第148話 探索の再開
ベルナルドのハーブティーとともに昼食を取り終えた俺たちは、これからどうすべきかの話し合いを始めていた。
ベルナルドの二班に移籍した魔術師フィクスが、カップを荷物に詰めながらつぶやいた。
「対岸に渡るの? そもそも本当に対岸があるのかな?」
魔導灯の光の届く範囲内は、地底湖の途中で切り取られて闇に変わっている。それ以上の遠投でヴォイドがぶん投げた石版も、どぽん、という深い水音を立てて沈んだ。
少なくとも数十歩程度で渡りきれる地底湖ではなさそうだ。かといって泳いで渡るには水温が低すぎる。距離や深さによっては全員で辿り着くのは難しい。
フィクスの問いに、イルガが首を振った。
「あるはずだ。ここが仮に石版にあった通りの魔導生物研究所だとしたら、俺たちはまだその施設を見つけていない。見過ごしてしまった可能性もあるだろうが、極めて低いと思っている」
「そっか」
付け加えるならば、あの出来損ないの竜を灼いた何者かの存在だ。それほどの力を持つ生物ならば、人間である俺たちなど恐れはしないだろう。そいつにまだ遭遇していないということは、この先にいるということだ。
セネカがため息交じりにつぶやく。
「船があればね。小型でも何往復かしたらみんな連れていけるのに」
ベルナルドが首を振った。
「無理だ。六層から七層へと続く通路が狭い。木材を運び込むことすら、ままならん。――それよりフィクス、おまえの魔術で、水を割ることはできないか」
巨大な大胸筋で両腕を組み、フィクスに視線を向ける。
「ごめん、水は重すぎるんだ。火ならどれだけ大きくても操れるんだけど、質量の大きなものには限界がある」
「そうか」
現在、諜報工作を兼任する調査班の五班が七層に散り、対岸へと向かう道を探している。例によってヴォイドやオウジンも勝手にうろついている。
正直なところを言えば、ここを最下層としてこれ以降レアンダンジョンの探索を取り止めさせたいが、そうなった場合、学生が引き上げれば次にくるのは王国騎士団だ。先に発見されては都合の悪いものが、ここには埋まっている。
俺は地底湖を睨む。
どうにか先に進みたい。最悪泳いででもだ。俺ひとりならば、どうとでもなるのではないだろうか。
岩に腰を下ろし、そんなことを考えていた俺の耳元で、唐突にリオナが囁いた。
「泳いじゃだめよ?」
「ぬ……!?」
なぜわかった!?
「さっきあたしが足を浸けたのは水温や水底の傾斜角を確かめるためだからね。遊んでただけじゃないから」
「そんなことをしていたのか」
感心すると、リオナが得意げな顔を覗かせる。
「うん。光の届く範囲は知れてるけど、ヴォイドの投げた石版の距離はずっとずっと遠かったよね」
「ああ」
「投げられた石版の速さと着水までの時間で大体の距離を推測して、あとは着水音から予想される深さで湖の形状をある程度考えてみたんだけど――」
ああ、もうわけがわからん……。
「だけど?」
「いまある情報だけじゃ計測どころか推測不能なくらい広いよ」
「お、おお……」
リオナが俺に擦り寄るようにして、ぴたりとくっついて座った。何を考えているのか、そのまま両足を俺の太ももにのせる。
誘惑でもしているつもりか、ガキが。
「冷たいっしょ?」
「ああ」
言われてみれば確かに足が冷えているな。ハーブティーだけでは温まらなかったか。
「へっへ、あったか~い。……あれ? 払い除けないん?」
「寒いのだろう? 股ぐらに足でも突っ込んでこない限りは別に構わん」
「釘刺されちゃったらさすがにできないや」
やる気だったのか。最近の小娘ときたら、まったく。
「まあとにかくね、あたしやエルたんは確実に無理だね。肉体が小さかったり細かったりしたら、それだけ体温が保ちが悪いから。ベルたんとかあの野良犬ならワンチャンあるかもね。犬だけに」
ならばレティスたち五班の報告待ちか。
「無視しないで!? 寂しくなっちゃう!」
「ええい、やかましい!」
「結局そうやってつっこんでくれるところ、好きっ」
唇を尖らせて迫るリオナの顔面を押さえていると、野良犬の呆れたような声が頭上から振ってきた。
「まぁたやってんのかよ、てめえらは。いつでもどこでもお盛んなこった」
「お。おっかえりぃ~。通路めっかった?」
ヴォイドが両手を広げて肩をすくめる。
「そっかあ。リョウカちゃんの方はどうだろ?」
「なかったってよ」
ヴォイドの親指でさす先では、戻ってきたばかりのオウジンが早速モニカに捕まっていた。助けてくれと言わんばかりにこちらに視線を向けているが、最近の鬼気迫るモニカの様子が何となく恐かった俺は、オウジンからそっと目を逸らした。
必死で口パクしていたのが、まるで餌を求める池の鯉のようだった。
「ヴォイド、おまえはここが最下層だと思うか?」
「さてな。だが俺が施設の設計者なら、地底湖よか下に空間は造らねえ」
「リオナは?」
「地底湖の広さに依るかな。ヴォイドの言うとおり、地底湖の真下には造らない。リスク高すぎるもん」
最下層である可能性は高いか。
そんなことを考えているうちに、偵察に出ていたレティスたち五班が帰ってきた。すぐさま全員が彼女らを取り囲む。
「どうだった?」
レティスが二つ結びを揺らしてうなずく。
「えっと、道はないんだけど、ずーーっと向こう、壁沿いというか湖畔沿いになら浅瀬が続いてたよ。向こう岸までいけるかはわからない。さすがに試す時間はないからね」
「他に道はなかった。どこまで濡れるかわからないが、どうするんだ?」
五班の男子がそう言うと、セネカが迷わず応える。
「そんなの、進むに決まってるでしょ。まだ撤退まで時間はあるわ。ここまできて足が濡れたくらいで引き返すなんて冗談じゃないもの。――それでいいわね?」
イルガがうなずく。
「当然だ。俺たちはいま、王国を揺るがすほどの発見をしようとしている。それをどう扱うにせよ、ここまできてしまっては他人任せになどできはしない。一組全員で考えて出した答えを国に突きつけるためにも、俺たちが最初の発見者にならなければならないだろう」
ベルナルドが口を開いた。
「ああ。それでいい。俺たちの答えは、否、だ」
「うん! それを陛下にお伝えするためにも、ここはもう一踏ん張りだね!」
レティスが腰に両手をあてて笑った。
セネカがこちらを振り返る。
「三班もそれでいい?」
言いたかったこと、言わなければならないことのすべてを、先に学生に言われてしまった俺たちは、苦笑いを浮かべながらうなずいた。
いまの俺には、彼らの成長は眩しすぎる。
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