第158話 凍える身体を温めて
何やら頭の上でガミガミとやかましい声が聞こえる。
もっと燃やすものを持ってこい!
髪でも鞄でもいい!
誰か毛布を持っていないか!?
オーガの腰蓑を剥いできた!
早くくべろ!
窒息は治療魔術では治せないんだ!
まだ息はしてるか?
「じゃああたしがお口で手伝うねっ。いっただっきまぁ~す」
くわっ、と俺は目を開けた。
眼前には、鳥の嘴のように唇を尖らせて迫るリオナの顔面がある。俺は慌ててその頬を両手で挟み込み、ギリギリのところでキャッチしていた。
ひぇ……!
キャッチしたというのに、まだじわじわと迫ってきている。
「くぅ、抵抗しよる、エルたんめぇ! おとなしく人工呼吸されなさぁ~い!」
「阿呆! よく見ろ、俺はもう起きている! 必要ない!」
「もうちょっと! もうちょっとだけ仮死ってて! すぐに済ますから! 先っちょだけでいいから!」
「冗談ではないっ」
全身をねじって転がりリオナから逃れると、クラスメイトたちの冷ややかな視線が注がれていた。
横にはフィクスが炎を制御している小さな焚き火がある。
よほど燃やす物がなかったのだろう。書き込まれたマッピング用のノートや年期の入った鞄、お洒落な羽織などがくべられていた。レティスに至っては二つ結びの髪のひとつを、すでに頭から切り離した状態で手に持っている。
「……」
「……せっかく切ったのに……髪……」
「す、すまん。レティス」
「……サイドテールに……なっちゃった……」
あわわわわ……。
みんな結構大切なものを燃やしてくれていたようだ。だというのに、俺ときたら割とあっさりと目を覚ましてしまった。魂がブライズだから生命力が無駄に強いんだ。
いたたまれない空気だ。
いや、それよりも。
「オウジンは!?」
「ここにいるだろ」
焚き火の向こう側にオウジンが座っていた。
俺もそうだが、オウジンも半裸だ。濡れた服は脱がされ、焚き火近くの岩に貼り付けられ、乾かされている。
俺は胸をなで下ろす。
「ホムンクルスはどうなった?」
「僕とヴォイドのふたりがかりで首を絞めて窒息させた。最初のホムンクルスのように皮膚の硬化能力がなくてよかったよ。あれがあったらお手上げだった」
「水中戦特化だからな。硬化させたら沈むのかもしれん。知らんけど」
「かもな。――なんにせよ、おかげで助かったよ。ありがとう、エレミア」
俺は肩をすくめてみせる。
「お互い様だろう」
「キミをすくい上げたのはリオナさんだよ。僕らはホムンクルスを絞め落とすのに手間取っていたからね」
リオナが真顔を俺に近づけた。
「救命の報酬はキッスでいいよ」
「断る」
「あぁん……。もうちょっとだったのにぃ……」
救われた報酬がキスなら、俺はヴォイドとオウジンにもしなければならなくなる。理屈ではな。
ふと気づけば、リオナは微かに震えていた。俺やオウジンと違って女性だから、濡れた制服をすべて脱ぐわけにはいかないんだ。火に近づいてはいるが、これでは焼け石に水だろう。
「んっ、くしゅ!」
俺は仕方なく、震えているリオナの膝の上に座ってやった。
やはりリオナの全身はかなり冷え切っている。
「うはっ!?」
「……岩だらけでケツが痛い。だからおまえの膝に座らせろ」
我ながら理由がめちゃくちゃだ。
だがリオナは俺の全身を両腕で抱え込むように抱きついて、耳元で静かに囁いた。
「……ありがとねー……あったかい……。……エルたんだけなら、喜んで脱ぐんだけどなー……」
「……」
「反応をください」
「断る」
俺も冷えてはいるが、リオナよりはすでに体温を取り戻せている。
そう言えば。
「ヴォイドはどうした。イルガとセネカもいないな」
「あのホムンクルスの死骸を埋めてくるそうだ」
「埋葬?」
オウジンが苦笑いを浮かべた。
「まさか。騎士団に回収されるのを防ぐためだ。けれど、この戦いの報告はするつもりらしい。ホムンクルスが他にもいたということだけな。死体は地底湖に沈んだことにするそうだ。さらっても揚がってはこないだろうけどね」
「そうか」
それがいいだろう。いまのところはな。
というかヴォイドのやつはどこまでタフなんだ。冷えてはいないのだろうか。
ふと、俺はオウジンの下着を見て目を丸めた。
「なんだ、それ?」
「ただのふんどしだが……」
「知らん」
「長い布を巻き付けて装着する故郷の下着だよ。急所を守ってくれる。ちなみに、これのおかげで助かったんだ」
これのおかげで助かった……? これの……? おかげで……?
オウジンが事も無げに言った。
「刀を落としてしまったから、これを水中で解いたんだ。それでヴォイドに端を持たせてホムンクルスを絞め落とした」
「あ~……あの白い布はそれか」
なんとまあ気の毒な死に方か。
「それも空振一刀流の教えか?」
「そうだが?」
まじめな顔で不思議そうに聞き返されても困る。こちとら冗談のつもりで言ったのに。
「空振一刀流では無手になったとき、長い布で敵の武器を巻き取る技がある。その応用だ」
「そうか……」
さすがにこれは〝型無し〟に取り込めそうにない。あのような窮屈そうな下着はつけたくないからな。あとなんか感覚的にヤダ。
是非はともかく、俺には遠く離れたところでひとりもじもじしながらオウジンの半裸を指の隙間からガン見しているモニカの視線の方が気になっていた。
こうして俺たち一組は、三度目のダンジョンカリキュラムから無事に生還したのだった。
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