第120話 この剣聖は大人げない
武器の種類だけで言えば学校支給品の方が遙かに多いが、実用性のあるもののみに絞れば、さほど変わりはなさそうだ。
選択肢は十分にある。
「リョウカちゃん、これ、どう思う? マンゴーシュの代わりになんだけど」
リオナがオウジンに尋ねている。
手にしているのは何の変哲もないダガーだ。ただし逸品の。
オウジンがリオナにうなずいて見せた。
「マンゴーシュよりはダンジョンカリキュラムに向いているね。あれはあくまで対人用だ。レアンダンジョンに出る敵は人間ではないから、ナックルガードはただの重量になってしまう」
「やっぱそっか。あたしの仕事はもう暗殺じゃないもんね」
「僕が見たところ、リオナさんの長所は剣戟ではなく敵の虚を突く正確無比な刺突だと思う。打ち合いを考えるよりはそちらに注力した方がいい」
「うん。ありがと。そうする。――となると~、メインの方も……」
さすがは優等生だ。あいつこそ教官に向いている気がする。部活動でも大人気だし。気合いと根性、そして容赦ない罵詈雑言の俺とは違ってな。
今度はヴォイドがオウジンの元へといく。だがオウジンの視線からは逃れるように首を曲げ、唇を歪めながら口を開けた。
「……あー……なんだ。この前のオーガの鉄塊剣の見解を聞かせろや」
「僕の?」
「他にいるかよ」
「だったら、重すぎるの一言に尽きる。巨大で大雑把な竜のような魔物が相手なら使い勝手はいいのだろうが、ヴォイドの長所は力以外にも戦場そのものの足場を臨機応変に活用する機転にある。斬打は好きに選べばいいが、機動力の低下はいただけないな。僕がキミならもう一度ブンディを選ぶ。こんな答えでいいか?」
「お、おお。助かったぜ」
頼られている。なんだ、あいつ。俺を頼ってくれてもいいのに。ほぼ同じ意見だったのに。
俺は何の変哲もないショートソードと、そして脇差しを迷うことなく選んだ。こちらに視線を向けたオウジンだったが、特に何も言うことはなかったようで視線を手元へと戻した。
ショートソードはグラディウスよりも長く重い。まだ早いと言われるかとも思ったが、どうやら合っていたようだ。
胸をなで下ろして気づく。
――なんで俺があいつに気を遣わねばならんのだ……。剣聖だぞぅ……。
睨んでやろうともう一度視線を向けて気がついた。オウジンの前、その視線の先には直剣が並べられている。
おいおい……。
「ちょっと待て。おまえ馬鹿か。何を選ぶつもりだ」
「え? ああ……。僕はこのままでいいのかと思ってね。空振一刀流を続ける限り、あいつの背中を見続けるしかないような気がして……」
こいつも悩んでいたのか。他人の相談に乗りながら。
あいつ、とは、もちろんオウジンの実父である〝剣鬼〟のことだろう。オウジンの目的は剣鬼を斬ることだ。理由は知らないが、聞くべきではないのだろう。
「僕は空振一刀流以外の戦い方を学ぶために、過去に〝剣聖〟を輩出し、そしていま〝戦姫〟を作りだしたこの国にやってきたんだ。だとすればもう、武器を持ち替えるべき時期なのかもしれない」
「馬鹿を抜かせ。積み上げたものを簡単に崩すな」
オウジンが眉をしかめた。
「僕に空振一刀流を磨き続けろ、と? あいつはすでにそれを極めている。どこまでいってもよくて互角、いや、肉体に劣る分、勝ちが見えない。剣聖の〝型無し〟に踏み入るべきではないだろうか」
「違う! そうではない!」
俺は頭を振った。
「阿呆が。〝型無し〟とは流派ではない。いまの己に新たなる力を取り込む行為こそがそれなのだ。いいか、何も捨てるな、取り込んだすべてを積み上げていけ。できたものが歪であっても構わん。それは己の意外性となり、敵の虚にも繋がる」
真っ黒な視線が、俺の腰に落ちている。
ショートソードと脇差しを差した鞘ベルトにだ。チグハグなメインとサブではある。
「……キミは剣聖の遺した〝型無し〟の剣術に、空振一刀流をのせるのか?」
「そうだ。俺は岩斬りを使うぞ。だがそれを主軸に置くわけではない。手段の一つとしてストックしておく。その一つ一つが俺の切り札となる。それが〝型無し〟の真髄だ」
俺は笑って言ってやった。
「磨けよ。空振一刀流を。そして取り込め。〝型無し〟で他のすべてをだ。獣はいちいち手段など選ばんぞ」
しばらく目を閉じて黙考していたオウジンだったが、ゆっくりと息を吐いて口元を弛める。
「そうだな。やはりそうするよ。ありがとう、エレミア。ずっと悩んでいたんだ。このまま続けていて父に追いつけるのだろうかと。僕にとってはあいつと対峙したとき、〝型無し〟や手段を選ばない獣のような剣術が切り札になるのかもしれないな」
「そうだ」
俺は満足げにうなずいた。
これぞ師弟の正しき姿だ。俺は未熟な学生ではなく、剣聖なのだからな。俺の方が教えるのがうまい。俺の方が上だ。うむ。
そんなことを考えてほくそ笑んでいると、遠巻きに聞いていたらしいリオナと、そして彼女に耳打ちされているフアネーレが、なぜかぷるぷると小刻みに震えていた。
「なんだ?」
ふ、さては感動のあまり泣いているな。まったく、大げさな女どもだ。
フアネーレがリオナの肩をバシバシ叩く。
「ぷぅー、く、あは、あっはは! あの小さなお師匠さんったら、そんなに可愛らしい格好をしていたの!? 寝間着にナイトキャップって、わたしも見たかったぁ! んくっ、あはははははっ」
「でしょでしょ。エルたんって、寝間着姿も可愛いんですよぉ。お伽噺のコビトさんみたいなの。それなのに、あんなに偉そうに説教しちゃうところがまたたまらなくてっ」
「あ、それわかる~っ!」
俺は己の姿を思い出し、久方ぶりに顔面を大発火させた。
出てくる前にリリが言った通り、ちゃんと着替えてくればよかった。
俺は両手でそっと顔を隠すのだった。
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