第18話 重くて短剣しか持てない剣聖(第2章 完)
ロングソードやショートソードなどの直剣か、あるいは背伸びして大きめのものを選ぶべきか。手に取ってはみるものの、どれもしっくりこない。
まずいな。このままでは授業の時間が終わってしまう。焦ってきた。
あ~~、あれでもないこれでもない。
リリが睨んでる。糞、なんだその目は。俺はおまえの師匠だぞ。
そんな俺の焦りなど気にもせず、ミクがにんまり笑って両腕を大げさに広げる。
「さあ、おねーさんのおっぱいに飛び込んでおいで」
「邪魔をするな。おまえのような姉を持った覚えはない。あと、この前から気になっていたが、嫁入り前の娘ならばせめて胸と言え」
「わおっ、気にしてくれてたんだぁ。う~れし~ぃ、すっけべーっ」
「無駄にポジティブだな!」
いや、ミクなどに構っている場合ではない。リリの視線が痛い。
俺は――。
本来なら大剣と呼ばれるクレイモアやツーハンデッド・ソードを選びたいところだが、残念ながらエレミーの腕力では持ち上げることすら困難だろう。ブライズだった頃は敵の重い一撃を受け止めるどころか、弾いて押し返すような力業で戦ってきたが、さすがにもうできそうにない。
戦い方を変化させる必要があるな――……。
情けないことに、存分に振り回せるのはショートソードやレイピア、あとは太めの短剣のグラディウス程度が限界だ。敵の一撃を受けることはもちろん流すことさえ難しい。
東方の刀が持てればそれに越したことはなかったのだが、それすらままならない。身長が足りないのだ。切っ先を地面に擦って、刃を潰してしまう。
仕方がない。
「グラディウスとスティレットだ」
どちらも短剣だが、グラディウスの方はショートソードに近い長さはある。だがそのせいで両手に一振りずつ持って同時に使うのは難しそうだ。
丁寧に両手で握って使う。役割は斬撃のグラディウスと、鎧をも通せる刺突用のスティレットだ。有効範囲はかなり狭くなってしまうが、重い武器に振り回されるよりはいいだろう。
リリの方に視線を戻すと、彼女はもう教官の顔に戻っていた。
「全員決めたわね。それでは今日の授業はここまで。明日からは実技の方でも本格的なカリキュラムが発生します。今日はもう戻ってゆっくり身体を休めておくように」
「イトゥカ教官、カリキュラムの内容を伺ってもよろしいでしょうか」
男子の声だ。反射的に視線を向けると、刀を選んだ背の低い黒髪の少年が挙手をしていた。全員の視線がリリに集まる。
「あなたは留学生のリョウカ・オウジンくんだったかしら」
「ええ。恐縮です」
リリが不思議そうに尋ねた。
「恐縮?」
「剣聖級と名高いリリ・イトゥカ教官に、僕の名を覚えていただけていたことです」
リリの表情が複雑に変化する。
「そんなに大したものではないわ。少なくとも剣聖ブライズと比べられるような腕でもないのだから。――ああ、いいえ。質問だったわね」
ミクはダンジョン開拓がカリキュラムと言っていたが、俺たちはまだそれを教官の口からは聞いていない。
リリは――首を左右に振った。
「みんなにはカリキュラムが開始される当日まで伏せておくようにと、理事長からのお達しよ。悪いけれど言えないわ。明日を楽しみにしていなさい」
理事長? そんなやつがいるのか?
確か今年度は学長不在のまま開始されたと要項には書いてあったが、それは理事長がいるからなのか。だとすると、軍の中でも信頼が厚く、相当な要職についていた人物ということになる。それでいて退役年齢だ。
俺の視線を受けたミクが、首を傾げた。
「ん?」
マルド・オルンカイム閣下である可能性を考えたのだが。ミクは知らないのか、あるいはすっとぼけているのか。普段からふざけているから、表情からは読みづらい。
リリの返答を受けて、刀の少年がうなずく。
「そうですか」
それにしても小さいな、あいつ。十歳の俺よりはさすがに大きいが、それでも同世代男子の中ではかなり小さく見える。留学生ということは、東の大陸出身か。
ミクが唐突に俺の脇腹をつついた。
「んひっ!?」
思わず声が出てしまって、注目を浴びる。
「な、何でもない。続けてくれ、リリ」
「イトゥカ教官」
「あ、ああ。そうだった。続けてくれ、イトゥカ教官」
リリが話に戻る。
「各自、明日までに四人一組で仮パーティを組んでおくように。このクラスは二十名だから五グループよ。それと、あらかじめ言っておくわ。これは強制力のない忠告だけれど、筋力で劣る女子は、なるべく四人で固まって組まないように」
レアン騎士学校では女子の割合はわずか二割だ。二十名のクラスに四人のみ。彼女らが固まってしまった場合、明らかに力で劣るパーティができあがってしまう。
当然だな。学生に言ったところで理解するかは知らんが。
「では、今日の授業はここまで」
リリが締めの言葉に入る。
俺は脇腹を突いたミクを睨み上げた。
「……なんだよ……?」
「……うっさんくさぁ~いね、あの子……。リョウカ・オウジンくんだっけ……? ……ねえ、エルたん知ってる? レアン騎士学校には他国の諜報員が入り込んでるって噂……」
知らん。初耳だ。
しかし信憑性は意外に高い。レアン騎士学校は王立だ。卒業するだけで無条件に王国騎士団入りの切符が得られる。当然、騎士団との結びつきも強い。教官の大半は、正騎士でもある。あのローレンスでさえもだ。
だが。
俺は顎をしゃくってミクに言ってやった。
「あいつが諜報員だったら、あんな東国丸出しの顔面はしていないだろう。未発表のカリキュラムを知っていたおまえの方がアヤシいくらいだ」
「あそっか~。あっはははー」
ミクが照れ笑いを浮かべて頭を掻く。
間抜けめ。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




