第116話 夜に誘う学園都市
体調が少し戻ったので復帰しました。
お待たせして申し訳ありません。
またぽつぽつ投稿していければと思っております。
別に誰がどこで何をしていようが、大抵のことに興味はない。そもそも誰にだって語ることのできない秘密のひとつやふたつはあるものだ。それすらない人生はつまらない。
脳天気な猫は出生に苦しめられていたし、生真面目な優等生は親の命を奪うつもりでいるし、阿呆に見えた貴族のボンにだってその地位に相応しい苦しみがあった。
学園都市レアンの夜。
寝静まった街並みを音を潜めて進みながら、俺は眠い目を擦って脳天気な猫を睨み上げた。
「くだらん。やつの隠し事など、どうせ不良同士の喧嘩かもめ事だろう」
目の前に細い背中があるのに、不思議とその存在すら揺らぎそうな状態のリオナが、俺を見下ろしてニチャアと笑った。
「わっかんないよぉ? いひっひ! もしかしたらぁ、イケないお店に通ってるかもしんないじゃん? んふふ、絶対に秘密をつかんで、いつも余裕ぶってるあの野犬をギャフンと言わせてやるんだから! 楽しみっ」
「ギャフンて……おまえ……」
そう。俺たちは、遙か先を歩く人影を追っていた。別に必死で追いかけているわけではない。つかず離れずの尾行だ。
「あ、だめだめ。エルたん、あたしの前には出ないでね。これ以上近づいちゃうと、あの犬には気づかれちゃうから。あたし自身がクリティカル距離。おっけー?」
「……へいへい……」
工作、諜報、暗殺。すべての技術を駆使してまですることが、他人の秘密暴きとは。睨まれると恐ろしい女だ。
「とにかく、イケないお店までカッチリ突き止めるよ!」
ことの発端は夜。騎士学校の寮から魔導灯の光が消え、都市が眠りにつく頃だった。
リオナが突然リリの部屋に訪れてきたかと思えば、ヴォイドが校門から抜け出したと密告してきたのだ。すでに寝間着姿だったリリは渋い顔でため息をついて、追いかけるための身支度を始めた――のだが、ここでリオナが動いた。
――ヴォイドの素行を諫めるにしても、教官であるリリちゃん自身がいきなり行うよりは、まずは三班で一度話し合ってみたいの。
その真摯な瞳と口調から流暢に吐き出される糞に塗れた欺瞞に、リリが少し嬉しそうにうなずいたのが印象的だった。教え子の精神的な成長を喜ばしく思ったのだろう。
あっさりと騙されてな。
しっかりしてくれよ、弟子ぃ……。俺は寝なければ身長が育たんのだぞぅ……。
とにもかくにもだ。
結果として俺は、ザ・寝間着に鞘ベルトだけを適当に巻き付けたという不格好な姿で付き合わされている。ああ、もちろん愛用のナイトキャップも被ったままだ。
そして俺の隣にはもうひとり、なぜかカッチリと制服を着込みフル装備でやってきたサムライ優等生がいる。
「う~ん、僕は娼館はないと思うな。ここは健全な学園都市だ。そんないかがわしい店などあるわけがない」
「あたし、娼館なんて言ってないんですけどー? リョウカちゃんったら、そんなこと想像しちゃってたんだぁ? へぇ~? 頭の中いっぱいなの?」
リオナが振り返って再びニチャった。
「えっ!? だ、だ、ほ、他にそういう、その、いかがわしい店って表現、ないだろ!?」
眠い。帰りたい。
俺はふらふらと左右に揺れながら歩く。
「声がでかいぞ~、オウジン。気づかれる。俺は宿酒場かと思った。酒だ、酒」
「あたしもー。で? リョウカちゃんは? 娼……? 何だっけ?」
オウジンが固く目を閉じ、食いしばった歯の隙間から呻いた。そうして刀の柄に手を伸ばす。
「……腹を切る!」
「――っ!?」
俺はすかさずオウジンの足を蹴って止めた。
「やめろ! 目も覚めるわ! これだから東方の戦士は恐ろしいんだ! やつらときたら盾すら持たないというのに、死をも恐れず単騎で突っ込んできやがるし、苦労してようやく捕らえても隙を見せれば自ら腹を切る! 何度それで苦渋を味わったことか!」
当時はやつらが何者だったのかを知ることは結局なかったが、転生してようやっとわかった。
「……」
「……え?」
あ。ブライズの記憶だった。共和国の傭兵にいたんだ。糞、寝ぼけたか。
咳払いをひとつする。
「……と、ブライズの文献に書いてあったんだ。もっと命を大事にするべきだ、とな」
完璧な嘘だ。
オウジンが苦笑する。
「いや、あはは。さすがに僕でも、いまのでは腹は切らないよ。冗談だから。すまない」
「そうか。冗談か。ふふ」
静かにつぶやいてから、俺はくわっと目を見開く。
「――ぶち殺すぞ、おまえ」
「ついさっき熱弁してた命の大事さはっ!?」
「言ったのはブライズだ俺ではな――いむっ!?」
リオナの背中に鼻からぶつかって止まった。
「痛……。今度はなんだ!?」
少し下がって視線を上げると、珍しくシュンとうなだれたリオナがオウジンの背後に逃げ込むように回った。
理由は明白。
顔面に血管を浮かせたヴォイドが、チンピラのような怒り肩のがに股で、こちらに向かって戻ってきていたからだ。
尾行は失敗。どうやら見つかってしまったようだ。
何が工作諜報暗殺だ。未熟者め。撤退だ、撤退。さっさと帰って寝るべきだ。
リオナが唇を尖らせた。
「も~、エルたんの殺気が強すぎるからだよぉ」
あ。俺のせいか。これは申し訳ないな。
「いや、それこそ冗談の殺気だったのだが」
「あれでか。本当にキミは末恐ろしいな」
ヴォイドが俺たちの前で立ち止まった。
全員をまんべんなく見下ろしている。
「……」
「……」
「……」
「……言いてえことがあんなら言えや。聞いてやるからよ」
リオナがピっと右手を挙げた。
ヴォイドが顎でリオナに促す。
「リョウカちゃんがイケないお店にいくなら僕も連れてって欲しかったって言うから、あたしとエルたんはその付き合いで野犬を尾行してました! ごめんなさいっ!」
すごい。設定から論理に至るまで、もはや何一つとして噛み合っていない。さすがに無理だ。通るわけがない。むしろ小馬鹿にしているようにしか聞こえないあたり、才能さえ感じる。
ヴォイドが歯を剥いて眉間に皺を寄せた。
「レアンは学園都市だ! んないかがわしい店あるわけねえだろうがッ、ボケッ!」
……俺もう帰っていいか?
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