第114話 剣聖と部活動
考えてみればわからないでもない。
共和国はいまも戦争の再開を願い、国内外問わず理由作りに暗躍している。キルプスがいかに和平を望もうとも、ネセプ政権の嫌がらせが度を超えれば王国の民意とていずれは傾く。打倒エギル共和国にだ。
俺にはそれが、そう遠くない未来であるに思える。
当然、騎士学校を卒業して正騎士になる途を選んだやつらは、ダンジョンカリキュラムよりも遙かに危険な戦争へと赴くことになるだろう。
ブライズとして生きた経験上、人は死線を越えるたびに強くなることを俺は知っている。おそらくそれは、若くして戦場を駆け回っていたリリ自身も、身を以て感じていたはずだ。
そして、一組には飛び抜けて優秀な学生が偶然にも揃っている。いつか訪れる未来の戦場で初めて死線を味わうよりは、俺やヴォイド、オウジン、リオナがいる学生のうちに越えさせておいた方がいい。それがリリの下した判断なのだろう。
おそらくその考えに至った理由は、俺たちからの報告が原因だ。
ホムンクルスはエギル共和国産であることがリオナによって確認されているが、異形の竜も両腕部から察するに、あきらかに人の手の入った合成獣だ。
オーガの生活圏の様子から察するに、件の竜がつい最近発生したであろうことも合わせて考えると、どうしても陰謀めいたものを疑いたくなる。
せめて俺たちが卒業するまでは、開戦しないことを祈るばかりだ。
それはさておき、俺たちはこの学生時代からそんなものに対抗していかなければならない。死線が訪れるたびにいちいち誰かに守られていては、もはや切りがない。現状、一組はとんでもない頻度で危機に陥っている。
一刻も早く変わらなければならない。学生ではなく、騎士に、戦士に、強者に。
要するにリリは俺たちに、全員の能力の底上げをさせたかったようだ。
これは俺にとってもちょうど良い機会だと言える。
ようやくまともにリリと剣を合わせることができる。そこからリリの癖を学び取り込むことができれば、俺はまた少し〝剣聖〟に近づけるだろう。
ブライズを超える剣聖に。
そう考えていた。つい先ほどまでは。
「ハアァァ!」
正眼の構えから打ち下ろされたイルガの木剣を後退して躱し、追撃に出てきたところを半身を引いて足を引っかける。
「うお!?」
イルガが頭から勢いよく転がった。やつが膝を立てたところで、俺は木剣をイルガの首筋に添える。
「う……」
「騎士剣術とはずいぶんとお行儀のいい作法なのだな。もっと意外性を持って立ち回れ。隙を探せ。虚を突け。実戦なら貴様は三回は死んでいるぞ」
「くぅ~……!」
レアン騎士学校の修練場だ。
放課後、一組のおよそ半数はここに残って剣術の修練を積んでいる。部活動だ。だがもう半分がどこで何をしているのかは知らない。おそらくリオナに諜報、工作、暗殺に関わる歩方や気配察知などのやり方を教わっているはずだ。
フィクスとベルナルドは図書室に籠もっている。フィクスの魔導技術とベルナルドの自然知識が組み合わされば、新たなる時代の力になるかもしれないと、俺がリリに進言した。
ちなみにヴォイドは自称帰宅部だそうだ。全寮制なのにどこに帰るんだよ、おまえ。
「ほら、立て。もう一度だ」
イルガの首筋から木剣を離して、真ん中分けの髪型の中央をコツンと叩く。
「屈辱だ……ッ!」
「だったらさっさと強くなって俺を見返せ。ほら、ほぉ~ら」
コツン、コツン。
イルガの顔面が真っ赤に染まり、獣のようなうなり声を上げながら俺の足を木の刃で払った。もちろん軽く跳ねて躱す。
「ははは! そうだ、それでいい! 調子が出てきたではないか!」
「がああああああっ!!」
ぶぉん、とやつの木剣が連続で空振る。何度も、何度も。
避けて、真ん中分けの頭をコツン。
「俺を愚弄するなぁぁ!」
「ふはは、いいぞ! 俺を叩き殺すつもりでこい、イルガ!」
俺は木剣で受けることも受け流すこともしない。
刃を合わせる必要さえないからだ。これでもイルガは学生たちの間ではマシな方なのだから、クラスメイトの底上げはなかなかどうして骨の折れる話だ。
「おっと、惜しい惜しい。ほら、こい」
全部避ける。最小限の動作でだ。
コツン。
そして頭頂部を叩く。右脳と左脳を切り分けるように。
「ふぬぐらあああああ!」
それが癪に障るのか、やつは恐ろしい形相で打ち込んでくる。
まあ、あたらんが。割と整っている方だと思っていたが、イルガのやつ、おもしろい顔面になってきたな。
セネカがやつを指さして笑っている。いいぞ、次はおまえの顔面が崩壊する番だ。
俺の隣ではオウジンが、クラスメイトの男子ふたりを相手に危なげなく立ち回っている。木剣でひとりの脇腹をすり抜け様に軽くなぞり、側方からの斬撃をかいくぐって躱しながら、その足を木の刃ですぅっと撫でる。
足を木剣で撫でられた男子が動きを止めて目を見開いた。そして興奮した様子でオウジンに尋ねる。
「い、いまの、どうやったんだ? 俺からはオウジンが消えたように見えたぞ!?」
「意識の虚を突くんだ。次はこう動くと相手にわざと予想させるように動くんだ。突然その逆をいくと、割と意識の外側にいける」
「高度過ぎてさっぱり意味がわからない。とにかくすごいな、留学生」
「ああ、いや。やり方はそんなに難しくなくて――」
そちらに視線を取られていると、白目を真っ赤に染めた恐ろしい形相でイルガが俺の視界を遮る。
顔こっわ……。
すでに木剣は背中に回るほど引かれている。
「いくら子供とて、これ以上の愚弄は容赦せんぞォォ!」
俺はため息をついてイルガの横薙ぎを軽くかいくぐり、腕を伸ばして頭の真ん中分けに木剣を落とした。
コツン。
「ぐぎいいい! 同じところばかり狙うなァァ!」
隙だらけだから、つい。
「ならば学べ、この阿呆。敵が隙を見せたら黙って不意を突け。馬鹿正直に喚くな。真正面に回って視界を遮ってから攻撃など、阿呆のすることだ」
「そのような卑怯な真似ができるか! 俺は正騎士を目指してるんだ! 正々堂々と戦って勝ちたいんだ!」
阿呆が。
「おまえの腕では死ぬだけだ」
イルガが左手を胸に当て、誇らしげに反り返った。
「ふん、ならばこのイルガ・フレージス! 死なないくらい強くなってやるとも!」
「よーし、その意気だッ。さっさとこい、愚図がッ」
イルガは鼻息を荒げながらも、何度も俺へと木剣を振るう。真ん中分け部分がハゲるのが先か、強くなるのが先か。
だが――。
なんか。なぁ~んか違うんだよな。
「くたばれエレミア!」
「なんだそのへなちょこ剣は。ハエが止まるぞ」
コツン。
顧問を買って出たはずのリリは相手になってくれない。肩すかしもいいところだ。
「このクソガキィィ!」
それに、オウジンは教えた学生から感謝と賞賛を浴びているというのに、俺には罵声と憎しみの眼だけが向けられている気がする。
なぜだ……。
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※もうしばらくの間、不定期投稿が続きます。




