第138話 剣聖は愛を語らわない
いや、おかしいだろう。
俺は高等部一年一組以外の学生からは、女子だと思われているはずだ。むろん例外はいるのだろうが、高確率で男からの手紙ということになる。しかしこの文字は、どちらかと言えば思春期の女子が書いたもののように見える。
俺は顔をしかめて手紙を封筒に戻し、舌打ちをした。
「面倒な……」
いつまでもお待ちしております、とやらが誇張ではないのだとしたら、俺がいかなかった場合には、そのままくたばるつもりなのだろうか。初等部の女子が持ってきたということは、差出人も初等部か。
ため息をついて手紙を制服のポケットにねじ込み、リリの部屋へと帰った。そのまま部活動の支度を終えて、再び部屋を出る。
この日も俺はオウジンと打ち合った。
結果は一勝三敗だ。かろうじて取れた一勝は、壁際まで追い詰められたふりをしながら後退して誘い込み、壁を駆け上がってやつの背後に降り立ちながら肩を打ってやった。
正直言えば、苦し紛れに出した一発芸の類だ。
オウジンほどの使い手に一度でも見られたら、二度目はまず確実に通用しない。
だがオウジンはこれにひどく感心していた。
やつから見れば俺やヴォイドが稀に使う搦め手のような発想こそが、自身最大の弱点なのだそうだ。実のところそれは真理でもある。これが戦場であれば、一度でも搦め手に対処できなければ、訪れるのは死だ。言い訳などする暇もない。
俺たちはまだまだ学ぶべきことが多い。互いにだ。
部活の時間を終えると、恒例のようにモニカから受け取った手ぬぐいで、オウジンは汗を拭っている。少しはモニカにも慣れてきたみたいだ。
だが俺は知っている。見てしまった。
モニカがオウジンから返された手ぬぐいを、こっそり嗅いでいたところを。俺は生暖かい笑みをオウジンに向けた。おまえもヤバいのに目をつけられたな、と。
「なんだよ、その目。エレミア、夕飯はどうする?」
「先に食べていてくれ。俺は少し用事がある」
「用事?」
「先ほどくだらん手紙を貰ってな」
「果たし状か?」
手紙と聞いてまずそれが出てくるヒノモト人の発想よ……。
「まあそんなところだ。用件が済んだら食堂へいくが、待つ必要はない。いつ終わるのかもわからん」
なるべくならすぐに終わらせたいところだ。
もう一度リリの部屋へと戻って体操着から制服へと着替え直し、俺は女子寮を出た。フラワーガーデンは食堂とは反対方向にある。おかげで日が沈んだ後の夕飯時は特に人気がない。昼食時ならば、稀に弁当を持ってきて食べている学生も見るのだが。
むろん、告白などされても断るつもりでいる。剣術の道は殺し殺される修羅道だ。そこで家族を作ろうなどと考えたこともない。女が欲しければ娼館にでも通えばそれで済む。
とはいえだ。前世のようにまかり間違って拾った子供を育てるような事態になれば、それもままならんのだが。
辿り着いたフラワーガーデンに人影はなかった。光晶石の照明が薄暗く花々を照らし出している様は、なかなかに趣深い。周囲には花の香りだけが漂っている。
「悪戯だったか」
それならそれでいい。いまならまだ食堂の三班に合流して、飯を食うことができるだろう。
引き返そうとしたとき、ふと植樹を囲う植え込みの端に気配を感じて踵を返す。
「……?」
視線を向けると、俺に悟られたことに気づいたからか、そいつは舌打ちをしながら植樹の陰から出てきた。
初等部女子……ではない。身長はヴォイド並に高く、顔つきだけは綺麗な、成人男性だ。ただし、性根のねじ曲がったな。
「……ローレンス?」
「よく気づいたな」
不機嫌そうな顔だ。こっちも不愉快だが。
やつは両手を広げて大仰に口を開く。
「可愛い女の子が出てくると思っただろ? 意気揚々と鼻を膨らませてやってきたところ悪いのだが、あの手紙を出したのは僕だ。――残念だったなあ、このエロガキ!」
「そうか。安心した。ではな」
不幸になる初等部女子は存在しなかったのだ。よかったよかった。
去ろうとした俺の前へと、やつが慌てて走って回り込んできた。
「待て待て待て! 話があるから呼び出したのだ!」
「そうか。俺にはない。ではな」
逆方向の出口から去ろうとした俺の前へと、やつはまた走って回り込んでくる。
ローレンスが俺を見下ろし、指さして喚いた。
「ノイ、貴様だろう! イトゥカ教官に何かを吹き込んだのは!」
「はぁ?」
「今日、僕らの婚約が正式に破棄されたのだ! 陛下を通じてパパのところにな!」
思わず吹き出してしまった。
「パ、パパパパパ、パパァ!? ブファァァ! 笑わせるな! おまえ、ギーヴリー伯爵のことをパパと呼んでいるのか!? いい歳こいてまるでバブちゃんではないかぁぁっはっはっは!」
「く……っ」
顔面が真っ赤になった。
「ち、父上だ! 僕はそう言ったぞ!」
「ブッッファアァァァァ! はーーっはっはっはっは、んぐっ、く、くく。うん、言った言った。ではな、バブちゃん」
「待てぇ!」
回り込んでくる速さだけは一流だな。
俺はため息をついて教えてやる。
「おまえがリリに嫌われているだけ……ぷっ、ぐくっ、嫌われているだけだろう。ぷふぅ!」
「笑うな! そのようなことがあるものか! 僕と結婚したら彼女は伯爵夫人になれるのだぞ! 軍を抜け騎士爵すら返上したイトゥカ教官が、唯一貴族に戻れる手段だ!」
「興味がないのではないか。貴族にも、おまえにも」
ローレンスの顔面がさらに赤く染まった。もはや茹でたエビの如く鮮やかだ。
「そのようなことはない! 彼女は貴様を部屋に招いてから変わってしまったんだ! 入学時に女のふりまでして卑怯者め!」
そのようなことを言われても困る。完全にアリナ王妃のせいなのだから。
「貴様がイトゥカ教官に何かを吹き込んだに違いない! 正直に言うがいい!」
「嫌なら辞めたら、と言った」
「ぐ……! そ、それだけで辞退などできるものか! 僕らは陛下の仲立ちによって婚約者となったのだぞ! 平民であるイトゥカ教官には陛下に物を言う権利などない!」
「俺が陛下に言った」
「ふざけるな! たかだか男爵家の小童風情が、そう簡単に陛下に謁見などできるものか!」
やかましいやつだ。ずっとキャンキャン喚いている。まるで小型犬だな。
背中を向けて手を振ってやった。
「別に信じてもらわなくても一向に構わん。ではな」
「~~ッ」
瞬間、風を感じた俺は上半身を横に倒す。
頭のあった場所を手袋が通過した。
「……?」
「ノイ。僕は貴様に決闘を申し込む」
「成人が十歳を相手にか?」
「お、お、男に年齢など関係ないッ!」
そう言いながら、ローレンスは抜剣した。
「まあ、いいだろう。そこだけは同意してやる」
「では賭けるがいい。イトゥカ教官への貴様の愛を」
……。
「や、勘違いしているようだが、俺とリリはそういう――」
「リリと呼ぶな! 彼女は僕のものだ! そう呼んでいいのは僕だけだ!」
「勝手に呼べばいいだろう」
「呼んでみたさ! そしたら、イトゥカ教官と呼んでいただけますか、と言われてしまったんだ!」
うわあ……もう……。
仕方のないやつだ。手っ取り早く、もう一度痛い目に遭わせて諦めさせるか。
俺は投げられた手袋を拾い、ポケットにねじ込む。もうポケットの中は手紙と合わせてグチャグチャだ。だがこれらを拾って持っておけば、この戦いがローレンスから吹っ掛けられたものであるという証拠にはなる。
容赦なく、もう一度骨を砕いてやれるというものだ。
「ではおまえも賭けろ、ローレンス。俺に負けたら二度とリリに近づくな」
「いいだろう。いまの貴様が僕に勝てるのであればな」
俺はやつの正面に立つ。
初夏の生暖かい夜風が、静かに流れた。しんと、空気が張り詰めていく。
そうしていつものように右手を腰にやって――俺の五指は空を切った。柄がない。
「あ……」
しまった! 糞、ナマクラはいま返却中ではないか!
「……」
「……」
途端にヒュンと股間に寒気が走った。
いまようやく理解できた。先ほどリオナが言っていたことが。
――パンツ穿いてないからすーすーして頼りない感じ。
ニチャアとローレンスが嗤った。
さてはこいつ、高等部一年が武具を返却中であることを知っていて今日を選んだな……!?
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