第12話 戦姫登壇
女子寮を出て、高等部の教室にやってきた。
一年一組だ。
わかってはいたが、全員俺より遙かに年上だ。男子も女子も俺の倍近くの身長があり、誰と話すにしても見上げる必要がありそうだ。
「……あん? おい、あそこ見てみろよ」
ひとりの男子生徒が俺を指さした。
「子供?」
「……か、かわ……っ!?」
「初等部がどうしてここに……迷い込んだのかな?」
「見て見て、あの子の髪の毛サラッサラ!」
いや、むしろやつらの視線が下がっている。ほぼ例外なく、全員が俺を見ている。特に女子は、それまでしていたおしゃべりを止めてまでだ。
視線がむず痒い。この幼い魅惑のボディと中性的な顔面は罪深い。
今朝方、散々リリに前世の顔面を笑われたからこそ、嬉しいやら哀しいやら複雑な気分だ。
だが俺の後に続いてリリが入室すると、教室内の空気は一瞬で激変した。
「お、おい、いらっしゃったぞ!」
みな慌ててその場で直立する。正騎士のようにだ。
「……あ、あの方が剣聖級リリ・イトゥカ……」
「……すげえ、本物の戦姫様だ……」
戦姫? 剣聖の称号を辞退したから世間に勝手につけられた称号、いや、渾名か?
だとしたらすごいな、俺の弟子。俺が不抜けた王子生活をしていた数年間で、いったいどれだけ戦場で暴れたんだ。
不思議と、自身のことより誇らしく思える。リリが褒められると嬉しくなる。
母アリナが俺を戦争や剣といった暴力沙汰の話題から過剰に遠ざけていなければ、俺はもっと早くに、リリ・イトゥカという存在を思い出せていたのかもしれない。
「……イメージとまるで違うね……」
「……てっきりブライズ様みたいに、肩幅メスオーガな女かと思ってた……」
おい。俺の弟子をそんなふうに言うな。あと、ついでみたいに俺の悪口を言ったな。
許さんぞ。
「……すんげえ美人、腕とか身体とか細くね……?」
そうだろう? 信じられんだろうが、こいつを育てたのは蛮族みたいな顔面と体型と性格した前世の俺なんだぜ?
「……あれで戦姫って、憧れるわ~……」
「……剣聖と並ぶ英雄だもんな……」
「……綺麗……」
剣聖級の英雄リリ・イトゥカの初登壇だ。
聞こえよがしに褒められすぎて、少々、むず痒そうな顔をしている。
それでもリリは視線を巡らせてから、手製の名簿を教壇の上に置いて広げた。そうしておもむろに顔を上げる。
緊張でもしているのか、小さく一度、深呼吸をしてから。
「本日よりこのクラスを受け持つことになりました、リリ・イトゥカです。みなさんと同じく今年度からレアン騎士学校にきた新任ですので、まだあまり学校生活というものには詳しくありませんが、どうぞよろしくお願いいたします」
リリが静かに頭を下げると、長い黒髪が背中から肩越しに流れた。
ほとんど無意識だろう。雰囲気に呑まれたように、大半の学生が同じようにリリに頭を垂れる。
リリの頭が上がった。
「それで、出席を取る前に、ですが――」
隣に立ったままの俺に、リリが視線を落とした。
「こちらはエレミア・ノイ。見ての通りまだ十歳の子供ですが、頭脳・体力面を考慮して初等部・中等部の数年を免除され、飛び級でこの高等部への入学が決定した生徒です。みなさんよりは年下になりますが、クラスの仲間として色々と教えてあげてください」
「おう。よろしく頼むなっ」
俺はふんぞり返る。初っぱなで舐められたら終わりよ。
教室中が静まりかえっている。俺は何か失敗でもしてしまったのだろうか。
リリが前列窓際の席を指さした。
「じゃあ、エレミアはその席へ。その他の者はとりあえず受験時の番号順に座ってください。エレミア以外の正式な席は、明日以降に決めましょう」
「待て、リリ」
「イトゥカ教官と呼びなさい」
ああ、もう面倒な。
「待て、イトゥカ教官。なぜ俺だけ席が決められている。飛び級だからといって特別扱いなどすべきではない。人を導く立場であるならばなおさらだ」
リリがあんぐりと口を開けた。
何を間抜け面をしている、と思っていたら、他の生徒らもだ。
しばらくしてリリがつぶやく。
「背が低いからだけど」
あ……。
前列真ん中の席では教壇と教官が邪魔して黒板が見えないし、二列目以降では他の生徒らの頭が邪魔で同じく見えない。だから前列窓際の席か。
んなぁ~るほどねっ。
照れながら視線を泳がせると、学生のひとりと目が合った。
「主張が……か、か、かわいすぎる……」
「……ウ、ウケる……」
「ぷぶ……っ」
「ぶはっ、ふ、ふふ……くぅ~!」
クラスの生徒の数名が噴き出すと、それが伝播して一気に笑いの渦が巻き起こされた。しばらくしてリリが二度ほど手を叩くと、笑いは徐々に小さくなって消えた。
リリが真顔で俺につぶやく。
「毎日ミルクを飲みなさい。背が高くなるし、骨も強くなるわ」
「く……っ、ほ、本気のアドバイスはやめろっ!? わざわざ教室を静まり返させてまで言うことか!?」
声が裏返った。またクラス中に笑いが巻き起こる。
赤っ恥を掻かされた元剣聖の俺は、本物の幼子のように涙目になるのだった。
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