第14話 早速正体がばれたかも
猫娘が人差し指を俺の唇の前で立てる。
「大声はだめ。だめだめ、だぁ~めっ。わかってるからぁ」
どうやら尋常な立ち合いであった場合、俺の剣は正騎士ギーヴリーを殺せるほどの腕前だと言いたかっただけのようだ。紛らわしい。
しかしよかった。一応生きてはいたようだ。あの貧弱騎士め。いま思い出しても地獄に叩き落としてやりたいほど嫌いだが。
「ちっ。というか、なぜそれを知っている。あれは初等部の試験会場でのことだぞ。高等部の実技試験は日付が違ったはずだ」
ニヒヒと笑って、猫娘が俺の肩に両手を置いた。いや、肩を通り越して首の後ろまで回される。
コツンと額があたった。呼吸がこそばゆい。
誘惑でもしているつもりか。小娘が。
唇が動き、吐息がかかる。
「いいじゃんいいじゃん。かわいい上に腕っ節もあるなんて。組まない理由ないじゃん」
俺は容赦なくその顔面をわしづかみにして、押し戻してやった。
「ふん、俺にはメリットがない」
「おやあ? 本性出てるねえ? メリットはあるよ。だってエレミアったら、まぁ~だ隠してることが、あるよねぇ~?」
……。
ざわ、と背筋に悪寒が走った。
猫娘が再び顔を近づけてきて、コテリと真横に首を倒した。そうしてニタリと笑う。
「いいんだよぉ、別にね? 断ってくれても? でもぉ、でもでもでもぉ、この先は言わなくたってわかるよねえ?」
剣聖ブライズの生まれ変わりであることは、さすがに知るよしもないはず。となれば王族、つまりはオウルディンガム家の出身であることか。
どこから漏れるんだ、そんなこと。いや、むしろなんでこんな小娘が気づいてる。
王族であることが知られれば、十中八九危険が迫る。個人的には別に構わんが、そうなれば学校を巻き込んでの事件に発展しかねない。俺とて、生徒らを危険にさらすのは本意ではない。
そうでなくとも、王族を意識されれば教官連中とて俺を優遇せざるを得なくなるだろう。
俺は厳しい薫陶の中で剣の腕を磨き、かつての力を取り戻したくてここへきたのだ。優遇などされては意味がない。それこそ王宮内でごっこ遊びを強要されたも同然の、貴族剣術の時間みたいなものになってしまう。
「ああ、糞! わかった! わかったよ! あんたと組む! それでいいんだろ!」
「うんっ。じゃ、自己紹介するねっ。さっきホームルームでしたけど、トーゼン覚えてないよねっ」
「ひとりも覚えていないっ」
「だと思ったー! あたしもー! アハハハハハハ! あ、キミだけ覚えたよっ! 超タイプだったからっ!」
俺は額に手をあててうつむいた。
「でもショックだなあ。騎士学校は女の子が少ないんだから覚えてくれたっていいじゃん。クラスでもたったの二割しかいないんだよぉ」
二十名のクラスだから、女子の数はわずか四名だ。
「あいにくまだガキでね。色気づいていないんだ」
「ニヒヒ、知らないのかな? ガキは自分のことをガキだなんて言わないんだよぉ? まるで一端のオトコみたいだねえ?」
その口ぶり。
そんなわけないはずだが、オウルディンガム家のことではなく、剣聖ブライズのことじゃあないだろうな。
得体の知れんやつだ。怖くなってくる。
俺はため息交じりに、偽名の方を吐き捨てる。
「エレミア・ノイだ。好きに呼べ」
バレてしまっているとはいえ、本名を名乗るわけにもいかない。
「知ぃってるぅ~。あたしはミク。ミク・オルンカイムだよ」
ふと、脳内に刺激が走った。
このミクとかいう猫娘にはまったく見覚えはないが、家名は知っている。そう多くはない家名だ。
「オルンカイム?」
「ありゃ? もしかして知ってるぅ~?」
あ。
俺は猫娘を指さす。
「おまえの祖父はマルド・オルンカイム閣下か!?」
「うん。そのオルンカイムだよぉ。祖父じゃなくて父だけどー」
マルド・オルンカイム。エギル共和国との国境線近くにある城塞都市を統治している辺境伯だ。
山岳で鍛えた屈強且つ異常なまでの機動力を誇る騎士団と、神出鬼没の魔術師団を自ら指揮し、共和国との戦線を一歩たりとも退くことなく守り続けた猛将マルド・オルンカイム。
やつの娘か!
オルンカイム閣下とは前世で多少なりと馴染んだ仲だったが、存命ならばもう七十の爺さんだ。ブライズよりも遙か上だというのに、ずいぶんと若い娘がいたもんだ。夜にハッスルしすぎだろう。
「えっへ、エレミアのことはエルたんって呼ぶね」
しかし似ていない。正直驚いた。
このミク・オルンカイムは、あの巨体を誇るオルンカイム閣下とは似ても似つかん普通の体型をした美少女だ。共通点といえば髪色くらいしか見当たらない。
あの素材からこの完成形ができるのか。人類の神秘だな。案外ブライズも前世で子作りをしていたら、俺にもこんな子供がいたのかもしれない。
己より年上の子など考えたくもないが。
「お~い、エルた~ん? 聞いてる?」
「ん、ああ。許可などいらん。好きに呼べと言ったはずだ」
素っ気なく返すと、ぶーと膨れたミクが拗ねたように口を尖らせた。
「ほー、んじゃあ~、かわいらしく子犬って呼ぼっかなっ」
勘弁してくれ。そんな情けない渾名をつけられるくらいなら、前世の“獣”の方がまだマシだ。そもそも子猫に子犬呼ばわりされる謂われはない。
「…………やっぱエルでいい」
「だよねーっ。じゃ、そんなわけで、よろしくネ!」
差し出された手を握り返す。
「ああ」
しかしまずったな。いきなり秘密を握られるとは。
俺の学生生活は前途多難だ。
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