第17話 命を奪い死を押しつける者
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助かります。
翌朝から早速授業が開始された。
基本的に午前中に座学で午後は実技だ。比較するわけではないが、噂のオルンカイム嬢は真面目に授業に出席し、丁寧にノートを取っていたが、ヴォイドの姿はなかった。
初日からサボりとは、なかなかの胆力だ。
昼食後に午後を迎え、実技の時間となった。俺が待ち望んでいたカリキュラムだ。
とはいえ初日の今日は、武器庫で自身の武器を選ぶだけらしい。
教室に並べられた武器の数々を眺めて、俺は感嘆を漏らす。
「ほう……」
驚いた。てっきり貴族剣術用の刺突剣が大半だと思っていたのだが、武器種は様々だった。刺突剣はもちろん、直剣や大剣や槍類どころか、東の大陸の反りの入った薄刃の刀、大鎌や鉄棍、槌類などの鈍器まである。中には俺の知らない武器もあった。
騎士は邪道としてまず使わないものが大半だが、それらを騎士学校で配布するあたり、旅立つ前にされたキルプスの「ブライズのような輩が各分野の時代を進める」という話の本気度がうかがい知れる。
生徒らが自らに合う武器を探して回る中、リリが口を開いた。
「十年前に亡くなった剣聖ブライズは、知っての通り武器や凶器と名のつくものなら何でも利用したわ。それこそ落ちている石でもね」
やったやった。魔物だけではなく敵もだ。剣は折れるものだからな。岩は立派な鈍器で、石は立派な飛び道具だ。
実に懐かしい。
「貴族出身の人たちはその無様を笑ったけれど、彼は最後にはそれでガリア王国を守ったの。その功もあって、キルプス陛下は型にはまった貴族剣術だけではなく、様々な戦い方を学んで欲しいと、このレアン騎士学校を新たに創設したのよ」
だが、生徒らの大半はそれでも剣に向かう。それも貴族剣術、刺突用のレイピアだ。
俺に言わせりゃ、剣の中では中の下。斬撃力は低いため、どうしても刺突がメインとなる。つまり敵から見りゃ簡単に動きが読めちまうんだ。その上で敵の武器を受ければ簡単に折れる。あれを選ぶなら重量の変わらない刀の方がまだいい。突に加えて斬があるだけマシだ。
「よく考えながら選びなさい。実際の使用感で、これは違うと感じたなら後から変えても構わないわ。他者からの目など気にせず、自分自身に合った武器を探しなさい。それがあなたと、あなたの家族が住むガリア王国を守る力になると思って」
それでも生徒らの大半は刺突剣に集う。やつらの大半が貴族出身なのだろう。幼少期から学んできた貴族剣術に絶対の信頼を置いている世間知らずどもだ。
こういうやつらは戦場に投入されて初めて気づく。
ルールを決めて名乗りを上げ、号令のもとに開始されるツンツン突き合う剣術と、野獣のように自らの命を賭けて荒々しく殺し合う戦場が、まるで別物であることに。
そういったやつらのおよそ半数は、剣を折られて初陣で散ることになる。運良く初日を生き延びられれば、彼らは刺突剣から両刃の剣へと持ち替える。剣術は刺突メインの貴族剣術から、より実戦的に昇華された騎士剣術へと変化する。
突に加えて、斬だ。
そこまできてようやく一端の騎士のできあがりだ。
俺が目指したのはその先。野獣や魔物のように生を奪い死を押しつける、剣術とも言えぬ圧倒的な暴力だった。
リリは刺突剣に群がる大半の生徒らを、苦々しい顔で見つめていた。
不出来とはいえ、あれも俺の弟子だった女だ。だがいま口を出したところで、彼らは話など聞きはしない。初陣を生き延びて初めて周囲の犠牲を確認でき、己の選択が間違っていたことに気づく。
だが、このレアン騎士学校であれば初陣前にその無力を知ることができるかもしれない。おそらくだが、そのためのダンジョンカリキュラムでもあるのだろう。
貴族の矜持も騎士の矜持も、獣を相手に何の役にも立たない。戦場では命を奪って死を押しつける。それだけでいい。
「……」
一方で――。
誰もいないと思われた一角に、ヴォイドの姿があった。その鋭い視線の先には手甲タイプのブンディ・ダガーがある。国によってはジャマダハルやカタールと呼ばれている珍妙な武器だ。
両腕装着型で二対一組。肘までを覆う手甲の中には刃と垂直にグリップがあり、その先には爪のような形状の太い大型の刃がついている。
有効範囲はショートソード以下の武器だが、戦いを拳で殴りつける延長線上と捉えるタイプのやつには攻防一体で、且つ壊れにくい良い武器だ。
スラム出身ならではの選出か。
「へえ、おもしれえ」
ヴォイドの左頬が上がる。
どうやらブンディ・ダガーに決めるようだ。手に取って早速両腕に装着している。
ちなみに、ミクはなんの変哲もないレイピアを選んだ。だが、彼女はそれだけではなかった。迷いなく手にしたレイピアを腰に装着すると、すぐに短剣の並べられた一角へと移動したんだ。そうしてまた迷うことなく、マンゴーシュと呼ばれる左手用の小さな短剣を手に取る。
「これでいっかぁ」
ほんの一瞥のみ。
ミクはそれを鞘ベルトに納めると、自らの腰に巻き付けた。
なるほど。適当に決めたように見えて、あれはあれで理にかなっている。さすがは猛将マルド・オルンカイム閣下の娘だ。刺突剣の短所である脆さを考慮したんだ。
マンゴーシュならば軽量でも簡単に折れはしないし、レイピアを破壊された際の予備の隠し武器としても優秀だ。不意打ち前提ならば、だが。
他には黒髪の背の低い男子が刀を選び、ひときわ巨漢の男子が鉄棍を選んだ。あとは数名が槍などの長柄武器、残りは半数が刺突剣で、もう半数が大小の直剣だ。他はさておき、扱いの難しい刀を選んだやつはどうなることやら、見物だな。
ぼーっと見ていると、ミクが近寄ってきた。
「エルたん、決めたぁ?」
「いや、まだだ」
ふと気づくと、リリがこちらを見ていた。
いかん。俺で最後になってしまっているようだ。
「まーそーよねぇ。エルたんちっこいもんね。木剣ならともかく、真剣は重いから難しいよねぇ」
木剣では軽すぎ、真剣では重すぎる。十歳というのは悩ましい肉体年齢だ。
ミクの手が俺の頭を撫でる。
「よ~しよし、いざとなったら、おねーさんがエルたんのことは守ってあげるからねぇ」
「やかましい、男の頭を気軽に撫でるなっ」
払ってやった。
「ありゃりゃ、エルたん冷たぁ~い。もっと仲良くしようよぉ。おねーさんに甘えてもいいんだよぉ」
「なぜめげないんだ、おまえは……」
勘弁してくれ。曲がりなりにも、かつての弟子の前なのだぞ。
リリを盗み見ると、なぜかじっとりとした目でこちらを見ていた。
なんだ、その顔は。遊んでいないで、さっさと武器を決めろということか。
……ごもっとも。
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