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第139話 姑息なる決闘




 この野郎。

 俺は仕方なく徒手空拳で構える。だが正直、相手がこのローレンスであっても勝つ自信はない。考えてもみろ。十歳の力で全力の拳を突き出したとして、それで倒れる大人などいるものか。

 ローレンスがロングソードを正眼に構え、口を開いた。


「心配するな。僕の剣は初等部の剣だ。刃はひいてある。それほど斬れはしない。――ただそれでも多少は斬れるし、骨くらいは砕けるかもなッ!!」


 ローレンスが大股で踏み込んできた。

 慌てて後退すると、鼻先をブンと刃が縦に通り過ぎた。


「避けるなッ、卑怯者! 正々堂々といざ尋常に勝負しろッ!」

「どの口が言うんだ、おまえ。俺は剣すら持っていない素手だぞ。それでも正騎士か。お得意の騎士道はどうした、騎士道は」


 いやしかし。

 こいつが才能の欠片もない愚鈍な正騎士でよかった。性格とは違って剣筋は素直だ。躱すことはさほど難しくはない。

 いまの一瞬で癖というか隙も見つけた。大振りだし、振り切った後の戻しも異様に遅い。ならば回避と同時に踏み込めば、こちらの攻撃はあてられる……が、あててもこの細腕では効果があるかどうか。

 ローレンスが表情をねじ曲げた。


「ほう? 剣がないから許してくれってことかい? 愚かな。実に愚かだ。この学校を卒業して騎士となれば、やがて貴様らは戦地へと赴くこともあるだろう。貴様は戦争というものがわかっていない」


 いや絶対俺の方がわかってる。何年最前線で生きてきたと思ってるんだ。十年やそこらじゃないからな、と言えればどれだけ楽だろうか。

 十歳のこの可愛らしい身では、歯がみするより他ない。

 そんな俺をよそに、ローレンスは続ける。


「僕が貴様に教官として、実際にこの目で見てきた戦争というものを教えてやろう」

「いや結構だ」

「おいおい、教官に向かって生意気な口を叩くんじゃあ――ないッ!」


 ローレンスが再び踏み込んできた。

 今度は横薙ぎだ。ぶんと斜め下から上空へ抜けるように振り上げられた刃を、俺は身を傾けて躱しながら、やつのがら空きの胴へと拳を突き出す。


「ぬぅらあ!」


 どん、という鈍い音こそしたものの、顔をしかめたのは俺の方だ。手首が痛い。


「剣がないから戦いたくない? フッ、笑わせる! ――ノイ、貴様はあの地獄のような戦場でも、襲いくる敵を相手に同じことが言えるのかッ!!」

「ぐ……」


 確かにぃ……! ムカつくが、確かにそうだ……! ぐうの音しか出ん……!


「わかったら死ぬがいい!」


 続けざまに振り抜かれる刃を、俺はオウジンが単独で型を磨いていたときの動きを思い出しながら、ゆらり、ゆらりと躱す。

 確か風に揺れるヤナギの木とやらの動きがどうとか言っていたが、そんな木は知らん。だが実際にオウジンと対峙してみると、一見して深酒をした日の夜明けのような足取りなのに、それでいて亡霊のように捉えどころのない足運びだということがわかる。

 ほら見ろ、もう顔真っ赤だ。おちょくり成功だ。


「なんだ貴様ッ!!」


 二日酔いで吐き戻す男のように、真横に振り抜かれた剣を前に屈んでやり過ごす。


「そのふらふらとした動きはァァ!」


 酔ってバランスを崩した男のように、戻ってくる刃を身を反らせながら距離を取る。


「ふざけているのかぁぁぁぁ!」


 三連撃の最後。

 距離を詰めるために踏み込んできたところに合わせ、俺も踏み込んだ。互いの足が交叉した直後、やつの刃が俺の背後で空を切る。俺はやつの鞘ベルトの鞘を両手でつかみ、全力で引っ張った。

 鞘の一本でもあればローレンスを叩きのめすくらいわけない――のだが、直後、腹をやつの足裏に蹴られて大きく突き離されてしまった。


「ぐ……」


 俺は背中から地面に転がって膝を立てる。

 瞬間、ローレンスが地を引っ掻くようにロングソードの切っ先を引き摺りながら、俺の頸部を目がけて剣を振り上げた。

 夢中で転がり、もう一度膝を立てると同時、追撃を振り切るように大きく跳躍で後退する。

 鞘は引き抜けなかった。この肉体にはその程度の筋力さえない。小さくて可愛いこの魅惑のお手々が恨めしい。

 ローレンスもまた俺の狙いに気づいたらしく、やつは片手で切っ先を俺に向けたまま、もう片方の手で慌ただしく鞘ベルトを強く締め付け直す。


「貴様、僕のズボンをずらして逃げるつもりだったな!? どこまでも姑息なガキめ!」

「……」


 前言撤回、思っていたよりバカだ。よくこれで教官になれたな。ギーヴリー伯爵のコネクションありきでの裏口就職だろうか。

 ただ、やつの言うように逃げようと思えば簡単に逃げ切れはする。避けるのに難しくない剣筋だからだ。だが、みっともなく悲鳴を上げて誰かに救いを求めることなどできるものか。俺はかつての〝剣聖〟であり、未来の〝剣聖〟にもなる男だ。

 そうとも、ならばもうお行儀のいい剣士のふりはもうやめだ。かつてのように。


 ローレンスが走って距離を詰めてくる。俺は背中を向けて逃げるように花壇に飛び乗った。その背後から刃が振り下ろされる。


「死ねぇぇぇ!」


 花壇の中を飛び込み前転で転がって膝を立てた俺は、花を踏み散らしながら追撃にきたローレンスの顔面へと、つかんだ土を投げつけた。


「――ぐッ」


 ローレンスが大きくのけぞる。


「目潰しとは卑怯な!」

「おまえは戦場でも同じこと言えるのかあ? ん~? どうなんだぁ~?」

「く……!」


 言い返してやった。ざまぁみろだ。

 目を潰されたローレンスは左手で顔を押さえ、右手でデタラメにロングソードを振り回している。前後左右、さらには俺の小ささを考慮したのか上下までだ。


「どこだッ!? こんな真似をしてただで済むと思うなッ!!」


 俺はその間に足を忍ばせ、植樹の裏へと隠れた。フラワーガーデンについた当初、不意打ちでもするつもりだったのかローレンスが隠れていた場所だ。

 しばらく喚き散らしながら剣をデタラメに振っていたローレンスだったが、薄目が開けるようになると周囲を見回して舌打ちをした。


「……逃げたか。どこまでも癪に障るガキめ」


 やつがロングソードを鞘へと納めたその瞬間、俺は影から影を伝うように疾走し、やつの背後から左脇腹をくぐり抜け――。


「うわっ、貴様っ!?」


 ――納刀されていた柄をつかんで引き抜きながら通り過ぎてやった。

 奪ってやったぞ。やつの剣を。

 俺はゆっくりと振り返る。奪い取った剣を両手で取り回し、にたりと笑いながら。

 さぁぁと、ローレンスの顔が青ざめた。


「ぼ、ぼ、僕の剣だぞ、さっさと返すがいい」

「いいぞ。返してやるとも。しっかり受け取れよ」


 そのときにはもう、俺は剣を背中まで引いた状態で、やつの足下へと深く深く踏み込んでいた。

 ロングソードは重い。実戦ではまだ俺には扱えないだろう。だが、たった一振りで決めることを前提とすれば、全力で振り切ることができる。


「ひ……っ」

「ぐるおらあああぁぁぁ!」


 振りィィ――切るッ!!

 ずどん、ととてつもなく重々しい音が鳴り響き、俺の放った刃はやつの胸部へとめり込んでいた。直後、ローレンスの両足が地面から離れた。口から液体を吐き出しながら、成人男性の肉体がわずかに空中に浮かぶ。


「げぁ……っ!?」


 一方で俺もまた振り回したロングソードの重量と勢いに耐えきれずにバランスを崩し、勢いよく地面に倒れ込んでしまった。だがやつはそれ以上だ。

 口から謎の液体を吐き散らしながら宙を舞い、背中から地面に落ちる。


「お……ぐ……っ」

「はぁ~」


 柄を握る両腕には、硬い物を叩き潰した確かな手応えが残っている。無論肋骨だ。

 俺は地面に座り込んでロングソードを投げ捨て、ぶっ倒れたやつの側であぐらを掻いてやった。


楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。

今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。

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― 新着の感想 ―
[一言] >だが、みっともなく悲鳴を上げて誰かに救いを求めることなどできるものか。 「型無し」としては、逃げるふりをして、刃物を振り回して子供を追い回す肋骨教官の狂態を学園内の人たちに見せつけ、肋骨…
[良い点] やったぜエルたん! (⑉>ᴗ<ノノ゛✩:+✧︎⋆パチパチ [一言] あと何回やるのかな、ローレンスさんw
[良い点] 肋骨粉砕先生は肋骨が粉砕してる状態が デフォだから、異常無しということで、ヨシ! 途中で、金的なら徒手空拳でも余裕じゃね? と思ったけど、ヨシ!
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