第175話 走れ正騎士
第二小隊の正騎士が、闇空を見上げて叫ぶ。
「再会を喜ぶのは後にしろ、学生ども! 油断をするな! ナイトゴーンドは二対一組! もう一体が必ず闇に紛れているはずだ!」
一旦馬から下りた俺は、正騎士らを見上げた。
若いな。どうやらただの正騎士のようだ。すべての隊にガードナーのようなベテランが混ざっているわけではないらしい。
俺は口を開く。
「それならば問題はない。先ほどベルナルドが墜として俺が斬っ……りました」
途端に、第二小隊の正騎士ふたりが顔をしかめた。
「貴様も騎士を目指す男ならば、このようなときに虚栄を張るのはよせ。弩もなくできるわけがなかろう」
「というか、おまけでついてきただけの子供が、大人の会話に口を挟むな」
この扱いよ。誰がおまけの子供だ。ひよっこ騎士どもが。
口を開きかけたとき、ヴォイドが連装弩を背中へと戻して言った。
「エレミアがそう言うなら、もう一匹はとっくに死んでんだろ。帰ろうぜ」
正騎士がヴォイドを怒鳴る。
「また貴様は! 適当なことを言うんじゃない、ヴォイド・スケイル!」
「あ~? いちいちでけえ声出すなよ」
ヴォイドが耳の穴をかっぽじって顔をしかめた。
こいつはどこでもこうなのか。
馬上のガードナーが俺に視線を向ける。
「ノイ。報告を」
「ああ。あ、いや、はい。ベルナルドが投げ槍で墜として、俺が頸を斬った。あっちに死体が転がっている……ます」
「うむ」
同調するようにベルナルドがうなずいた。
だが第二小隊の正騎士たちは、まだ疑っている。
「投げ槍だと? 馬鹿馬鹿しい! 暗闇の中、そのような武器であのナイトゴーンドが墜とせるものか!」
ヴォイドが肩をすくめて遮るように言った。
「ぎゃあぎゃあうっせえなァ。――おい、エレミア。死体んとこに案内してやれや」
「貴様はまた――口の利き方に気をつけろ、スケイル!」
「へ~いへい。そいつぁ悪うござんした。ククク」
うわあ、もう……。
ブライズ時代の俺でも引くぞ、その態度。いや、引かんか。俺なら問答無用でぶん殴ってた気がする。
とはいえ、ヴォイドは国王キルプスに対してすらこんな感じだ。考えてみれば、いまさら正騎士のひとりやふたりに畏まるわけがない。
案外ヴォイドの中では、フアネーレが最も権力を持つ人間なのかもしれない。それはそれでおもしろい。尻に敷かれているようで。
笑いを堪える俺の前を、ガードナーが馬で横切った。
「スケイル。久しぶりだ」
「ん? へえ、あんた第三小隊だったのか。ガードナーのおっさん」
パシっと音を立てて、ふたりが握手をする。
「ああ」
途端に第二小隊の騎士ふたりが畏まる。
「ガードナー副長、お疲れ様です! このヴォイド・スケイルとはお知り合いですか?」
「戦時中に何度か連携をした」
そうか。ガードナーはリリの部下だ。リリとヴォイドが個人的に繋がっていたから、ここも当然か。
だが驚いたのは俺以上に、第二小隊の正騎士ふたりだ。
「え……。こ、この学生、共和国戦に参戦していたのですか!?」
「スケイルはイトゥカ将軍が気に掛けておられた猟兵だ。強いぞ」
ふたりとも驚愕に目を見開いている。
「な――っ!? 〝戦姫〟殿が!? ……というか、いま現在が学生なのに戦争経験者ですって!?」
驚くのも無理はない。通常ならあり得ない話だ。
十代前半からすでに最前線で戦ってきた人間がいるだなどと。そんな馬鹿げた話は、このヴォイド・スケイルか、あるいは戦姫リリ・イトゥカくらいのものなのだから。
それも、ほとんど単身で戦う猟兵とくればなおさらのこと。
「しかも、猟兵の生き残りィ!?」
素っ頓狂な声に、ガードナーが深くうなずいた。
「おまえたちはフィルポッツと同じで戦争経験のない二年目の騎士だったな。あまり学生と侮らず、スケイルからは色々学ぶといい。私やレエラ小隊長に劣らぬ腕を持っている」
「え……」
ガードナーは続ける。
俺たちひとりずつに、視線を向けて。
「こちらも、学ぶことが多かった。――そうだな、フィルポッツ?」
「う……。ぐ、は、はい……」
最後に視線を向けられたフィルポッツが、不承不承といった感じにうなずいた。
「わ、私も――」
フィルポッツが上を向き、下を向き、横目でモニカを睨む。そうして諦めたように肩を落としてため息をつき、力ない笑みを浮かべた。
「――先ほど、こちらのフリクセル嬢に救われました。彼女がいなければ、ナイトゴーンドに連れ去られていたかもしれない。他にもマージス嬢のアイデアに、それを実行する力を持つバルキンも素晴らしい。悔しいが、学びも多かった」
フィルポッツの言葉に、ガードナーが満足げにうなずく。
部隊の違いこそあれ、副長にそこまで言われては第二小隊の正騎士らも口をつぐむ他なく、彼らは小さくうなずいていた。
沈黙が訪れたところで、ヴォイドがベルナルドに向き直る。
「つーわけで、おっさん。倒したナイトゴーンドんとこまで案内してやってくれや。こっちの騎士どもも任務でな。目視での討伐確認が必要らしいからよ」
「うむ」
ヴォイドがモニカに視線を送る。
「おい、俺の馬に乗れ」
「う、うん」
モニカがうなずいて、ヴォイドの馬の背にまたがった。無論、手綱はヴォイドだ。
イルガの馬には、すでにセネカも乗っている。
「落とさないでよ。落ちそうなときは、あんたの髪の毛にしがみつくから」
「く、ふざけないでもらおうか。俺は貴族だ。馬の扱いはお手の物だ」
「あっそ」
俺はベルナルドの馬だ。
馬を失ったフィルポッツは。
「副長ぉ~?」
「走れ、フィルポッツ」
「ですよね~……」
プレート・メイルの騎士をふたり乗せては、いざというときに馬上では動けなくなる。重い鎧姿で必死の形相になって走るフィルポッツの顔面を、振り返って眺めながら俺は思った。
ふはは、ざまぁみろ。
感謝の中に俺の名前を入れなかった罰だ。
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