第111話 遙か年下に叱られる剣聖(第10章 完)
辺りには様々なものが焦げ付いた臭気が立ちこめている。
竜はうなだれたまま、すでに絶命していた。やはりあのブレスは最期の力を振り絞ったものだったようだ。だからこそ気になることがある。
野生動物や魔物は死を意識した際、残る力をすべて生存方向に使用するものだ。だがこの竜はホムンクルスと同様に、俺たちを道連れにすべく、すべての力を攻撃に使用した。
竜の抱く悪意の有無など俺にはわからないが、異形とも言える容貌、出現したタイミング、逃走ではなく道連れを選択したこと、何もかもが胡散臭く思えてくる。
考えすぎならばそれでいいのだが。
振り返ると、一組が喜びに湧いていた。約三名を除いて。
「おう、こら!」
「あだッ!?」
突然、拳骨を落とされた俺は、視線を上げた。
「痛ぅ~……」
ヴォイドだ。顔が険しくなっている。ヴォイドだけではない。リオナも両腕を組んで俺を睨みつけ、オウジンは困り顔で俺を見下ろしていた。
「てめえで退避しろっつったくせに、なんでてめえが残ってんだァ? ああ?」
「う……」
オウジンがつぶやく。
「感心しないな。自分が救えなかった者たちと心中でもするつもりだったのか? そんなことは誰も望んでいないぞ」
「うう……」
まったくだ。俺でもそう思う。
割り切るべきだったんだ。あのときは。なのに足が動かなかった。ブライズ時代からは考えられない、それも青臭い失態だ。
リオナがため息交じりに言った。
「フィクスくんがいなかったら、どうなっていたと思う? お願いだから、ちゃんと考えて行動して。本気で怒ってんだからね」
「すまん……」
こればっかりは言い訳のしようもない。
ホムンクルス戦ではリリに助けられ、竜との戦いでは選択を誤ったあげくフィクスに助けられ、終われば遙か年下のやつらに説教される。
最近ではふがいないことばかりだ。
うう、泣きそう。でもここで泣いたら本当の十歳ではないか。
うなだれると、今度は後頭部を軽く叩かれた。
「おら、へこんでんじゃねえ。さっさと地上に帰んぞ」
うぐう。ヴォイドめ、人の頭をポンポン叩きやがって。
ん?
俺は視線を上げる。
「地上? 戻るのか? 今日の探索は七層までの予定だっただろう」
顔を上げた瞬間、今度は後ろから膝でケツを蹴られた。
「うがっ!」
今度はオウジンだ。
優等生がこんな行動に出るくらいだから、こいつも内心では相当腹を立てているようだ。
「ま、無事でよかったよ。でも、今度はあまり無茶をするなよ」
「わかった。約束する」
尻を押さえる俺に、オウジンが珍しく意地の悪い笑みを向けてから歩いていく。折れた刀の柄裏を俺に見せながらだ。
柄に彫られたレアン騎士学校の校章が光っている。よく見れば、俺の脇差しの柄の校章も光っていた。
「ああ、撤退サインがもう出ていたのか」
そんなに長い時間、ダンジョンにいたか。道理で疲れるわけだ。
周囲を見回せば、俺たち三班以外もどんどん撤退を始めていた。貴族や平民に偏ることなく、色々な組ができていて、情報交換などをしながらだ。
イルガもまた例に漏れず、平民パーティのリーダーであるセネカの隣を歩いている――が、セネカは何かを言い争っているかのような怒り顔だ。
………………帰るか。
「……」
ゾク……、と背筋に悪寒が走った。
背後からの視線だ。リオナだ。これ以上頭を叩かれたりケツを蹴られたりするのはさすがにご免だ――と、背後を振り返った俺だったが、その視界に彼女はいない。
「あれ?」
真横から、少女の吐息が耳にかかった。
気づいたときにはもう遅かった。俺の頬に唇が押し当てられる。
「ん~」
「――んぃっ!?」
俺が手で押して離そうとするより早く、リオナが距離を取って微笑んだ。
「へっへ。引っかかったぁ。ゴチ!」
「おまえっ!」
「にひひ、次は唇いくよぉ。覚悟しといて?」
「さすがに正面からなら防げる!」
糞、暗殺者の技術を駆使してまですることがそれか。まあ、ヴォイドやオウジンのように説教やお叱りを貰うよりは――……説教やお叱りの方がマシか。
ああ、だが、なんか……いまの不意打ちで気が抜けたな。
「ふー……」
「お~い、置いてくよぉ、エルた~ん」
「ああ、いまいく」
そんなことを考えながら、俺はリオナの背中を追った。
こうして俺たちは、再び無事にダンジョンカリキュラムを終え、全員で地上へと帰還したのだった。
※
だが、ここで妙な事件が発生する。
俺たちは当然のようにカリキュラムで起こった出来事を、リリを始めとした教官たちに報告し、詳細を話して聞かせた。
このまま学生のみでレアンダンジョンの探索を続けるのには限界がある。死者が出る前に中止にすべきではないかという前提があっての議題だ。
しかしその翌日、事の真相を確かめるためにと、戦姫であるリリを含む教官数名のパーティが六層まで潜ったとき、オーガ居住区には戦った痕跡こそあったものの、俺たちが討ったはずの竜の死骸は、すでに影も形もなかった。それこそ竜鱗の一欠片さえもだ。
焦げ付いた当該広間には、砂と灰だけが残されていた。
もしも竜が灰と化したのであれば、それは竜自身のブレスよりも遙かに高熱の炎に灼かれたということになる。
後日、教官会議にて下された裁定は、証拠不十分。
ダンジョンカリキュラムを中止にするだけの理由には至らない、というものだった。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。
※12/30
なるべく一日一話の投稿は保ちたいとは思っていますが、少しの間だけ不定期更新になりそうです。
また、明日の更新はお休みします。
皆様、どうぞ良いお年をお迎えください。




