第127話 リリとブライズ④
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想像と違った。俺はてっきり涙ながらにブライズとの思い出を語ってくれるものだとばかり思っていた。
出るわ出るわ。リリの口から、ブライズの愚痴が。
やれがさつだの、やれ顔怖いだの、やれ無駄にでかいだの、女性の扱いがなっていないだの。
それだけならば以前からちょくちょく聞いていたが、そこに加えて、剣術の教え方がへた過ぎるとか、陛下に対する横暴な態度は正視に耐えないとか、疲れていると汚れたままベッドに入ってくるとか、疲れていないと夜な夜な酒場で遊びほうけていたとか、寝相が悪かったとか、毎日飲みすぎだとか、すぐにケンカをするとか、騎士団を無下にし過ぎとか、食べ方が蛮族だとか、金銭面の管理が適当過ぎるとか、毎日洗濯してもすぐに汚すから間に合わないとか。
いつ終わるのかと聞きたいくらい出てきた。
「そ……うか……」
耳が痛いなどというレベルではない。俺はまた涙を堪えねばならなかった。カップを持つ手も震えそうだ。
ブライズよ、貴様はこれで本当に愛されてたのか?
だが、それでもだ。リリの様子は先ほどまでとは違っていて。
「ふふ、あはは、それでね、本当にすごかったのは、わたしの誕生日よ」
「まだあるのか!?」
「ええ。ブライズったらある日突然ひとりで遠征に出たと思ったら魔物の生皮を剥いで持ち帰ってきたのよ。それでわたしに、上物の毛皮だから着ろ、って言ってプレゼントをしてきたのよね」
まるで覚えていないが、おそらく手作り感が欲しかったのだろう。
それはいい。その発想まではまだセーフだ。馬鹿。あの頃の俺の馬鹿。ちゃんと仕立てろよ。なんで剥いだばかりの毛皮をそのまま渡すんだ。
もはや乾いた愛想笑いしか出ない。
「……ハ、ハハ、ハハ……それは、血生臭そう……だな……」
「そうなのよ! オーガ族の腰巻きじゃないんだから! でも彼が言うには、頑丈で刃を通しにくいものだから、鎧の重さに耐えられない女のわたしにはちょうどいいんだって」
まだ金属糸のなかった時代だ。ありっちゃありだったのかもしれない。
「馬鹿っぽいが、い、一応、考えてはいたようだな……」
「ふふ」
リリが笑ってくれるなら、小馬鹿にされようが別に構わない。
うん。俺は泣きそうだが。
顔で笑って心で泣いて。男はつらいよ。
「仕方がないから翌日わたしが素材屋に持ち込んで加工をしてもらって、別の日に服屋で防寒着に仕立ててもらったのよ。とんだ出費だったわ。冬にしか着られないのに。ちなみにそこのクローゼットに入ってるわよ。元を取るまでは着てやるつもりだから」
戦闘用ではなく、あくまでも防寒着としてだな。いまでは金属糸の教官服の方が軽くて頑丈だ。
けれども元を取るまでは、と言うくらいだから、どうやら毛皮自体は上物の皮だったらしい。それがせめてもの救いだ。
「そ……うか……。リリはたくましいな……」
「そりゃあまあ。あんなのに育てられたのだから」
そのあんなのは、ここにいるんだが。
それまで笑顔でブライズとの思い出を語っていたリリが、ふいに顔を曇らせた。ちょうど温められたミルクが冷める頃だ。
そうして、リリはぽつりと漏らす。
「それがふたりで生きた最後の誕生日だった」
「……おまえが十五のときか」
「そうね」
ブライズの死因を聞くならいまが機会だ。
だが、唇を開けても言葉が出てこない。
休日の楽しげな生徒らの声が、校庭から聞こえている。昼食時だから、おそらく弁当やパンを持ちよってのランチタイムなのだろう。外で食べるランチはうまい。
同じことを考えたのか、リリは物憂げに視線を窓へと向けていた。
ああ、だめだな。だめだ。やはり聞けない。リリの顔を正面から見れない。
俺は顔を上げる。
「そろそろ食堂にいくか?」
「あ……、ううん。わたしは……」
「ならば先に俺だけいってくるか」
「もうお腹空いた?」
腹など減るものか。胸が詰まってそんな気分ではない。
俺は苦笑いで返した。
「いや。実はまったくだ」
「だったら気遣いは無用よ。もう少し話しましょう」
「しかしこれ以上は――」
リリが首を左右に振る。
「聞いて欲しいのよ。誰かに。何だか今日はそんな気分」
願ってもないことだが、いいのだろうか。俺はリリを泣かせてばかりだ。
腰を浮かしかけていた俺は、迷った末に椅子に座り直した。
「――あの日」
リリの声が微かに揺れた。
「……?」
「ブライズが亡くなった日。何があったかを、この国に住む人たちは誰も知らない」
「え……」
「ううん。わたし以外の、誰も」
心臓が握られたかのように、ぐじゅりと鼓動を刻む。
じわりと、額に汗が滲んだ。
「エレミアの知識はブライズ関連の文献からなのでしょう?」
実は読んだことなどないとは言えない。
「ああ。他に近代の歴史書もいくらかは」
「そこには書かれていないことがあるわ」
「ブライズは戦場で戦い、敗北して散ったのだろう?」
それは王国で生きる人々にとっての一般的な知識だ。おそらく初等部でも歴史の授業でそう教わるはずだ。
王国北部のマルディウス高原での戦い。だが俺にその記憶はない。俺を殺したやつが誰なのかを知らないんだ。
俺は浮かしかけていた腰を、再び椅子に戻した。
「あのブライズを討ち取るくらいだ。よほどの剣術の達人か、あるいは知略に長けた戦術家の搦め手か」
正直言って興味がある。前者であればもう一度見えたいとすら思っている。
だがリリは、ゆっくりと首を左右に振った。
「違うのか? まさか自分で滑って転んで打ち所が悪かったとかではないだろう?」
「ええ」
悔しげに顔を歪め、リリは下唇を噛む。
その顔に嫌悪が浮かんだ。放たれる苛立ちが殺気のように充満していく。
そうしてリリは吐き捨てた。
「――ブライズを殺したのは、なんの力もない、政治に利用されただけの、ただの哀れな卑怯者だった」
そうしてリリは語り出す。
怒りと悲しみのない交ぜになった声色で、剣聖と呼ばれた男の最期の瞬間を。
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