。心配するな、俺は男子だ」
「は?」
バンとドアを閉ざす。
次のドアを開くと、また着替えていた。どいつもこいつも嫌がらせか。
「んあ? 誰? 覗き?」
「誰が貴様など覗くか、ど阿呆が。気色の悪い」
「ひでえ」
ドアを乱暴に蹴って閉ざす。
俺は次々とドアを開いて部屋を覗く。みな思い思いに学園祭を楽しんでいるらしく、ほとんどの部屋が無人だ。
いない。三階の高等部の部屋にもいなかった。
ここより上はもはや一室のみ。つまりは理事長室だ。当然だが、ここだけは男子寮であっても平時から鍵が掛けられている。
四階へと駆け上がり、廊下を見る。いないな。
鍵の掛かった理事長室には入れないとなれば、本校舎か、あるいは修練場か。
そんなことを考えて引き返そうとした瞬間――気配を感じて俺は眉をひそめた。
「……」
理事長室のドアの前まで歩き、耳をつける。
微かに物音がしている。
どういうことだ。どうやって侵入したんだ。この部屋の鍵を預かっている教官は、誰もいなかったはずだ。
まあいい。
俺はドアノブに手を掛け、静かにゆっくりと回した。そっと押し開くと、キルプスの執務机の向こう側で動いている影がある。
食い逃げに物盗りとは。だが俺が見つけた以上、ここまでだ。
足音を忍ばせながら走り、俺は執務机に手をついて足を振り上げ、飛び越える。
いやがった。間違いない。馬鹿め。ジャケットもハットも着用したままだ。
無我夢中で執務机の引き出しをあさっている。
「おらあああっ!!」
その背中へと向けて、俺は着地をするように両足で蹴りを繰り出した。ズン、と重い感触がした直後、そいつは踏まれた蛙のような声を上げて絨毯に潰れる。
「ぐぇぁっ」
「はっはー、捕まえたぞこの食い逃げ犯……め?」
足の下では国王にして実父であるキルプス当人が、情けなくも弱々しい笑みで、俺を見上げていた。
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