第167話 騎士団のお仕事①
カーツのやつ、とんだ妹がいたもんだ。完全にブラコンを拗らせているではないか。言っとけよ、そういうことは。
その妹、つまりレエラ・アランカルド小隊長から下った任務を遂行するため、俺たちは第三小隊に所属している正騎士ふたりに率いられ、なだらかな斜面を馬で下っていた。
ベルナルドの駆る馬の後ろには俺が、モニカの駆る馬の後ろにはセネカが乗っている。そのセネカが髪を押さえながら言った。
「風が気持ちいいねー!」
モニカもさすがは貴族だけあって、乗馬は嗜んでいたようだ。
「うむ。馬はいい。強く、しなやかで、美しい」
ベルナルドが楽しげにうなずく。
辺境の民の多くは畜産動物とともに生きている。ヤーシャ族のベルナルドにとって、馬の扱いは手慣れたもののようだ。そういえばいつかイルガが言っていたか。ベルナルドの武器は本来槍で、騎馬でこそ真価を発揮すると。
だが、そのベルナルドが巨大な風よけになってしまっているせいで、後ろにいる俺にあたるのは直射日光だけ。
すでに真夏の太陽は直上だ。
暑い。風が欲しい。
そもそも馬を駆る程度、俺にとっても造作もないことなのだが、十歳ということを鑑みて、前をいく正騎士らが許してはくれなかったのだ。ブライズとしてはもちろんのこと、エレミーとしても乗馬は嗜んでいたというのに。
だがまあ確かに、十歳の俺が操る馬の後ろに巨体のベルナルドが乗っかっているという図は、少々奇抜か。
やがて四頭の馬は傾斜を下りきった先にある小さなせせらぎで、その脚を止めた。正騎士のふたりが下馬する。
どうやら目的地についたようだ。
「貴様らも下りろ」
若い騎士が俺たちにそう命じた。
名はブランドン・フィルポッツ。正騎士としてレアン騎士団に入団して、まだ二年目だそうだ。つまり戦争経験者ではない。
ダークブラウンの髪は短く逆立ち、眉は気の強さを表すようにややつり上がっている。
もうひとりの正騎士ジョエル・ガードナーは寡黙な男だった。初対面からここまで、俺たちと交わした言葉は自身の名だけだ。
肌は焼けて浅黒く、髪は剃り上げられている。その頭部から額までは斬り傷があり、顔立ちは精悍そのものだ。おそらく年齢は三十代半ばだろう。そして第三小隊の副長でもある。
どちらもヘルムこそ外しているが、暑そうなプレート・メイルに身を包んでいる。
俺たちが馬を下りると、馬はすぐさませせらぎに近づき、水を飲み始めた。
ガードナーが対岸を指さす。
洞穴がある。
「巣はあそこだ」
それだけを告げると、ガードナーはせせらぎに足を浸けて対岸へと歩き出した。
任務は魔物の討伐依頼だ。ここら一帯はレアンと他都市を繋ぐ街道近くなのだが、最近になってゴブリンやオークが旅の商人を襲い、食糧などの荷を奪うという事件が何度も発生していたらしい。
そこでレアン騎士団から調査隊を派遣したところ、どうやらこの洞穴から出入りするゴブリンを見たそうだ。
俺に言わせりゃ、発見した時点でそのまま調査隊でぶっ潰してしまえば済んだ事件なのだが、残念ながら騎士団というのは融通が利かない。調査も討伐も、役割が被れば諍いが起きる。
くだらんなあ。実にくだらん。
「何をぼやっとしている。貴様らもついてこい」
ガードナーの後をフィルポッツが追いながらそう言った。
言われずともすでに四人とも水に足を浸けていたのだが。新米騎士の分際で、いちいちやかましいやつだ。
そうは思いつつも、俺たちは足を速めた。
せせらぎは膝下までだ。俺だけ膝上だが。
「馬は繋がなくていいのかしら」
セネカが振り返りながらそう言うと、フィルポッツが嘲るような笑みで口を開いた。
「不要だ。貴様らが使う駄馬とは違い、呼べば戻ってくる。そもそも考えてもみろ。巣穴の近くで魔物に襲われては、繋がれた馬ではひとたまりもない。貴様らのような半端者よりよほど使える馬だ。消耗品ではないのだぞ」
「そうですか」
もっともな話ではあるが、その言い方よ。
気に入らんなあ。たかだか二年目風情が。
と……。
俺は隣をいくセネカの腹を片手で押してその足を止めさせた。
「ひゃ……え? ちょ、どこ触ってんのよ……」
唇の前に指を立てる。
水流の中では震動は感じづらいが、何かが――洞穴の中からだ。
「待て! ガードナー副長!」
俺が声を飛ばした瞬間、洞穴からゴブリンたちが飛び出してきた。そのまま一瞬たりとも留まることなく、やつらは先頭の三体がガードナーへと襲いかかる。
だが次の瞬間。
ガードナーは腰の剣を抜剣するなり、左から右へと薙ぎ払った。同時に襲いかかってきた三体が右方へとまとめて薙ぎ払われ、せせらぎに落ちる。透明な水が真っ赤な血で染まった。
継いで上空から襲いかかってきたゴブリンの石斧を左手の手甲で受け止めながら払い除け、せせらぎに落としたところで逆手に持ち替えたロングソードで貫く。
「……」
実に落ち着いたものだ。
奇襲に失敗したゴブリンたちは一旦退き、俺たちを取り囲むように展開した。数は五十余り。水を蹴散らし、前後左右に散っている。
その段に至ってようやくフィルポッツは抜剣する。俺たち学生ですらすでに抜いているというのに、鈍い男だ。
ゴブリンが一斉に牙を剥いた。四方八方から襲いくる合図だ。
「邪魔だ! 足手まといの学生は下がっていろ!」
そう叫んだフィルポッツを追い抜いて、俺はガードナーと同時に洞穴方向のゴブリンどもへとあえて斬り込む。
襲撃を迎え撃てば不利になる。先手必勝、やつらの知能を掻き乱す。
二体のゴブリンが同時に首から上を失って倒れた。
ガードナーがほんの一瞬、俺に視線を向ける。
「……」
だがすぐに前方へと視線を戻し、次のゴブリンを斬って捨てた。俺はその足下を駆け抜け、さらに前方のゴブリンの喉を貫く。
フィルポッツが後方で叫んだ。
「おい、このクソガキ! 副長の邪魔をするんじゃない!」
だがそのフィルポッツを置き去りにして、ベルナルドが、モニカが、セネカが展開する。
「ぬぅん!」
ベルナルドのハルバートが複数体のゴブリンを同時に吹っ飛ばし、倒れたところをセネカが次々と処理していく。
だが俺が驚いたのはこのふたりではない。
モニカだ。空振一刀流のような動きで敵の刃を受け止めることすらなく、次々と斬り裂いている。しかも得物がいつの間にやらオウジンと同じ刀に変わっている。愛が重い。
結局、フィルポッツが一体も沈めぬうちにゴブリンたちは形勢不利とみたか、洞穴へと逃げ帰っていった。
得物に付着した血を払い、俺たちは鞘へと戻す。
ゴツゴツとした硬い掌が、俺の頭にのせられた。
「む?」
「……」
ガードナーが俺を見下ろしていた。
だが言葉はなく、やつはまた先頭に立って洞穴の方へと進んでいった。
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