第186話 剣聖と愉快な仲間たち(第18章 完)
「……?」
……寝てた。き、気づいたら寝てた。
目を開けると、石畳の地面が近くなったり遠くなったりしながら揺れている。俺は干された洗濯物のように誰かの肩に担がれ、運ばれていた。
なんで担がれてるんだ。せめて背負ってくれ。
ふいにリオナの声がした。
「あ、エルたん目ぇ開けたよ」
「ヘッ、ようやくお目覚めかよ。いい身分だな、エレミア」
どうやらヴォイドの肩に乗って運ばれているようだ。周囲にはいつもの面子が勢揃いしている。
ともに行動していたセネカにオウジン。その後ろを付き従うように歩くモニカ。俺の鞘ベルトや荷物を持ってくれているのはベルナルドだ。その隣にはイルガとレティス、怪我など擦り傷程度ばかりだが、治療の魔術光をあててくれているのはフィクスだ。
「エルたんってば、上水道で座ったまま寝ちゃってたんだよ」
「……そうだったか……?」
レエラとやり合った時点で相当疲労を蓄積させていた。ケメト戦まで持ちこたえただけでも頑張った方だ。やはり鍛え上げられた肉体だった前世とは違うのだろう。
しかし知った顔が勢揃いで救援に駆けつけてくれるとは。前世では大半は俺が駆けつける側だったというのに、不甲斐ない限りだ。とはいえ、何度かは敵地深くまで弟子どもに迎えにこさせて迷惑をかけたか。
そのたびにリリには叱られ、カーツには笑われたな。懐かしい思い出だ。
「おめえよぉ」
「ん?」
ヴォイドが横目で俺を睨みながらつぶやく。
「竜のときといい今回といい、俺の目の届かねえとこで勝手に死にかけてんじゃねえぞ」
「おまえ……」
そんなにも俺のことを心配してくれて――。
ヴォイドが人差し指と親指で円を作った。それを俺の目の前で揺らしながら告げる。
「銅貨一枚にもなんねえだろうが。こっちゃあ、おめえを助けてなんぼの商売してんだ。どうせ死にかけるなら俺の目の前で死にかけろや、な? そしたらまたノイ男爵殿から、たらふくせしめてやれんのによ」
「……歩合制だったのか……」
「クク、おめえがホムンクルスに殺されかけるたびに、がっぽがっぽってな」
よく言うよ、阿呆が。どうせ金などかかってなくても助けにくるお人好しのくせに。
しかしすまん、キルプス。
まさか入学したての息子が月一以上の頻度で何度も死にかけることになるとは、入学を後押ししてくれていた頃には思ってもみなかっただろう。
「くぅ、うちの金がどんどんヴォイドに流れていく~……」
「ククク、尻の毛まで引き抜いてやるからよ。せいぜい破産しねえようにしとけや」
だがまあ騎士学校への寄付にフアネーレ商会を利用したのと同じく、ヴォイドの財布からもスラムの孤児院あたりに相当な額が流れているようだし、それはそれでキルプスの目論見通りなのかもしれない。
そこまで考えてふと思った。
それすら計算してやっているのだとしたら、我が父ながら恐ろしい男だ。まさかな。いや、親友だったブライズの死ですら利用して、リリを本気で〝剣聖〟に仕立てあげようとした男だ。割と本気であり得る。
怖……。
リオナが赤い猫毛を傾けて笑いながら言った。
「本当は言いたくないけど、リリちゃんも心配してたんだよ?」
「いないが?」
リリの姿だけがない。
あいつめ、前世なら俺は真っ先に助けたし、助けにきてもくれたというのに。冷たいやつだ。その年齢で反抗期か、不良娘め。
しかしリオナは続ける。
「いたよ。一番早く到着したはず。ベルたんとモニちゃんから報告を受けてすぐに飛び出していったらしいから。いまは実地検分で貴族街に残ってるんだよ。――だよね、リョウカちゃん?」
振り返ってモニカと何やら話していたオウジンが、一度会話を切ってこちらを向いた。
「ああ。最初にきたのはイトゥカ教官だったよ。水路に座るキミを見て飛び降り、すぐに水から引き上げてた。すまないが、僕らはキミが眠っていたことに気づいていなかったんだ。あとで教官にはお礼を言っておくんだね」
「お、おう」
しかしそうなると、実地検分だけではないな。ケメトの追跡も同時に行われているはずだ。
まあ、王都の地下水路に逃げ込まれては、さすがに見つからないだろうが。それでも今夜は朝まで帰ってきそうにない。
寂しい夜だ。
オウジンが苦笑する。
「水路に座って眠るキミを見つけたときの教官、一瞬で血の気が引いたみたいだった。不安や恐怖が僕にも伝わるくらいにだ」
「そう……なのか」
「よほど大切に思われているんじゃないかな。一組全員そうなのだろうけれど、それでも、キミは特にね」
俺は嬉しさや寂しさがない交ぜになった複雑な感情を誤魔化すように、唇をねじ曲げてつぶやく。
「ガリア王国は軍と教官職の立場が近いから仕方がないとはいえ、あいつも大変だ」
「エルたんったら、他人事みたいにぃ~」
教官のほとんどが正騎士からの出向だ。退役していても有事の際に駆り出されるのは不思議でもなんでもない。ましてやリリはあの〝戦姫〟なのだから、否が応でも頼られる。
だが、そうか。リリが真っ先に助けにきてくれていたか。あの頃のように。
心が温かい。
「……ニヤついてる。イヤラシい」
リオナがむくれながら言った。
「ニヤついてない!」
「リリちゃんに言ってやろ。……リリちゃんですっごいイヤラシい妄想してたって言ってやるもん!」
「語弊に気をつけろっ!?」
ニチャアとリオナがイヤラシい笑みを浮かべ、俺の耳に唇を近づけて囁く。
「大丈夫よ、エルたん。たとえそれで部屋を追い出されても、わたしの部屋で暮らせばいいだけだからねっ。わたしなら妄想なんてしなくても――」
「やめろやめろ!」
ヴォイドが突然、俺にゴツンと頭突きをしてきた。
「アダッ!?」
「うるせえ。耳元でニャーニャー喚くな。鼓膜が痛えだろうが」
「す、すまん」
そんな俺たちを見て、みんながクスクス笑っている。
前世の一派もなかなかに楽しかったが、今世の一組も同じくらい、俺は好きだ。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




