第171話 大体自分が悪いから(第16章 完)
レアン騎士団、外征騎士第三小隊でことのあらましをレエラとガードナーに報告した俺たちが、ようやく騎士学校へと戻ってこられたのは、すでに夕刻になってからのことだった。
ベルナルドに手を振り、俺はセネカやモニカと女子寮へと向かう。大して戦ったわけでもないというのに、異様に疲れる一日だった。
セネカが俺を見下ろして言った。
「あれ? エレミアって女子寮だったの?」
「ああ。特例の飛び級のせいでな。男子寮は定員オーバーだったそうだ」
我ながらだいぶ端折った説明だ。だが、ここはもう隠しても仕方がない。彼女らとは別の教官フロアとはいえ、どうせいずれは女子寮をうろついている姿を見られることになるだろうから。
俺はヴォイドのように首を左右に曲げて骨を鳴らしながら苦笑する。
「おまえの下着の件と同じで喧伝するつもりはないから、あまり口外はしないでくれよ。男どもから余計な恨みを買いそうだ」
「いちいちしないわよ」
セネカの返事に、モニカがぼそりとつぶやいた。
「セネカの下着……?」
「魔物の巣にあった例の穴だ。セネカを先にいかせたせいでな」
セネカがわちゃわちゃと両手を振る。
「おいこら説明やめろーっ」
「色さえ言わなければ別にいいのではなかったのか」
「そんなわけあるかっ。男子には絶対言うなよーっ」
「へいへい。……俺も男子なんだが?」
「エレミアはセーフ」
モニカがくすくす笑って言った。
「エレミアって他のクラスとか中等部や初等部の子たちからは女子だと思われてるよね。オウジンさんがずるいって言ってた。同じことをしてるのに僕だけ囲まれるって」
女子避けのためなら、自らが女子になることも厭わんというのか、あいつは。サムライとは。
けれどもそれをやつがモニカに言ったということは、オウジンめ、徐々にだがモニカに気を許し始めているようだ。
「らしいな。元々、俺の入学願書には不備があってな。アリナ王妃の悪戯で女子と書き換えられていたようだ。女子寮にいるのはそのせいでもある」
セネカが俺の髪をくしゃくしゃと掻き回す。
「へえ~。でもまあ、その方がいいかもね。エレミア、かわいいから。ほんとは男の子ってバレたら、ぐいぐいくる年上の女の子いっぱいいると思うよ」
「勘弁してくれ」
「あはは。こんなことしてるとこ、リオナに見られたら大変だっ」
「わかってるならやめ――ろ?」
ゾワっとして顔を上げると、女子寮の入り口付近からリリがこちらを見ていた。セネカとモニカが俺に手を振りながらリリに挨拶をして、寮内へと先に戻っていく。
リリは何かを言いたげに俺を見下ろしている。手にはバスケットがあった。
「ただいま」
「ん。ちょっと……」
少し考えるようなそぶりを見せた後、リリは周囲を気にしながら俺の手を取った。そのまま引き摺るように校庭を歩いていく。
「どこいくんだ?」
「フラワーガーデンよ」
「なぜ?」
「晩ご飯を一緒に食べないと、マージスにあやしまれるかもしれないわ。とても頭のいい子だから」
ああ、そうか。部屋で、というわけにはいかないか。
だがそのセネカの目はもうここにはない。にもかかわらず、リリは俺の手を引いてどんどん歩いていく。
フラワーガーデンでは何組かのカップルが食事を取っていた。入学して数ヶ月だ。まあ、そろそろそういうこともあるだろう。
リリは空いたベンチに俺を座らせ、その隣にバスケットを置いて、俺にぐいと顔を近づけてきた。
「な、なんだ?」
「……」
無言で顎をつまみ上げられ、上を向かされる。
リリが大きく目を開けて、俺の前でしゃがみ込んだ。首筋。じっと見られている。
「……ケガ、してないわね?」
「お、ああ……」
「本当に?」
「ほんとだ」
ベンチの前で膝を折ったまま、リリが俺の顎から手を離し、ぐったりと両腕を垂らした。どでかい安堵の息を吐いている。
そうしてようやく微笑んだ。少し泣きそうな表情で。
「よかった……」
「……」
そうか、と気づく。
あの暗闇で斬り合ったのだ。特にリリの最後の一撃は、あとほんの少し進んでいただけで、俺の首を裂いていたかもしれない。
膝を伸ばして中腰になったリリが、俺の頭部を両腕で胸の中へと抱え込む。
「むぐぁ!?」
「…………よかった……」
ふと気づくと、他の学生カップルが俺たちに視線を向けていた。俺は大きな胸の谷間で頭を振って顔を出す。
「お、おい、リリ」
まずいのではないか、これは。教官と生徒だぞ。
そう言おうとして気づく。
リリは微かに震えていた。そうして絞り出すような声で囁く。
「あなたを殺してしまうところだった……」
「馬鹿か! 俺はそう簡単には死なん! だから放せっ!」
突然だ。あまりにも突然にリリが激昂する。
「――そう言ってあっさり死んだ人がいたのよッ!」
それは悲鳴のような叫びだった。
喉が詰まる。言葉が出なくなってしまった。
「……」
「……ごめんなさい、わかってる……わかってるけれど……」
そうだな。そうだ。
俺には逆らう権利なんて最初からなかった。リリから唯一の身内を奪ったのは他でもない、まぬけな俺自身だったではないか。死ぬはずもないところで死んでしまったのは、あまりに甘かった俺の認識のせいだ。
何が簡単には死なん、だ。人は簡単に死ぬ。だから毎日を必死で生きる。
俺は抱えられたまま短い手を伸ばして、リリの頭を撫でる。そうして、できる限り優しい声で言った。
「大丈夫だ、大丈夫。俺は生きてるぞ。だから、落ち着いたら放してくれよ」
「……っ」
リリの両腕に一層の力が込められた。
ならば、いい。いまくらいは、このままでも。衆目の目線も忘れよう。
どうせ俺は一組以外からは女子だと思われているのだから。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




