第168話 騎士団のお仕事②
ガードナーは躊躇うことなく魔物の巣である洞穴へと踏み込んでいく。だが数歩もいかぬうちに、大きな背中は立ち止まっていた。
「……」
それに続くフィルポッツや俺たちもだ。
周囲を見回し顔をしかめる。
妙だ。魔物の巣と聞いていたのに、変に奥行きがある。それに撤退したはずのゴブリンどもが一体たりとも見当たらない。
これは……。
フィルポッツがガードナーにつぶやく。
「副長、これ、魔物の巣ではなくダンジョンでは……」
「……」
ベルナルドが口を開いた。
「ガードナー副長、僭越ながら、よろしいか」
ベルナルドを振り返ったガードナーがうなずき、先を促した。ベルナルドがいつものように、低く響くゆっくりとした口調で告げる。
「付近に見られた魔物は、ゴブリンとオークと聞いた。それら両種族が、生活を共にすることは、辺境ですら見たことがない。オークの巣穴が近場になくば、ここはダンジョンであると、見るべきではないでしょうか」
確かにそうだ。
ダンジョンであれば複数種族がともに生きていたとしても何ら不思議ではない。それだけの広さを有しているのだから。
ガードナーはしばらく考えるようなそぶりを見せていたが、腰に吊した魔導灯のコックをひねり、白い光を放った。
フィルポッツが息を呑む。
「広いな……。確かにただの巣穴には見えないぞ」
光の届く先に壁はないし、ゴブリンの姿もない。ダンジョンである可能性がまた広がった。
ガードナーが歩き出しながら言った。
「……両種族を可能な限り掃討する」
フィルポッツが、そして俺たちがそれぞれの魔導灯のコックをひねった。左右の広さはさほどでもないが、やはり奥行きは先が見通せない。
天井からは鍾乳石が下がり、ゆっくりと水滴が落ちている。足下は湿った岩だ。魔物の出入りがあるせいか、それなりに均されている。
自然ダンジョンだ。
ガードナーは恐れを知らず、どんどん先に歩いていく。
「おい、ボサッとするな! 遅れるなよ、ひよっこ!」
その後をフィルポッツが小走りで続いた。
俺たちも歩き出す。
「ベルナルド、フィルポッツの声の反響を聞いたか?」
俺はベルナルドを見上げて尋ねた。
「うむ。深いな。それにこの臭い」
ベルナルドは鼻をスンスンと犬のように鳴らしている。
「うーむ……」
「どうした?」
「いや、進もう」
「待て。俺が先にいく。おまえは最後尾だ」
ベルナルドの武器は槍とハルバードだ。どちらも長い。レアンダンジョンならばさておき、この通路の狭さでは満足に振るうことは難しい。
ベルナルドがうなずく。
「わかった。気をつけろ、エレミア」
「ああ」
俺が学生四人の先頭に立ち、次にモニカ、そしてセネカとベルナルドが続く。
わずかだが下っている。傾斜だ。谷底の洞穴から入り、さらに下るか。分岐がないことだけが救いだな。
湿った岩の傾斜を、ガードナーはどんどん下って行く。長い。あまりにもだ。
俺たちの前をいくフィルポッツが口を開いた。
「副長、これは深すぎます。複数種族が潜んでいる危険性を考えれば、足手まといの学生などではなく小隊で再訪問すべきではないでしょうか」
「……」
ガードナーが立ち止まる。何か思案しているようだ。
俺たちを追い越して、ベルナルドがガードナーとフィルポッツの隣に立った。
「失礼」
背中のハルバードを外し、その柄で足場を打つ。コォンと音が響き、反響しながら消えていった。俺がレアンダンジョンで広さを知るために行ったのと同じ方法だ。
フィルポッツが喚く。
「何をしている、学生! 上官の会話を邪魔するんじゃない!」
うるさいやつだ。
俺は耳の後ろに両手をあててつぶやく。
「もう一度だ。ベルナルド」
「うむ」
再びハルバードの柄が地を打つ。先ほどよりもやや強くだ。音は反響しながら消えていき、微かに……ほんの微かに跳ね返ってきた。
俺はベルナルドと視線を合わせてうなずき合う。
「ガードナー副長。この先の正面に壁がある。分岐か行き止まりかはわからないが、ここまでゴブリンと遭遇しなかったことを考えればおそらく分岐ではないかと思う。距離はそれほどでもない」
「……」
ガードナーが無言でうなずいた。
フィルポッツがまだ喚く。
「そのようなこと信じられるものか! ここは引き返すべきだ!」
珍しくガードナーが口を開いた。
「バルキンは辺境の民だ。自然に対し造詣が深い。進むぞ、フィルポッツ」
「う……。副長がそう仰るのでしたら」
ガードナーが再び進み始めると、フィルポッツは俺たちを睨んでから舌打ちをして、彼の後を追うように渋々と歩き始めた。
セネカがあからさまなため息をついたが、言葉は何もなかった。
そこからそう遠くはない場所で、俺たちの行く手には睨んだとおりの壁が現れる。通路は右手に延びている。
だが――。
ベルナルドが屈んだ。正面の壁の足下には小さな穴があったのだ。
「うむ……。縁が削れている。日常的に、ここを通る者が、いるようだ」
「大きさから考えてゴブリンね」
セネカが同じくしゃがんで、壁の下を覗いた。
「深いね。それに奥で曲がってるみたい」
通れるとすれば、十歳の俺と小柄なセネカくらいのものか。モニカでさえつっかえそうだ。プレート・メイルを装着している騎士ふたりは言うに及ばず、ベルナルドは絶望的だろう。
「ガードナー副長、俺を行かせてくれ」
「しゃしゃり出るな、ガキが! 貴様らがくたばれば誰が責任を取らねばならんと思っている! というか口の利き方に気をつけろ!」
怒鳴ったのはフィルポッツの方だ。
おまえには言っていないのだが。やむを得んな。
「危険と判断すれば引き返す。どのみちこの先に何が潜んでいるかを調べねば、ここへきた意味そのものがなくなってしまう……ぃます」
おかしくなってしまった語尾に、ぷふ、とセネカが吹き出した。
笑うなよ。
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