第0話 剣聖、王子に転生する
それはおそろしく奇妙な感覚だった。
初めて気づいたのは、己が言語を習得するより遙か以前だ。まだ咽頭部にろくな声帯もできあがっていなかった頃から、俺はすでに遙か遠い過去の思い出に浸っていた。己には思い出となる人生など未だないことを知っていながらだ。
思い出す。
戦場に吹き荒れた烈風の剣を。
獣に鎧など要らぬ。
ただ鋭き牙があればそれでよい。
獣に型など要らぬ。
ただ肉を削ぎ骨を断てばそれでよい。
獣に名乗りなど不要。
ただ戦場に咆吼を轟かせるのみ。
若き頃、騎士はみな、どこの流派にも属さぬ“型無し”の俺の剣術を揶揄した。
人のものに非ず。地を這い泥水を啜り屍を喰らう獣のものなり。
その通り、俺は言葉を解する獣だ。
騎士団には所属せず、何年にも及ぶ防衛戦を数名のみで構成されたはぐれ部隊を率いて戦った。傭兵や猟兵と呼ばれるものだ。
俺が集めたわけじゃない。俺を師と仰いだやつらが勝手に集まり、勝手についてきただけだ。
俺たちを獣の群と嘲笑した騎士どもは戦いの中で多くの命を落としたが、獣は一匹たりとも死ななかった。どの部隊よりも多くの敵将を討ち取り、どのような過酷な戦場からも必ず生還した。
当初こそ俺たちの存在をやっかんでいた騎士どもだったが、やがてその軽い口もつぐまれる。
そんなことを繰り返すうち、やがて俺は敵国からは剣鬼と恐れられ、国家からは剣聖と呼ばれる存在になっていった。
剣聖ブライズ。あるいは英雄ブライズ。戦場の中で吼える一匹の獣。
それが思い出の中の俺の名だった。
だが、剣の途に終わりはない。“型無し”であるがゆえに皆伝はなく、剣聖の称号を戴いてからも、ただひたすらに果てなき剣の途を歩み続けた。
もっとも、その称号ゆえに国内政治に関わることになり、剣を振るう時間が減ってしまったのは悔やまれる限りだ。
概ね、血風吹き荒ぶような人生ではあったが、それでも、楽しかった。
楽しかったんだ。
……。
で、だ。なんと言うか。
どうやらどこぞでくたばったブライズは、奇跡的に転生を果たしたらしい。
やつの記憶を持ついまの俺の名はエレミー・オウルディンガム。貧弱なただの子供だ。特大剣ではなく食器のナイフを右手に、左手には長槍ではなくフォークを持った子供。
おかげで人や魔物どころか、皿の上の肉すら上手には切れない有様だ。
う~ん。切れん。
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