第164話 騎士団宿舎で少女は語る
都市に駐留する騎士団には大別して三つの機構がある。
都市内で起こる様々な事件や事故を調査解決する巡回騎士と、都市外で発生する魔物や対外的な敵性勢力の対処にあたる外征騎士、そしてその両騎士団に対してのみ特権を持つ調査騎士だ。
他にも国境都市には防衛のための国境騎士や、王都には王族の私兵である近衛騎士などもあるが、レアンに駐留しているのは概ね前三者だ。
俺とヴォイドがインターンシップで訪れたのは、最も数の多い外征騎士の宿舎だった。名目は将来的に就くことになる騎士の仕事を見て学ぶことだ。
退屈であくびが出る。
ちなみに所属は同じであっても、ヴォイドとは配属される小隊が違う。あいつは第二小隊で、俺は第三小隊のようだ。
ついでに言えばオウジンは巡回騎士に、そしてリオナは調査騎士に配属希望届を提出し、俺たち三班は事前に予定した通り、無事割り振られることとなった。
「ではな、ヴォイド。場所が場所だ。あまり面倒事を起こすなよ」
「あー? おめえにだけは言われたかねえっつーの。アホガキ」
外征騎士の宿舎に入り、俺たちは背中を向けて歩き出す。
俺は向かって右の廊下を、ヴォイドは左の廊下をだ。その後を数名の学生たちがついてくる。俺の後ろを歩いているのはベルナルドとモニカ、そしてセネカだ。
歩きながら尋ねる。
「おまえら、どうして外征騎士を選んだんだ?」
巨体のベルナルドが遙か高所から俺を見下ろした。
「うむ。おれは、騎士にはならない。ヤーシャ族のため、知見を広げたい。巡回騎士や調査騎士では、街の外を見ることは叶わないだろう」
ヤーシャ族のため、か。
だがベルナルドの姓はバルキンだ。ヤーシャではない。
流浪の民の出身であるリリがイトゥカ一族をいまでも名乗っているように、辺境の民は己の姓を名乗るものだ。
こいつも何か訳ありなのだろうか。ガタイだけではなく、精神的にも他の学生らと比べて成熟しているようだが。
「そうか。――モニカはオウジンと一緒じゃなくてよかったのか? てっきり巡回騎士に希望届を出したものだとばかり思っていたのだが」
女子にしては背の高いモニカだが、いつも自信なさげに肩を小さく縮こまらせている。初めての騎士団宿舎では余計にだろう。
前髪の隙間から、微かに細められた目が見えた。
「あ、うん。この前、オウジンさんに女性の好みのタイプを聞いたら、僕より強い人って言っていたから……」
オウジン!?
お、おまえ、それはいくら何でも残酷過ぎるぞ。
「えっと、同じ場所で同じことだけ続けていても、きっと超えられないよね……」
「かもな」
「ブライズ様のように、色々なものを取り込んで彼を超えないと」
「……そうか。がんばれぇ……」
「うん。エレミアでさえ勝てないんだから、わたしなんてまだまだ遠いけれど、卒業までにはきっと」
俺は手足がオウジンと同条件まで伸びれば勝つ自信はあるが、モニカは三年程度では厳しいだろう。糞まじめ野郎のオウジンはいまも成長し続けている。
彼女の言う通り、オウジンから教わった剣術だけでは、やつは超えられない。それは以前オウジン自身が俺に言った「空振一刀流では剣鬼を斬れない」という言葉と同じだ。
案外お似合いなのではないだろうか。オウジンの方が背は低いし、対するモニカは学生の分際でとんでもナイスなバディをしているが。
モニカが誤魔化すように、隣を歩く一つ結びの少女に話題を振った。
「セネカさんは?」
「ん? ああ。わたしは別に。どこでもよかっただけ。外征騎士に空きがあったから、余ったところに入ったのよ。人気がないのはここが一番過酷だからかな」
「珍しく場当たり的だな」
セネカが口に出す言葉や実際に取る行動には、大抵意味がある。いつも頭の中で何かを考えているイメージだ。大半の人間の思考はそこまで及ばない。
大小の規模を問わず、隊の長に向いていると思う。ちなみに似た傾向を持つキルプスは、その規模が国家にまで及んでいる。やっぱおかしいよ、あいつ。
「俺はてっきりイルガと一緒だからかと思ったのだが」
ちなみにイルガはヴォイド班に振り分けられていた。
セネカは眉をひそめた後、あっさり笑い飛ばす。
「あはは。なにそれ」
「てっきりいい仲なのかと」
「む、そうなのか? おれは、聞かされていないが……」
珍しくベルナルドが食いついた。
イルガとベルナルドはしょっちゅう一緒にいるからな。親友といった感じだ。
セネカが苦々しい笑みで返す。
「そんなわけないでしょ。あぁ、どこでもよかったって言っても、別に自棄になってたりはしないわよ。どこにいても、誰といても、そこですべての問題に対応できなくてはって思っただけだから」
「おまえ、まじめに騎士を目指してるのか?」
「うん、そうよ。爵位を取って、お父さんとお母さんを楽させてあげるの」
セネカが人差し指で頬を掻いた。
苦笑いが照れ笑いに変化する。
「お父さん、例の戦争で足を一本持ってかれちゃって、片腕もほとんど動かなくなったの。だから商売続けるのが厳しいんだ」
モニカが沈痛な表情で尋ねた。
「お父さまは騎士だったの?」
「ううん、民間人よ。物流の仕事をしていたから、国内の都市間で物資を移送していただけ。それも軍用じゃないもの。でもあの戦争って騎士とか民間人とかもう関係なかったよね。少なくとも王国側には巻き込まれた人なんて山ほどいた」
笑みが微かに引き攣っている。
感情を堪えているのかもしれない。悔しさか、悲しみか、あるいは身に降りかかる重圧だろうか。
宿舎の廊下を歩きながら、セネカは続ける。
「わたしが騎士学校に入学できたのは、陛下から贈られたお見舞金があったからよ。お母さんにお願いしてそれを遣って、わたしはここへきた。だから卒業して叙爵されるまで、絶対に諦めたりしない。家族を支えるだけじゃなくって、守れる力が欲しいから」
なんとも言えんな。やはりみな何かを抱えている。必死で落とすまいと両腕で大切にだ。
ベルナルドの大きな手が、小さなセネカの背中にそっと添えられた。
「がんばれ」
「もちろん、そのつもりよ。みんなもね」
セネカはそう言って笑った。今度は屈託のない笑みだ。
ちょうど会話が途切れたところで、俺たちは廊下の突きあたりにあるドアの前で立ち止まった。かけられているプレートには、第三小隊の長の名が刻まれていた。
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