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第15話 世界の闇からきた不良




 名門貴族オルンカイム家のご令嬢が鼻歌交じりの軽い足取りで教室から出て行くのを待ってから、俺は自身の席に戻り、配布された教本を鞄に詰めて教室を出る。

 あの小娘のせいでむしゃくしゃする。

 俺がオウルディンガム家の人間であることを吹聴されては、あの窮屈な王城に連れ戻されかねない。なんとしても猫娘を黙らせねばならない。しかし猫という生物は、大概にして人の思い通りには動かない。


 思わず舌打ちが出た。

 いま考えても無駄だ。どうせわからない。こういうときは無心になって剣を振るに限る。雑念が消えるまでな。真剣の配布はまだだから、教員室にいるリリから木剣を借りてどこかで素振りでもしよう。

 そんなことを考えながら廊下を出た途端、またしても背後から声を掛けられた。


「よお」


 もううんざりだ。

 俺は振り返りながら睨み上げる。


「今度はなんだッ?」

「あ? いきなり何キレてんだ……」


 振り返ると、そこにはボサボサ髪の少年が立っていた。

 制服をきちんと着込む他の生徒らとは違ってブレザーの前は開き、はだけたシャツの胸元にはシルバーのネックレスが光る。両手はポケットに突っ込まれ、顔にはニヤついた笑みが張り付いていた。見上げればかなりの高身長だ。

 髪色は金色に近い明るい茶色だが、根元に近づくにつれて茶が濃くなっている。おそらく魔法で色を抜いているのだろう。


「何でもない。用件はなんだ?」

「ノイっつったっけ、おまえ」

「ああ。エレミア・ノイだ」


 やつは興味深そうに俺に近づいてきて、まるで犬がニオイでも嗅ぐかのように顔を近づけてきた。背後に回り、また眼前に戻ってくる。


「へぇ~」


 ぷんと、香水の臭いがした。

 これが不良というやつか。なんというか、人を殺したことはないが、人の顔面を殴り慣れていそうな顔だな。まあ、このツラで俺は殺し慣れているんだが。前世でな。


「ふ~ん?」

「もう一度聞くが俺に何か用か? 金ならないから他を当たれ」

「いや、誰がカツアゲだ。――おまえ、あいつと何を話してた?」


 ミクのことか。

 薄々わかっていながら、俺は尋ねる。


「誰のことだ?」

「とぼけんなよ。オルンカイム嬢だ。教室の隅で話してたろ。周囲を気にしながらな」


 ニヤついた笑みが消えている。

 何やら凄みのようなものを感じる。学生にしては珍しい。視線が鋭いんだ。それでも戦場で慣らされた俺が気圧されるようなことはあり得ないが。

 それよりもやつの質問だ。さて、どう応えたものか。


 ダンジョンカリキュラムの存在は、他の生徒らにはまだ知らされていない。だからあの件はミクと俺との秘密ということになる。

 別にそんなものを遵守してやる義理はないが、こちらの正体を彼女に知られている恐れがある以上、へたに口外できない。報復に俺の正体を吹聴される恐れがあるからだ。

 だから俺は話題を逸らすことにした。


「なんだ? ミクはあんたの恋人か? それとも兄妹、従妹か? わかっているとは思うが俺は十歳だ。色気のある話にはならんから安心しろ」


 それを聞いた少年が、頭を掻きながら顔をしかめた。


「あ~。そういうんじゃあねえんだ。乳臭えガキの性事情にゃ興味はねえ。オルンカイムにも、おまえにもだ。というかおまえ、やたらとませてやがるな。俺の知ってるガキとはずいぶん違うぜ」


 内心ひやりとした。

 そうだな。そうだった。本当のガキはこんなことを言わないか。ああ、糞。やりづらい。

 内心の動揺を押し隠し、表情には出さないように応じる。


「馬鹿なことを言うな。見た目は子供、頭脳は大人などというそんな都合のよい不可思議があってたまるか」

「マジにとんじゃねえよ、とっつぁん坊や」


 誰がとっつぁん坊やだ。ぶっ飛ばすぞこの野郎。

 いかんいかん、ここでキレては色々まずい。


「とにかく色気も備わってねえガキ女にゃ興味がねえし、そういう意図で尋ねたわけでもねえ。おまえに言ってもわかんねえだろうが、女ってのはやっぱ艶がねえとな」


 ガキガキって、おまえもガキではないか。ブライズ目線で言えば、新米騎士未満の小便垂れだ。

 だが、そうだな。女の好みだけは気が合いそうだ。

 次の言葉を待つが、なぜかやつは言い淀んだ。


「あ~……」


 しかしそうなると、やはり声を掛けられたのはカリキュラムの件という可能性が高くなる。こいつも俺がローレンスを倒したことを知っていて、勧誘しているのだろうか。あるいは俺ではなく、ミクの方に目をつけていたか。あの小うるさい猫娘が有効戦力になるとは到底思えんが。

 こちらから聞きたいところだが、そうなるとカリキュラムの秘密を話さねばならなくなってしまう。ええい、まったく面倒な。


「名を尋ねてもいいか?」

「ん、ああ。ヴォイドだ」

「家名は?」


 ヴォイドが両手を広げて肩をすくめた。


「へっ、そんなもんねえよ。この学校に通う大半の貴族様と違って、俺はエルヴァのスラム街出身だ。まともな平民ですらねえし、親のツラなんざ見たこともねえ」


 エルヴァ。確か海沿いに位置する観光都市だ。

 高級宿の建ち並ぶ煌びやかな海沿いの観光街と、陸地側の荒んだスラム街で、まるで地図に線でも引いたかのように、街の見せる顔ががらりと変わる。

 見回りの騎士でさえも海沿いの観光街だけを回っているため、スラムは荒れる一方なのだとか。もっとも、スラムの住民も騎士の常駐など望んではいないのかもしれないが。

 あそこは世界の暗闇だ。表の光が強い分、裏の闇も濃くなっている。得体の知れない組織がいくつも発生し、蠢くほどに。

 俺は顎を上げて高圧的に言う。


「それでも草木のように勝手に育ったわけではないだろう」

「……面倒くせえガキだな。孤児院名はスケイルだ。ヴォイド・スケイル。だがスケイルなんて呼ばれたところで、すぐには反応できねえからな。十歳の頃に孤児院を飛び出してからは一切使ってねえ家名だ」

「そうか」


 俺の言えることではないが、道理で口と態度が悪いわけだ。

 王立レアン騎士学校では才能ある人材を幅広く発掘するため、身分を問わず生徒の募集をしていた。平民の子がいるのは珍しい話でもないのだろう。

 しかしそこからレアン騎士学校に合格できるとは、この男は見かけに依らず優秀なのかもしれない。頭は悪そうなのにな。


「用はそれだけか? ではな、ヴォイド」


 立ち去ろうとした俺の肩に、ヴォイドが手をのせた。否応なしに足を止める。


「話題逸らせて終わらそうなんざ、ガキの割にこざかしいぜ」

「……」


 やはり頭が切れるようだ。さて、どうしたものか。

 だがそんなことを考えた瞬間、ヴォイドは俺の肩から手を下ろした。


「ま、いいや。別におめえらが何を話してようが俺にゃ関係ねえからよ」

「……?」


 やつが後ろ手を振りながら去っていく。ずいぶんあっさりとだ。


「だからひとつだけ、おにーさんからノイ坊に忠告しといてやる。――オルンカイム嬢にはせいぜい気をつけな」

「なんだ、あいつ……。結局、何が言いたかったんだ……」


 このレアン騎士学校には、わけのわからないやつが多い。

 剣を振る気も失せるほどにどっと疲れた俺は、教員室に向かうことをやめて寮に戻ることにした。


楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。

今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。

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― 新着の感想 ―
[一言] ヴォイドくん、、、そんなに悪い奴に見えない。 どんな展開になって、活躍してくれるのかwktkしながら、待ってます(≧▽≦)
[良い点] 更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ 何と云うか、よく絡まれる主人公ですね。 ホントに一度お祓いに行った方がいいレベルではなかろうか(笑) 尤もヴォイドくんはまだマシな方に見えますが……(*´-…
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